同盟の最高評議会メンバーは全員が辞表を提出した。そして、主戦派の声望が下がると相対的に反戦派が脚光を浴びることになる。
そういった社会の動きを、アッテンボローやを始めとする兵士たちは自分の所属する戦艦から眺めていた。彼らはいまだ
軍部ではシトレ元帥とロボス元帥がともに辞任し、戦死した二人の艦隊司令官であるウランフとボロディンは二階級特進して元帥に。グリーンヒル大将は国防委員会事務局の査閲部長となり、対帝国の最前線から外れる。そして――
『キャゼルヌ先輩も左遷かあ……』
「そうね」
これは例によって私室どうしでの通信である。
『補給の失敗はキャゼルヌ先輩のせいじゃないんだけどな』
「それはそうだけど、誰かが責任を取らなきゃならないわ」
『分かってる。でも、先輩は納得できないだろうと思ってさ』
「ええ」
そして、辞任があれば昇進があるのも世の常である。
『内示が出たぞ。とりあえず、原則として生き残った者は昇進くらいの勢いだな』
は苦笑した。
「ということは……」
『ああ。おれは少将で、は中佐に内定だよ。正式な辞令が出るのは
「でしょうね」
は小さく息を吐いた。
『どうした、うれしくないのか』
「……わたし、とうとうラップ先輩を追い越しちゃった」
『でも、喜んでくれてるんじゃないか』
アッテンボローが励ますように言っても、の表情は冴えない。
「おまけに……複雑だわ。だって中佐になったら、オークⅠ号ともお別れだもの」
『そりゃそうだ』
慣例として、中佐が駆逐艦の艦長を務める例はない。従って、は昇進とともに他の戦艦に異動することになるのである。
『寂しいのか?』
「ええ。せっかく乗員といい感じで信頼関係ができてきたのに……。異動したらまた人間関係を作り直さなきゃいけないし」
『そうだなあ、確かに』
ちなみに、アッテンボロー自身は少将に昇進しても引き続き分艦隊司令官である。
「わたしたち、これからどうなるのかしら」
『あ、それは決定した。このまま旧第10艦隊は第13艦隊に編入される』
「……そうなの?」
『ああ。第13艦隊もさすがにアムリッツァじゃ無傷じゃなかったからな。でもこれで好き勝手できるぜ』
「ちょっと、ダスティってば」
はさすがに苦笑いした。
「じゃ、統合作戦本部ビルの中でオフィスが変わるだけ?」
『ヤン先輩の処遇がまだ決まってないから、それ次第だろうけど。まさかイゼルローン要塞だったりして』
もちろん、アッテンボローはこのとき冗談を言ったつもりだったのである。
「どっちにしても、少しくらいは休みたいわね」
『ああ』
アッテンボローとが通信を交わしていたのは非公式な会話である。そして、何も非公式な会話は通信越しだけで行われるものではない。
「……艦長」
「何でしょう」
標準時で昼間の時間帯、は駆逐艦のささやかな艦橋の艦長席に座っているものの、同盟領内であればさほど緊張感はない。まして今は激戦を潜り抜けた直後である。話しかけたのは、いつものようにペトルリーク中尉であった。
「先ほど、辞令が発表されました。小官らも含めて、生き残った兵士は基本的に昇進するようですね」
「そうですか」
(さすがにダスティは情報が早いわね)
そう思ったが、口には出さない。
「……艦長が中佐に昇進されると、この艦を離れられるのですよね?」
「まず間違いなくそうなるでしょう。ただ、わたしが今後どうなるかはまったく分かりません」
それはの本音だった。
「旧第10艦隊は第13艦隊に合流すると聞いていますので、少なくとも同じ艦隊に所属するのは間違いありませんが」
「……そうですね」
「すみません」
がそう言うと、ペトルリークははっとしたようである。
「いえ、艦長に謝っていただくことではありません。こちらこそ失礼いたしました。失礼ついでに、艦長の新しい配属先でよい人と出会うことを祈っております」
「またその話ですか」
は苦笑した。
「仕事で忙しくてそんな気にはなれない、と以前お話ししたはずですけど」
「今もお気持ちに変わりはありませんか」
「ええ」
「……差し出がましい発言をお許しください」
その言葉に軽くうなずきながら、はそろそろ艦長室の整理を始めようと思った。
そして、その通達は唐突にもたらされた。
『ヤン・ウェンリー大将をイゼルローン要塞司令官 兼 イゼルローン要塞駐留艦隊司令官に任命する。要塞駐留艦隊は12月中旬をもって発足する。各自でイゼルローン要塞へ集合のこと。なお、幕僚は以下の通りである。
副官 フレデリカ・グリーンヒル大尉
駐留艦隊副司令官 エドウィン・フィッシャー准将
総参謀長 ムライ少将
副参謀長 フョードル・パトリチェフ准将
参謀 ブラッドジョー中佐およびラオ中佐
分艦隊司令官 グエン・バン・ヒュー少将およびダスティ・アッテンボロー少将
要塞防御指揮官 ワルター・フォン・シェーンコップ准将
第一空戦隊長 オリビエ・ポプラン少佐
第二空戦隊長 イワン・コーネフ少佐』
艦長室で端末に送られてきたその通知を読んだとき、の視線はある一点で止まった。
「駐留艦隊の発足が12月中旬ですって?」
そのこと自体には何も不思議はない。現状を考えれば、あまり長期にわたってイゼルローン要塞を空にしておくことは危険だ。アムリッツァの惨敗をきっかけに、帝国軍がいつまた攻勢をかけてくるか分からないのである。
問題はその期日だった。今日は10月21日。アムリッツァ会戦の前哨戦からちょうど1週間が経過したわけだが、それでもまだ彼らは
(ということは……)
は端末でカレンダーを表示させた。11月6日に
(冗談でしょ!?)
こうしてはいられない。時間を有効に使うために、とにかく
(でも、そんなに簡単に引っ越しちゃっていいのかしら)
行先は最前線の軍事施設であり、こちらの意図に反して要塞が奪われたり、あるいは戦略的な意図を持って放棄する可能性もある。何しろ今回のイゼルローン攻略がいい例であるし、それが相手を入れ替えて繰り返されない保証はまったくない。そうなったら、円満に退去できる可能性は極めて少ないだろう。
(それなら
イゼルローンに住居を移しても、何らかの理由で
(どうしよう)
悩んでいる時間はあまりない。があれこれ考え始めたとき、端末が鳴った。発信者はいつもの人物である。
「……はい」
『おれだ。今話しても大丈夫か』
「ええ」
『辞令、見たな?』
は無言でうなずいた。
『この間の冗談が、まさか本当になるとは』
「そうね」
『百歩譲っても……。まったく、無茶なスケジュール組みやがって』
やはり考えることは同じようである。
「ねえダスティ、引っ越しする?」
『そりゃそうだろ』
「でも考えてみて。もし何かの都合でイゼルローンからわたしたちが出ることになった場合、円満に退去できると思う?」
アッテンボローは考え込んだ。自分と同じ思考をたどっているのは間違いなく、はしばらく無言で次の言葉を待つ。
『……いや、それは確かに難しいだろうな』
「わたしもそう思うの。それなら、
『そうだなあ。でも、そんなことできるのか?』
「後方勤務の友達に聞いてみるわ」
『頼む。できるなら、おれもそうしたい』
「分かった。ちょっと待って」
幸い、の希望はすんなり通った。
「大丈夫みたいよ」
『そっか、よかった』
「……というか、正確には今アムリッツァの事後処理でものすごく忙しいから、家賃を払うなら好きにしてって言われたんだけど……。容認っていうより黙認ね」
アッテンボローは苦笑いした。
『そりゃそうだよなあ』
「
『そうするといい』
その言葉にも笑う。
「じゃ、ダスティも引っ越さないの?」
『ああ、そのつもりだ』
「そうなると、次に必要なのはイゼルローンへの足の確保ね」
『あのさ、』
はアッテンボローの次の言葉を正確に予測した。
「……一緒に手配してほしいって?」
『ご名答。分艦隊司令官って意外と忙しくてさあ』
「何かあるたびに私用の通信入れまくってる人が何言ってるのよ」
『あ、やっぱり?』
はため息をついたが、「自分でやれ」あるいは「副官に頼め」とは言わなかった。手配するのが一席で二席でも、手間は同じである。
「分かったわ、ちょっと待って」
『頼むよ』
今にも拝みださんばかりのアッテンボローに苦笑いしながら一度通信を切り、
「取れたわよ、巡航艦アトラスⅤ号。11月10日の9時30分に出発、12月1日10時ちょうどにイゼルローン要塞に着予定」
『さすが。
「じゃ、せいぜい高いものをおごっていただくわ」
の予想に反して、アッテンボローは嫌な顔をしなかった。
「……どうしたの」
『いや、やっといつものが戻って来たと思ってさ』
「そう?」
『何だ、気づいてなかったのか』
は無言でうなずく。
『おれが駆逐艦の艦長だったときに比べて、今回のほうがはるかに……肉体的にも精神的にもきつかったからな。ましては女性なんだし、負担が大きくて当然だよ』
「ダスティ……」
そう言って照れたのか、わずかに視線を逸らす。
「本当に高いものおごってくれるの?」
『おう、任しとけ』
「……ありがとう」
『楽しみにしてるな』
アッテンボローは通話を切ると、次に、やがて上司となる士官学校の先輩へ通信をつないだ。もちろん、彼も
「お疲れさまです。今話しても大丈夫ですか?」
『ああ。何だい?』
「まず先輩の軍服をください」
『……は?』
その言葉は完全に予想外だったようである。
「だって先輩は3ヶ月しか少将じゃなかったから、軍服も痛んでないでしょう? 返却するくらいならおれにください。サイズもそう変わらないし」
『分かった、ユリアンに言っておくよ』
「ありがとうございます。じゃ、本題に入ります」
アッテンボローは一度言葉を切った。
「おれは先輩の元で分艦隊司令官になるわけですけど、旗艦の艦長を自分で選びたいんです。今の艦長は体調不良で予備役編入を希望するそうなので」
『なるほど。その様子だと、もう候補者は決まってるな?』
「はい。少佐といって、今は第10艦隊で駆逐艦の艦長をしてます。今度のことで中佐に昇進が内定してるんで、他の艦に持って行かれるのも癪ですし」
『ん? それは確か……』
「おれの幼なじみです」
いずれ分かることなので、アッテンボローはあっさりとその事実を認めた。
『それは、心配だからそばにおいておきたいってことかな?』
画面の向こうのヤンは実に意地の悪い笑みを浮かべている。
「……否定はしませんが、ここまで戦術理解度が高くて航行技術が優れてる艦長はそういませんよ。その少佐の乗艦ですが、第10艦隊の駆逐艦で唯一、人的被害を出さなかったってご存じですか?」
『いや、知らなかった。それはすごいな』
「本人曰く、サーカス並みの艦体運用を強いられたそうですけどね。興味があるならデータを送りますけど」
『もちろん』
アッテンボローは自分の端末を操作し、問題のデータを送った。しばらくしてヤンがそのデータを見終わるまで、だまって感想を待つ。
『いや、これはすごいね』
「でしょう? しかも、
『ん? じゃ、航行に支障が出ただろうに』
「そこはそれ、彼女の実家がどこかご存じでしょう。本人がどう思ってるかは別ですけど」
『……ああ、そういえばそうだった』
ヤンが同意してくれるのは心強いが、一方で心配なこともある。
「でも、中佐に昇進したばかりなのにいきなり旗艦の艦長ってのはきついでしょうか」
『あまり例がないのは確かだね。でも今はあれこれ言ってる余裕があるかどうか』
さすがにヤンも深刻そうな表情になった。
「……彼女なら能力的に何の問題もないと思うんです。何とか混乱に乗じてごまかせるといいんですが」
それはアッテンボローの本音であり、ヤンは笑った。
『その辺りはここで話し合ってても仕方ないな。私と連名で統合作戦本部に希望を出そう。このデータをつければ、より説得力は増すと思うよ』
「ありがとうございます」
『書類を作ったら送ってくれ』
「もちろんです、先輩。あ、それから……」
『何だ、まだあるのかい』
「ええ。おれたちはイゼルローン要塞に住むことになるわけですけど、誰がどこに住むかはどうやって決めるんでしょう」
率直な疑問をぶつけると、モニターに映るヤンは渋面になった。
『そういうことはなるべくキャゼルヌ少将に任せたいんだけどなあ……』
「分かりますが、そのキャゼルヌ少将は
『ん? そりゃまたどうして。あ、例の幼なじみと関係あるな』
「ありませんよ」
アッテンボローは即座にそう言ったのだが、ヤンがまったく信じていないのは明らかである。
「幕僚の名簿を見たんですけどね。先輩やいずれ来るかもしれないキャゼルヌ少将はともかく、おれがムライ少将と仲良くご近所づきあいできると思います?」
『それもそうか』
「まだ不確定なんで、決まったらちゃんと連絡します」
『分かった。でも、それは私より後方管理部の仕事じゃないかな』
「ですよね。でも先輩にも一応許可をもらおうと思って」
アッテンボローは頭をかいた。
『うん、別に問題ない』
「ありがとうございます。とにかく……。これから、よろしくお願いします」
『こちらこそ』
彼らは刻一刻と
「……艦長、イゼルローン要塞についての情報を何かご存じですか?」
「いえ、何も」
「ですよねえ……」
例によってペトルリーク大尉がそう言ったのだが、艦橋を見渡せばちらちらとこちらを見ている者も多い。つまり、心配しているのは彼だけではなさそうだ。ただでさえ強行スケジュールであるため、
「事務方が混乱しているのも分かりますが、これでは困りますね」
「ええ」
情報が少なくて困っているのはも同じなのである。
「……分かりました。わたしが問い合わせてみましょう」
「お願いします」
これはとりたてて部下がを使っているわけではない。階級が上の者が組織を代表して問い合わせるほうが圧力が増すのである。
「では、
「かしこまりました」
通信士官がそう応じ、数分待つ。
「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとうございます」
はそう言ってモニターに向き合った。
『ご用件をうかがいます』
モニターに現れたのはまだ若い職員だった。
「わたしたちはこれからイゼルローンに赴任せよという辞令を受けたのですが、情報がそちらから何も送られてきていなくて困惑しているのですが」
『はあ、それが何か』
悠長な呟きに、が眉をひそめる。
「……あなたでは話になりません。今そこにいる、一番階級の高い人を出してください」
それはまさに爆発寸前の声だった。さすがに事態の深刻さを悟ったのか、若い職員が青ざめる。
『少々、お待ちください』
わずかに震える声でそう言い、すぐにモニターの画面から姿を消す。待っていたのはごくわずかだった。ただ、次に現れた職員も明らかにより年下である。
「お名前は」
『……ハットン大尉です』
「駆逐艦オークⅠ号艦長の、少佐です」
が簡潔に名乗ると、画面の中のハットンは明らかに慌てて敬礼をした。それに答礼しながら、本題に入る。
「わたしたちにイゼルローンの情報をください」
『しかし、なにぶん前例のないことでして……』
「前例がない?」
の声のトーンがはっきりと上がった。
「……今日は何日です?」
『10月25日です』
「わたしたちがイゼルローンへ赴任せよと辞令を受け取ったのが21日です。事務方であれば辞令の前に準備を始めていてもおかしくないはずですが、あなたたちはこの間、いったい何をしていたのです?」
『そ、それは……』
口ごもるハットンを厳しい目つきで眺めながら返答を待つが、次の言葉はが求めていたものではなかった。
『……すみませんでした』
「何に対して謝ってらっしゃるのですか?」
『…………』
さらに沈黙が続く様子を見て、とうとうは首を横に振ったものである。
「通信の時間と経費がもったいないので簡潔に申し上げます。わたしたちはイゼルローン要塞のどこに住んで、司令部のどのオフィスで勤務すればいいのかまったく分からないのです。ですから、その辺りの資料をください。もちろん赴任する兵士の分だけでなく、家族用と民間人用もそれぞれ」
『す、すぐには無理ですぅ』
ハットンはすでに泣きそうである。も、こういったものがすぐに出てくるとは思っていない。
「では、わたしたちが
『か、かしこまりましたっ』
は無言で通信を切ってから、ここが艦橋であったことを思い出した。
「……おみごとです、艦長」
「いえ」
11月6日、アムリッツァ星域会戦を戦った同盟軍の艦隊は
(帰ってきた、けど……)
当然ながら高揚感などない。艦長室の荷物をすべて撤収したため、は駆逐艦を降りたとき、キャリーケースに加えて大きめのトートバッグを抱えていた。
「艦長、お持ちしましょうか」
「大丈夫です。ありがとう」
いくら部下とはいえ、さすがにそこまでしてもらうのは気が引ける。当然ながらシャトルも混雑しているが、これはもうやむを得ない。おとなしく列を待っている間、ペトルリークが話しかけてきた。
「艦長はこれからどうなさいますか?」
「……統合作戦本部で辞令を受け取って、必要な手続きをして、急ぎの書類がないか確認したら家に帰ります。さすがに疲れました」
「艦長はこれからどの戦艦に配属されるのでしょうか……」
はふと部下を見た。
「いえ、まったく分かりません」
「できれば引き続き艦長のもとで働きたいものですな。もし機会があれば、ぜひ呼んでください」
「……お気遣い、ありがとうございます」
それは心からの言葉だった。
考えてみれば、8月に出発して以来3か月ぶりの帰宅である。はシャトルに乗ると端末を操作してホーム・コンピューターに家の掃除をするようセットした。これで、少なくとも埃だらけの家に帰ることは避けられる。そして、思いついてイゼルローン行の巡航艦のチケットを印刷した。
「おや、艦長はもうイゼルローンまでの切符を手配されましたか」
「ええ。こういうのは早い者勝ちだと思って」
「それはそうですなあ。小官も早く予約しないと」
「……
はそう言って目を閉じた。
軍隊は厳然たる階級社会である。宇宙港に着いた艦船が多ければ旗艦が優先され、さらに退艦するのも司令官や艦長が最初だ。その法則にしたがい、旧第10艦隊の艦船の中で戦艦メイヴは早々に着艦し、アッテンボローとダンメルスは最初に艦を降りることになった。とはいっても、一緒にいるわけではない。
「アッテンボロー准将」
「ああ、お疲れ」
暗褐色の髪とブルーグレイの瞳の士官と、赤茶けた髪と煉瓦色の瞳を持つ士官がアッテンボローに歩み寄り、小さく声をかける。
「……ダンメルス中佐が予備役編入を希望しているらしい、という噂を聞いたのですが」
そう言ったのはブルーグレイの瞳の士官である。傍らの煉瓦色の瞳の士官も、どこか期待を抑えられない表情だ。アッテンボローは意識して声を低めた。
「その通りだ。たぶん、早い段階で診断書を持ってくるだろう。もしかしたら今日のうちかもしれない」
ちらりとダンメルスを見るが、もちろん、視線など合わない。合うくらいなら、冷戦状態になる必要もないのである。それを聞いた二人の士官はため息をついた。
「いくら人手不足だからって、どうか統合作戦本部がその希望を却下しませんように」
「……同感です」
「おれもだ。診断書を持ってきたら、即サインしてやるさ」
アッテンボローは完全に本気だし、先ほどのため息も安堵のものだ。そして、次に彼らが気にすることは決まっている。
「……次の艦長はどなたになるのでしょう」
「ああ、当てはあるから心配しないでくれ」
「どなたです? 小官らが知っている方でしょうか」
そう言ったのは煉瓦色の瞳の士官である。
「……承諾してくれたら、連絡するよ」
「かしこまりました」
アッテンボローのその予感は正しかった。シャトルで
「どうした」
「ダンメルス中佐がお見えです。いかがいたしましょう?」
「通してくれ」
「かしこまりました」
用件は予想通りである。予備役編入が適当との診断書に、アッテンボローは即座にサインした。
「アッテンボロー提督、短い間でしたがお世話になりました」
「大事にな」
「ありがとうございます」
そう言ったのは、おそらくこれで最後だからだろう。アッテンボローに感慨はないどころか、正直なところせいせいしたものである。
(さて、と)
アッテンボローは誰もいない執務室でにやりと笑った。
2019/4/5up