02

 イゼルローン回廊を経て銀河帝国領に入って一ヶ月、同盟軍は歓呼の中にいた。200の恒星系を占拠しても、今のところ、帝国軍の組織的な抵抗は皆無である。入ってくる情報によると、軍人は物資を持ったまま逃亡したようだった。
(おかしいわ)
 先頭を進むのはウランフ提督率いる第10艦隊であり、その一員であるは通常の艦長業務を行いながらも疑問を抱き続けていた。何しろ相手はあのローエングラム伯なのである。このまますんなり行くはずがない。
上層部うえが何を考えてるか、知りたいけど……)
 それでも、は特に行動を起こさなかった。その上層部うえの中で相対的に下っ端である彼女の幼なじみが、予想通りに通信してきたからである。

『今、話してもいいか』
「ええ」
 がいるのは駆逐艦の艦長室である。戦闘用の艦船で個室を使用できるのは原則として艦長のみであり、それはささやかな特権だった。
『……が艦長でよかった』
「何で?」
『他に聞かれたくない話を堂々とできるからさ』
「ほかに女性の乗員がいなければ、必然的に個室だけどね」
『それは確実じゃない』
 そう言うアッテンボロー自身も個室を使用している。彼が乗っているのはもちろん戦艦だ。


「それより本題に入りましょう。会議では何て?」
『考えられることは一つ、焦土作戦だ』
「……やっぱり」
 いつも快活なアッテンボローであるが、さすがに表情は厳しい。それはすなわち、状況の深刻さを物語っていた。同盟軍はすでに帝国領に深く入り込んでおり、さらに、持参した補給を住民に分け与えることによって少なからぬ負担がかかっているのだ。こうなれば、補給が枯渇するのは時間の問題である。そうなると、次に考えられるのは――
「じゃ、補給艦隊が狙われるわね」
『ああ。その辺りはキャゼルヌ先輩が上手くやってくれるといいんだが』
 アレックス・キャゼルヌは今回の補給関係の責任者である。当然ながら、そこまでは彼らの力の及ぶところではない。

「帝国軍が攻撃に出るのはいつごろかしら」
『そう先のことじゃないと思うぜ? 何しろこちらの補給が先に尽きるのは目に見えてるからな』
 吐き捨てるように言うアッテンボローに、はわずかに眉をひそめた。
「……ダスティ、落ち着いて」
『悪い』
 むやみに感情を表に出さないことは、司令官や艦長に必要な資質の一つである。これが私的な通信であると知っていても、はそう言わずにはいられなかった。
……。どんなを使ってでも生き残ろうぜ。こんな戦いで死ぬなんてばかばかしすぎる』
「ええ、そうね」
 が力強くうなずくと、画面の中の幼なじみからふっと力が抜けたように見えた。
『また連絡するよ』
「……ありがとう」


 補給の欠乏が目に見えてきたとき、イゼルローンからは一つの通達がもたらされた。すなわち、「本国より物資が届くまで、必要とする物資は各艦隊が現地において調達すべし」である。当然ながら、それを聞いた兵士たちからは轟々たる非難がわき上がった。
(…………)
 はそれに同調しなかったものの、思いは同じである。
「艦長、お食事を召し上がってください」
「ありがとうございます。でも、みなさんもあまり食べていないのでしょう?」
「それはそうですが……」
「わたしは女性ですから、みなさんよりも必要なカロリーは少なくて済みます。だから、みなさんもあまり我慢しすぎないでください」
「……お気遣い、ありがとうございます」
 本国から物資が届くまでと言うが、そもそも同盟首都ハイネセンからイゼルローン要塞まででさえ3~4週間かかるから、そのころには戦いが終わっている可能性が極めて高い。部下に勧められて少しは食事を口にしながらも、が考えていたのはただ一つだった。

(もどかしいわね)
「艦長、司令部より通信です。全軍、撤退の準備をしろとのこと」
「……え?」
 そうするのがいちばんいいと思っていたことと寸分たがわぬ内容だったため、の反応はやや遅れた。
「すみません、確認をお願いします。間違いではない?」
「100%、間違いありません」
 自信満々に通信士官が断言し、艦橋には笑いがもれる。はつい赤面した。
「失礼しました。では、撤退の準備をお願いします」
「かしこまりました」


 標準暦10月10日16時、ついにそのときはやってきた。
「司令部より通信です。全艦隊、総力戦用意」
(とうとう来たわね)
 これからやってくる帝国軍は間違いなくこちらより数が多く、しかも餓えてはいないはずである。
「みなさん、よろしくお願いします」
 その声にも緊張がみなぎるのを感じて、は大きく深呼吸した。あまりいつもと様子が違うのはまずいと思いながらも、緊張は隠せない。
 艦橋のモニターに映し出されているのは、黒一色で塗装された部隊である。第10艦隊が互角に戦えたのは、残念ながら短い間に過ぎなかった。
「このままでは包囲されます!」
「戦艦とまともに打ち合っても無駄です。死角から、装甲の薄い部分を集中的に狙ってください」
 それが相当に難しいことは承知の上で、はそう命じた。しかし……。

「……完全に包囲されました」
「攻撃中止。戦艦と戦艦の間に入ってください。当面は防御と回避行動に専念します」
 とにかく今は生き延びることこそが先決である。
「左舷に被弾!」
「被害状況の確認を」
「はいっ」
 間断なくビームやミサイルが被弾し、そのたびに艦橋が揺れる。その中でも最善の策を取るべく、頭をフル回転させた。そんな息をつく暇のない攻撃にさらされていても、はモニターに映った一隻の戦艦に気づく。
(あ)
 第10艦隊の分艦隊旗艦、戦艦メイヴである。古い神話に出てくる女王の名前で、意味は「酩酊」。決して新しい艦ではないのだが、その戦艦を旗艦として与えられたとき、幼なじみはおれらしいだろと誇らしげに笑ったものである。その「女王」はさすがに無傷ではないものの、航行や砲撃に大きな支障はなさそうだ。
(よかったわ、無事ね)


「艦長!」
「失礼いたしました」
 の予測は間違っているわけではなかったが、それでも艦橋の階上部分にいる司令官は決して冷静ではなかった。
(戦術の理解が甘いな)
 あまり目立たないように息を吐く。戦艦メイヴの艦長はダンメルス中佐という50代の男性だ。どこかの司令官の遠い親戚で、実力ではなくコネで旗艦の艦長になったというもっぱらの噂である。その真偽はともかく、少なくともアッテンボローから見て腹の据わった人物とは言い難かった。
(ええい、司令部の奴らはおれに不良債権を押し付けやがって)
 戦闘中に艦橋で毒づいても仕方ないと分かっていながら、つい顔をしかめる。そのとき、艦橋にいた若い暗褐色の髪とブルーグレイの瞳の士官と目が合った。落ち着いてくださいというメッセージを読み取り、何とか自制する。

 旗艦で艦長と司令官が不仲なのはまずい。アッテンボローもそれくらい理解しているから、ダンメルス中佐とは当たりさわりのない関係を続けてきたつもりである。ちなみにこの場合、「当たりさわりのない」とは「距離を取る」こととほぼ同義語だ。
 矢継ぎ早に指示を出しながら、頭はどこか別のことを考える。
 ダンメルス中佐の主張も分からなくはない。自分の息子ほどの「上司」の下では、やりにくさを感じるなというほうが無理だろう。それでも……。
「アッテンボロー准将、司令部より通信です」
「つないでくれ」
 当然ながら、通信を行ってきたのはウランフその人だった。
『私が先陣を切って突破口を開く。准将、きみは戦闘不能の艦を率いて逃げてくれ』
「ウランフ提督……」
『頼んだぞ、准将』
 アッテンボローが返事をする前に、ウランフは通信を切った。


 は引き続き回避行動に専念している。そうしている中でも、味方の戦艦がどんどん数を減らしているのは報告されずとも分かってしまう。
 既に指揮系統は乱れ、戦艦からの指示を待つ余裕はない。何とか独力で生き延びなければと思ったとき、司令部からある通達がもたらされた。
「司令部より通信、紡錘陣形で敵の包囲を突破するとのことです!」
「分かりました」
 それと同時に突破すべき一点がモニターに表示される。幸いなことに、オークⅠ号はその先端に近い場所にいた。
(これなら……!)
「攻撃を再開します。火力を集中させて、包囲を突破しましょう」
「はいっ」
 やるべきことが分かれば、話は早い。まして今は命がかかっているのだ。第10艦隊の旗艦、ゲジル・ボグドを始めとした総攻撃により、何とか包囲網の一角が開かれる。
「最速で前進、包囲網を突破します!」
 それは凛とした宣言だった。

 他の戦艦の間に入りながら――駆逐艦である以上、まともに戦艦と打ち合っても勝ち目はない――何とか敵の包囲網を突破した数分後、その知らせがもたらされた。
「艦長、旗艦が!」
「……報告は正確にお願いします」
 そう言いながらも、だいたいの想像はつく。
「旗艦ゲジル・ボグド、撃沈しました」
「ありがとう」
 今の自分はきっと蒼白な顔色をしているだろう。そう思いながらもは艦長席から立ち上がり、尊敬する司令官に最後の敬礼を行う。それを見た部下たちのうち、手の空いている者はいっせいに艦長に倣った。


『戦艦メイヴより全艦に通信。ウランフ提督戦死により、これからは分艦隊司令官のアッテンボロー准将が指揮を執る。被害状況を報告の上、追って指示を待て』
 何とか戦場となった星域を離脱し、この通信が流れてきたとき、は疲労の極致にあった。
「艦長、お休みください。せめてタンク・ベッド睡眠だけでも」
「あとは小官らで何とかできますから」
 ベラスコ大尉、ペトルリーク中尉、アールステット中尉といった年上の部下たちがそう言うのを聞いて、苦笑いする。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますが、何かあったら遠慮せずすぐに呼んでくださいね」
「もちろんです」
「では、よろしく」
 そう言って艦長席から立ち上がる。艦橋を出るまでは意識して背筋を伸ばした。バイオメトリクスで艦長室の鍵を開けると、すぐにベッドに倒れこむ。
 デスクの上に置きっぱなしだった私用の端末が鳴っていることに気づいたのは、その数分後だった。
(…………)
 発信者がただ一人で埋め尽くされているのを見れば、もう苦笑いするしかない。

「……はい」
『よかった、無事か。なかなか出ないから心配したんだぞ』
「ねえ、ダスティ」
『何だよ』
「もしオークⅠ号が撃墜されてたら、この通信はどうなるのかしら」
『呼び出し音が鳴り続けるだけで、誰も出ないんじゃないか』
 つまり、先ほどまでの状況ということである。
「……そう、よね」
『でもな、そんなこと言うなって』
「ごめんなさい」

 艦橋にいればいずれオークⅠ号が無事だったという連絡は入る。でも、それを待ちきれないからこうして通信してきたのだろう。それは予想された帝国軍の攻撃から逃れた直後にしては、ずいぶんと悠長で――かつ、どうでもいい会話だった。
「今はどこにいるの?」
『司令室。大っぴらにこんな通信ができるか』
「忙しいんじゃないの、ダスティ」
『まあ、暇とは言えないな』
 おそらくそれは相当に控えめな表現のはずである。

「ウランフ提督が亡くなるなんて……」
『ああ。おれは提督に戦闘不能の艦を率いて逃げてくれって言われたんだ』
「……そうなんだ」
 包囲された敵に逃げるための活路を開き、なおかつ自分は最後まで戦場に留まって少しでも多くの味方を生き延びさせようとした。もその一人だ。指揮官はこうであらねばならないと思うものの、それで沈痛さが薄まるわけではない。
『おれたちはこれから第13艦隊の指揮下に入るらしい』
「ということは……」
『ああ、先輩は無事だよ。さっき通信で挨拶したら、苦虫をまとめて1ダースくらい噛み潰した顔してたけど』
「……そう、よかった」


『大丈夫か、? ずいぶん顔色が悪いぞ』
 その声は真剣だった。
「疲れただけよ」
『本当か?』
「ええ」
『……ま、無理もないな。これじゃ』
「評価はもう少し落ち着いてから、甘んじて受けるわ」
 はごく真面目にそう言ったのだが、アッテンボローは笑う。
『評価する上の連中も総崩れになったんだ。生き延びただけで上出来だ』
「……そうね」
『そうだ、ついでに言っておく。イゼルローンから補給が来るみたいだから、とりあえず餓えからは解放されるぞ』

 紛れもない朗報だったが、同時にあることに気づく。
「それは公式情報?」
『ああ』
「じゃ、早めに知らせたほうがいいわよ」
『そうだな』
 ただでさえ下がっている士気を、さらに落とすことはないのである。
『なるべく早く休めよ。全軍はアムリッツァ星域に集結せよって命令が出てるから、たぶんもう一戦あるぞ』
「ええ」
『また連絡するよ』
「……ありがとう」
 それが、アッテンボローなりの希望なのかもしれなかった。


 は言葉通りベッドで数時間の睡眠をとり、さらにタンク・ベッド睡眠を取った。鏡の中の自分は万全ではないとはいえ、少なくとも部下に心配されるほどではない――はずである。身支度を整えて艦橋に行くと、アッテンボローの言った通り、イゼルローン要塞から補給物資が届いていた。
「艦長、お身体の具合はいかがですか」
 まっさきに声をかけたのはペトルリークである。
「お陰さまで、だいぶ回復しました。補給が来たのですね」
「ええ。本当に失礼ですが、幹部たちで相談して先にいただきました。久しぶりに満腹になりましたよ」
「いえ、それはお気になさらず」
 軍隊では階級が最優先されるから、本来、艦長よりも先に部下たちが食事をするなどあってはならないことだ。ただ、はこの状況でそこまで言うつもりはまったくない。は個人的な繋がりであらかじめ知っていたとはいえ、それでも、久しぶりに戦闘以外でホッとしたものである。

「艦長もお食事をなさってください」
「ありがとうございます。でもその前に、わたしが休んでいたときの動きを教えていただきたいのですが」
「かしこまりました」
 ペトルリークはそう言ってうなずいた。
「これから、吾々はアムリッツァ星域に向かうそうです。そこで帝国軍を迎え撃つそうで……。第10艦隊の生き残りは第13艦隊の指揮下に入るよう、連絡がありました」
「分かりました」
 これも既に知っていることだったが、顔には出さない。その代わり、は気になっていることを尋ねた。


「……他の艦隊の様子はどうですか?」
「不確定情報も多いのではっきりしたことは言えませんが、ひどいありさまなのは間違いありません」
 そう言うペトルリークの表情も沈痛そのものである。
「具体的には」
「……8個艦隊が出動しましたが、無事が確認された司令官はビュコック提督とヤン提督のお二人だけだそうです」
「そうですか」
 指揮官ですらこうなのである。兵士全体の戦死者および未帰還者は膨大な数になるだろう。だが、今はそこまで考えている余裕はない。

「艦長」
 改めて問いかけられ、は腹心の部下を見た。
「……何でしょうか、ペトルリーク中尉」
「小官らは艦長のご命令に従います。生き残るため、遠慮なく最善と思われる選択をなさってください。難しい要求でも、できる限りお応えいたします」
「……ありがとうございます。頼りにしていますよ」
 それはの本音だった。艦橋を見渡すと、手の空いた士官がみなこちらを向いてうなずいている。それはにとって、何よりも力となった。


 結論から言うと、の乗る駆逐艦オークⅠ号は無事にアムリッツァ星域会戦を生き延びることができた。
 大したことはしていない。やむを得ないとはいえ、今の所属は第13艦隊なのである。他の戦艦の邪魔をしないように注意しながら、駆逐艦のやるべきことを遂行しただけだ。それでも、戦いが終わったときのは再び疲労の極致にあった。
「艦長、お休みください。あとは吾々が」
「ひどい顔色ですよ」
「…………すみません、いつも気を遣っていただいて」
 は苦笑いした。戦闘が終わったからだろうか、先日よりも疲労の色が濃い。まず間違いなく、ひどい顔色をしているだろう。
「お言葉に甘えて、休ませていただきますね」
「何かあったら連絡いたします。こちらのことはお気になさらず」
「ありがとう」

 ここで四の五の言うべきではなかったし、そんな気力も体力もない。は速やかに艦長室に引き取った。先日と同じくベッドに倒れこみ、目を閉じる。例によって私用の端末に気づいたのは数分後だった。
(…………)
 そして、こちらからかけようとしたところでまた端末が鳴る。
「……はい」
『よかった、無事か。でも顔色が悪いな』
「何とかね」
 モニターの中の幼なじみの背後からは通信の音声が聞こえる。どうやら、メイヴの艦橋に入る通信音声だけを司令室に流しながら、こうして裏ではきわめて個人的な通信をしているらしい。
「……念のために聞くけど、わたしたちの声がメイヴの艦橋に流れたりしないわよね?」
『当たり前だろ』
 それを聞いては決意――というより、遠慮するのをやめた。

「わたしに通信するより他にやることがあるでしょう?」
『ないよ、そんなもん』
「意外と暇なのね、分艦隊司令官って」
『こんなときに嫌味言うなって。おれはずっと心配してたんだぞ』
「……ごめんなさい」
 さすがに言いすぎたことに気づいて、目を伏せる。そのとき、アッテンボローの背後の音声からオークⅠ号の人的被害なしという報告が流れてきた。それに対し、艦橋では小さな歓声が上がる。
『へえ……。この激戦で人的被害なしとは、やるじゃないか』
「そのためにサーカス並みの艦体運用を強いられたわよ。ビームもミサイルもあちこちかすっちゃって、ふねはもう動くのが不思議なくらいだし」

『運航に支障が出なかったのか』
「出たに決まってるじゃない。それをカバーする方法を考えながら、艦を動かしたの」
『なるほど、大したもんだ。よし、あとでデータを見させてもらう』
「やめて、それこそ嫌味に聞こえるわ」
『嫌味なわけないだろ』
 その声は真剣で、もつい黙った。
『どんな小さくてもいいから、今は希望がほしいんだよ。分かるだろ?』
「……ええ」
 生き残った兵士たちと、それから同盟軍の未来のために――。
『おれの知る限り、艦隊の半数が生き残ったのは第13艦隊だけらしい。おれたちが同盟首都ハイネセンに着くまでに、いろいろと動きがあるだろうな』
「そうね」
 それは極めて確実な予測だった。そしてアッテンボローはそう言ってから、ふと表情を改める。

『会えるのは同盟首都ハイネセンに着いてから、かな?』
「そうなるでしょうね」
 お互い、分艦隊司令官と駆逐艦とはいえ艦長なのである。簡単に持ち場を離れることはできない。
『分かった。それはそれとして、なるべく早く休めよ。ひどい顔色だぞ』
「……ありがとう」
『じゃ、また連絡する』
 はうなずき、通信を切った。


 戦艦メイヴの司令室でアッテンボローが会話の余韻に浸っていると、そこにノックの音がする。
「何だ」
『司令官、ダンメルス中佐です』
「…………」
 本当ならば部屋に招き入れるのだろうが、会っていて楽しい人物ではない。アッテンボローは部屋の鍵を解除して、ドアに歩み寄った。
「どうした」
「司令官にお知らせしたいことがあります。小官は以前から身体の不調を感じておりまして、同盟首都ハイネセンへ戻ったら予備役編入を希望するつもりでおります」
 それは予想外の言葉だった。
「短い間でしたが、ありがとうございました。では、失礼します」
「……ああ」
 申し訳程度に敬礼したダンメルスに答礼し、室内のソファに戻る。
(ん? ということは新しく艦長を決めなきゃならないじゃないか)
 ひとつのアイディアと可能性が、そのときのアッテンボローの頭に育ちつつあった。


(そうだわ)
 メイクを落とし、軍服から部屋着に着替えて休む直前、はあることを思いついた。アムリッツァ会戦の前哨戦で、第10艦隊と相対した黒一色の艦隊のことがずっと気になっていたのである。手もとの端末で検索すると、答えはすぐに出た。
黒色槍騎兵シュワルツ・ランツェンレイター……。指揮官はフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将、ね)
 がローエングラム伯以外の指揮官を個別に認識したのはこのときが初めてであった。ウランフ提督の仇とまでは言わなくても、覚えておいて損はないだろう。
(…………)
 は目を閉じた。この黒色槍騎兵シュワルツ・ランツェンレイターとはこの後に何度も相まみえることになるのだが、それはまだまだ先の話である。




2019/4/2up
←Back Index Next→
inserted by FC2 system