(何なのよ、あれは……。あ、そういえば士官学校時代の戦術シミュレーションで、不意打ちがやたらと得意だったっけ)
どうでもいいことを思い出すあたり、は明らかに混乱していた。ここが巡航艦でなければ、今すぐ端末に連絡して文句を言うところである。
(それが狙いってわけ……?)
「あれ? 士官食堂で召し上がらないのですか?」
部屋に残っていたルーデル少尉が不審に思うのも無理はない。
「士官食堂に天敵がいたの。もう少ししたら、食事だけ取りに行ってここで食べるわ」
「あ、じゃ私もそうします。ちょっと士官食堂に行ってきますね」
「ええ」
ルーデル少尉が軽やかな足取りで船室を出て行くと、はさきほどの会話を反芻した。
(美人で成績優秀で性格も悪くないのに、男の影がまったく見えない、か――)
士官学校時代にそんなふうに噂されているとは知らなかったし、それを幼なじみが知っているのも意外だった。
(でも、あのころは……。ダスティは事情を知っているのに)
それでも、あれこれ言いふらさないだけマシなのだろうか。は頭を振ってその考えを追い出す。
(とりあえず、食事を取りに行かないと)
わたしは怒っている。そう自分に言い聞かせないと、気持ちを保つのが難しい。
時間をおいて士官食堂に食事を取りに行ったときも、男性4人は相変わらず食堂にいた。はそちらをちらりと一瞥したが、もちろん声はかけずに去る。船室に戻って食事を口に運んだものの、あまり味は感じられない。
(……やっぱり一般食堂を使ったほうがいいわね)
食事のたびにあんな会話をしていたら、とてもではないが神経が持たない。それは極めて妥当な判断のように思えた。
(籠城……する?)
は船室を見渡した。もともと船室にはバスルームもトイレもあるし、小さいながらデスクもある。何かに集中すれば、一日のほぼ全てを船室で過ごすことは不可能ではない。
「お邪魔します。……戻りました、でしょうか」
ルーデル少尉はそう言って苦笑した。
「どうぞ。どちらでもいいわよ」
はデスクの上に乗っていたトレイをややずらす。
「ありがとうございます」
そう言いながらルーデル少尉も食事を口に運び、さらに遠慮がちに口を開く。
「どうかなさったのですか?」
「……まあ、ね。これからイゼルローンに行くまでの間、部屋にこもりきりになるかもしれないわ」
「分かりました」
「先輩、今話しても大丈夫ですか」
『ああ。どうしたんだい?』
ここはアッテンボローとラオの船室である。アッテンボローはラオがシャワーを使っている間に、ごく内密の通信をしているのだ。
「いろいろあるんですが、まず、を艦長にする件はちょっと……揉めてます」
『……そうか』
「今のところは予断を許さない状況です。引き続き、努力しますが」
『分かった』
「それから、これもが言っていたんですが……」
アッテンボローはそう前置きして、自分とが引っ越しをしなかった理由を話した。
「ユリアンによると先輩も引っ越しをしなかったそうですし、もしかしたらあんまり人に言わないほうがいいのかな、と思いまして」
アッテンボローの予感は的中した。黒目黒髪の青年司令官はその言葉に目を見張ったものである。
『……正直なところ、そこまで考えてる人がいるとは思わなかったな。確かに、あまり言わないでおいてもらえると助かる』
「分かりました。言えるようになったら言っておきます」
アッテンボローの言葉に、ヤンが苦笑いする。
『言えるようになったらって、そんな状況なのかい?』
「ええ、率直に言って危機的ですね」
『……健闘を祈るよ』
「分かりました。では、また連絡します」
アッテンボローがそう言って通信を切ったとき、バスルームからラオが出て来た。
「お待たせしました、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
事実、それからのは極力自分の船室から出ずに過ごした。
「中佐、ここでずっと何をしてらっしゃるのですか?」
ルーデル少尉が不思議そうに尋ねたのも無理はない。はその問いを予想していたので、答えはよどみなく口をつく。
「戦艦のプログラムの勉強。具体的にどんなシステムで動いてるか興味があるんだけど、普段はなかなか時間がないから」
「なるほど」
もちろんこれは事実だが、事実の全てではない。まとまった時間を無駄にせず、なおかつ部屋に籠ることができることは何か考えたとき、思い当たったのがこれだったのである。
(久しぶりだわ、こんなに集中してプログラムを見るなんて)
は息を吐いた。部屋に籠城する大義名分があるのはいいが、どこか複雑な思いを感じるのも事実だ。
そして、この状況に困惑したのは男性陣のほうである。
「このところ、中佐をまったくお見かけしませんね」
「具合でも悪いのでしょうか?」
「おれが事情を探ってきましょう!」
こういうときに緑の瞳を輝かせるのがポプランである。当日の夜、さっそくポプランは自説を披露した。
「医務室に確認しましたが、中佐は一度も来ていないそうです。なので、体調不良のセンはなしですね。食事は一日に二回、時間を決めず一般食堂にふらりと来るそうですよ。それから同室のルーデル少尉によると、初日の昼食の後に『士官食堂に天敵がいた』と口走ったそうな」
その言葉に、ポプラン・コーネフ・ラオの視線がアッテンボローに集中する。何しろ、彼ら3人はとは初対面なのだ。
「以前うかがったとき、はっきりした答えはいただいてませんでしたね、アッテンボロー少将。いったい中佐とはどのようなご関係で? 確か士官学校は一学年が5,000人ほどいたはずです。単なる同期生とは思えませんな」
「黙秘権を行使する」
そう言ったアッテンボローの顔は、わずかに赤かったかもしれない。
「中佐に何をしたんです」
「何でおれが何かした前提なんだ」
「そうでもないとこの状況の説明がつかないでしょう。さ、白状してくださいな」
「断る」
ここでこのメンバーに事情を話したところで、事態が好転するはずもないのである。アッテンボローは頑なに口をつぐんだが、もちろんそれで諦めるポプランではない。
「じゃ、おれが手を出してもいいんですね?」
「好きにしろ。でもたぶん、無駄だ」
「なぜそう言えるんです」
「お前さんはの好みじゃな……」
しまったと思って口をつぐんだが、それは一瞬だけ遅かった。ポプランの緑の瞳が輝きを増したのがはっきり分かる。
「ほう、中佐をファースト・ネームで呼び捨てですか。それはそれは」
「いい加減にしてくれ……」
うめくように言うと、さすがにコーネフがポプランをつつく。
「……失礼いたしました」
そのころ、女性たちはまた別の会話をしていた。
「中佐、ちょっとご相談したいことが……」
「どうしたの?」
ルーデル少尉がどこか恥ずかしそうにしているのを見て、はわずかに首をかしげる。
「……さっき、ポプラン少佐にデートに誘われたんです」
ありえることだ。はなるべくきつく聞こえないように注意しながら、その先をうながす。
「それで……?」
「ポプラン少佐、かっこいいですけど……」
「かなりの女好きよ」
「はい、知ってます」
は笑った。
「ルーデル少尉がそれでもよければ、いいんじゃない?」
はそう言って肩をすくめたのだが、ルーデル少尉は重ねて問いかける。
「……中佐ならどうしますか?」
「断るわ。わたし、浮気性の男とは付き合えないから。だいたい、悪いけどポプラン少佐は好みじゃないし」
は迷わず即答した。
「わたしはポプラン少佐のことを噂でしか知らないけど……。でも、気が進まないなら断ったほうがいいわよ」
「……ありがとうございます」
ルーデル少尉はそう言って笑い、ふと質問を変える。
「ちなみに、中佐はどんな男性がお好きですか?」
「そうね」
黙っていることも言葉を濁すこともできたが、はあえてその話題に乗った。
「……ちゃんと意志表示してくれて、その上でわたしのことだけを見てくれる人……かな」
ルーデル少尉は笑った。
「こう言ったら失礼ですけど、意外と普通ですね。中佐は男性に対する理想が高そうに見えます。階級が下の男性とは付き合わないとか」
「…………」
は苦笑した。似たようなことを考えていないわけではないが、さすがに公言するのははばかられる。
「でも、中佐がそんなことをおっしゃったら相手はずいぶん限られますか」
ルーデル少尉はそう言って笑う。
「そうかもしれないわね。階級が全てだとは思わないけど、判断材料の一つになるもの」
何しろ軍において、年齢と階級は仕事のできるできないを計る明確な物差しなのである。
「でもわたし、年下は完全に恋愛の対象外よ。最低でも同い年以上じゃないと」
「なるほど。でもやっぱり普通な気が」
その言葉に、はまた苦笑した。
士官食堂での一連の会話に疲労感を覚えて、アッテンボローは紙コップのコーヒーを船室に持ち込んだ。
「差し出がましいことを申し上げますが……」
「何だ」
「少将は今中佐との間に何かトラブルを抱えていて、何とかそれを解決したいと思ってらっしゃるという認識で間違いありませんか」
率直にラオに切り出され、アッテンボローは素直にうなずく。
「ああ」
「でしたら、こちらから何かアクションを起こすべきです。さもないと、同じ艦隊に所属しているだけで、普段はまったく顔を合わせない生活になるかもしれないのですよ」
「……そうだな」
アムリッツァ会戦前と同じである。でも、そんな状況にもうアッテンボローは耐えられそうになかった。
「差し支えなければ、事情をお聞かせ願えないでしょうか」
カップのコーヒーを傾け、アッテンボローは観念してラオに事情を話した。
話を聞き終えても、相変わらずラオの表情は穏やかである。
「……いささか、先走ったようですな」
「それにしても、あんなに怒ることはないと思うんだが」
「怒りのツボは人それぞれです。少将は分艦隊司令官になられたとき、辞令の場で突然……そうですね、例えばどの艦隊に所属するように言われましたか?」
「いや」
「ではその前、駆逐艦の艦長になられたときは?」
数年前のことなので記憶を辿るが、それでも……。
「あらかじめ打診があったな」
「普通はそうでしょう。失礼ながら、少将は個人的な親しさに甘えてその大事な過程をすっ飛ばされたわけです」
改めて言葉にされると、自分がどんなことをしてしまったのかにはっきり気づく。
「……その通りだ。話す機会がなかったわけじゃないのに」
「でしたらなおさらですね」
「ああ」
アッテンボローの胸に苦い後悔が広がった。
「中佐は……もしかすると分艦隊とはいえ旗艦の艦長をすることに高いハードルを感じているかもしれません。中佐になっていきなりですし」
「そうだなあ……。でも今までの艦長を見てる限り、能力的にまったく問題はないと思うが」
「それに……」
「まだあるのか。もう、何でも言ってくれ」
既にアッテンボローは半ばなげやりである。
「中佐は、そもそも艦長になることを希望されているのでしょうか」
ラオの言葉に、アッテンボローは鈍器で殴られたような衝撃を受けた。確かにそれは極めて重要な指摘である。
「その辺りをお話しされたことはありますか?」
「プライベートで……話したことはある」
「反応はいかがでした?」
「特に何も言ってなかった。冗談だと思ったのかもしれない」
「でしたら、まずそこから確認が必要でしょうね」
「ああ」
「ちなみに、この巡航艦を予約したのは少将ですか?」
「……いや、中佐にしてもらった」
その言葉にラオは笑った。
「でしたらまあ、脈がないわけではないと思います。本当に嫌なら、いくら男女が別室でも同じ巡航艦でイゼルローンに行こうとは思わないでしょう」
何とかラオが自分を勇気づけてくれようとしているのはよく分かるが、素直にはうなずけない。
「……変更したくても、うまく予定が合わなかっただけかもしれない」
「それでもです。通信ではなく直接話ができるメリットは、この場合、無視できませんよ」
「…………」
「とにかく、まず素直に謝ることですな」
「それはいいんだが……」
アッテンボローは口ごもった。
「大丈夫ですよ、ポプラン少佐は小官が何とかしますから」
ラオはそう言って片目をつぶった。
もちろん、は男性たちがそんな会話を交わしているなどと知る由もない。いつものように朝と昼の間に一般食堂にふらりと姿を現し、食事のトレイを受け取る。ふと見ると、そこには小さな封筒が乗っていた。
「これは?」
「中佐の大ファンだって方から」
とっくに顔見知りになった食堂の女性スタッフが茶目っ気たっぷりにそう言う。席に座って何気なくその封筒を開くと、中に入っていたメモには目を見開いた。
『いろいろと悪かった。話がしたい。22時に
署名はないが筆跡はよく知っているものだったし、第一、こんなことを書くのは一人しかいない。
(……明日は、確か)
記憶をたどり、間違いがないかを確認する。は目頭が熱くなるのを感じたが、一方で、この事態をどこか疑っているのも事実だった。
(もし、これでもだめなら……)
そう考えながら頭を振り、食事を口に運ぶ。いずれにせよ、もう賽は投げられたのである。
約束の時間を前にシャワーを浴びた後、部屋着ではなく軍服を着てメイクまで始めたに、ルーデル少尉は目を丸くした。
「約束があるの。遅くなるかもしれないから、気にせず先に寝てて」
「分かりました」
(わたしは……遅くなることを期待してるのかしら)
時間より少し前に
「久しぶりだな、。少し痩せたんじゃないか?」
「……誰かさんが士官食堂で意地悪するからでしょ」
「意地悪じゃない、褒めただけだ。何を飲む?」
「ウィスキーをロックで」
「分かった」
こういった場所にバーテンダーがいるはずもなく、酒は飲めるが当然ながらセルフサービスである。アッテンボローは同じものを自分にも作ると、ひとつをに渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
「……乾杯」
グラスを合わせて澄んだ音を立てたものの、何のための乾杯なのかは二人とも何も言わない。ウィスキーを一口だけ飲んだアッテンボローは、さっそく本題を切り出すことにした。
「今回は悪かった。おれの都合ばかりで、がどう思うかに考えが至らなかった。気になることがあるなら遠慮なく聞いてくれ。何でも答える」
アッテンボローはそう言って頭を下げたのだが、が反応したのは最後の言葉である。
「何でも……?」
「ああ」
「本当に?」
「もちろん」
「じゃあ聞くけど、何でわたしを旗艦の艦長にしたいの?」
その言葉はまったくの予想外で、アッテンボローは軽くうろたえた。
「……戦術の高い理解度と、艦体運用の確かさを併せ持った人はそういないのが表向きの理由」
アッテンボローは言葉を切った。は何も言わずにアッテンボローを見つめている。次の言葉が極めて重要であることは、誰よりもアッテンボロー自身がよく理解していた。
「表向きってことは、じゃあ」
「好きなんだ」
「え?」
唐突に言葉が滑り落ち、が目を見開く。
「ああもう、ごめん。訳の分からんこと言ってるな、おれは」
思わず頭を振ってから改めてを見たとき、もう覚悟は決まっていた。
「愛してる。これからずっと、おれのそばにいてほしい。アムリッツァのときみたいに、心配で心配でたまらない状況はもう絶対に嫌なんだよ」
「ダスティ……」
の瞳から涙があふれた。
「前にも言っただろ? が中佐になったら、絶対におれの艦を任せたいと思ってた。ずっと前からだ。これで他の艦にを取られた日にゃ、おれは嫉妬でおかしくなっちまう」
「いくら何でも大げさだわ」
「いや、これがおれの本心なんだ」
アッテンボローは改めてを見た。
「、返事を聞かせてほしい」
「……どっちの?」
「どっち
は涙で顔をくしゃくしゃにしながら微笑んだ。
「どちらも謹んでお受けいたします。わたしでよければ」
「今さらそんなこと言うなよ。悪いわけないだろ?」
アッテンボローは腕を伸ばしてを抱き寄せ、すぐに唇を重ねた。
「ずっと、こうしたかった……」
「……わたしもずっとこうされたかったって言ったら、信じてくれる?」
「もちろん」
「士官学校時代から男の影が見えなかった理由も?」
アッテンボローは苦笑した。
「ごめんな、そのこと話して」
「いいわ、だって事実だもの」
「……はおれのこと待っててくれたんだって、自惚れてもいいか」
「ええ」
「ありがとう。じゃこの間、仕事が忙しくてそんな気になれないって言ってたのは?」
「そう言えば、交際の申し込みを当たり障りなく断れるでしょ」
は微笑んだ。
「……各方面から誘われてたってのは、見栄張ってたわけじゃなかったんだな」
「当たり前じゃない、失礼ね」
「ごめん」
そう言って、また唇を重ねる。
「そうだ、これを覚えてるか」
アッテンボローはそう言って軍服のポケットから古い銅の鍵を取り出した。それを見たが笑う。
「もちろん。おじさまからもらったお守りね」
「ああ。おれにとってはお守りじゃなくて呪いの鍵だと思ってたけど……」
「違うの?」
「今のところ呪いが一つ、ご利益が二つ。呪いって言うのをためらうよ」
「そうね」
「、あっちのソファに行こう」
はうなずいて立ち上がろうとしたとき、ふとバランスをくずしかける。
「きゃっ」
「おっと」
空腹状態で強いアルコールを飲んでふらついたの細い身体を、アッテンボローがすかさず支える。気持ちが通じたので、遠慮はいらない。
「……ありがとう」
「何ならお姫さまだっこで運んでやろうか」
「……ばか」
そう言ってぷいと顔を背ける。アッテンボローはそのなめらかな頬に唇を寄せた。そのまま一緒に歩き、ソファに座る。さすがにふかふかとは行かないものの、それでも心地よく体重を預けることができた。
わざわざソファに移動したのは密着するためである。左手をの腰に回してまた頬に唇を寄せると、ふわりといい香りがした。
「風呂上がり?」
「ええ、だって久しぶりに会うもの。でも知らなかったわ、ダスティがこんなにキス魔だったなんて」
「おれの片思いの長さと深さを舐めるなよ」
「……そんなに威張ること?」
「それもそうだな、ごめん」
アッテンボローは頭をかいた。
「これはもう、何回謝っても足りない気がする」
「ううん、もういいの」
はそう言って笑ったが、次の言葉はアッテンボローにとって衝撃的なものだった。
「今回ダスティがわたしのことを何も言わなかったら、本当にもう諦めて別の人を探そうと思っ……」
の言葉はそこで途切れた。アッテンボローがまた物理的に唇をふさいだのである。
「そうだったのか……。間に合ってよかった」
「ええ」
「ごめんな、今まで待たせて」
の切れ長で美しい琥珀色の瞳は潤んでいた。
「
「わたしはいつダスティに誘われてもいいように、週末の夜はなるべく予定を入れないようにしてたのに」
考えてみれば、確かに最近はを誘って断られた覚えはない。
「……それもそうだ」
「ごめんなさい、分かりにくくて」
「いや、いいよ」
そう言いながら、また唇を重ねる。
「ちなみには誰に近づくつもりだったんだ? まさかポプランじゃないよな」
「ええ」
は笑った。
「だってポプラン少佐って年下じゃない?」
「ああ、おれたちの二つ下だ」
「そんな感じだろうと思ったわ」
「たとえ年下じゃなくてもあいつはやめとけ。ものすごい女好きなの、知ってるか?」
「もちろん」
そう言ってうなずいてから、は悪戯っぽくアッテンボローを見た。
「じゃ、誰ならいいのよ」
「……正直に言うなら、おれ以外の誰にも近づいてほしくない。当たり前じゃないか」
アッテンボローはそう言ってまた唇を重ねたが、そのキスはずいぶん長かった。息を止めるのを我慢できなくなったが自分から顔を離し、困ったような視線を向ける。
「ごめんなさい」
アッテンボローは無言でうなずいた。
「ダスティはポプラン少佐やコーネフ少佐を前から知ってたのね?」
「ああ。第六次イゼルローン攻防戦のときに知り合ったんだ。あのとき、おれとヤン先輩は第8艦隊にいたから。ここで初対面だったのはラオ中佐だけだな」
「なるほど」
第六次イゼルローン攻防戦に動員されたのは第7・第8・第9の三個艦隊である。は任官以来ずっと第10艦隊の所属であるため、この戦いには参加していない。がうなずいたところで、アッテンボローは話題が逸れていることに気づく。
「で、誰なんだよ」
「気になる?」
「当たり前じゃないか」
「言っておくけど、仮定の話よ」
「分かってる。でも知りたいんだ」
そこまで言われては、話さないわけにはいかない。
「そうね……。やっぱりシェーンコップ准将かなあ。どっちみち会ったら挨拶はするだろうから、『イゼルローン攻略の勇者にお会いできて光栄です』とか言って……。でも、わたしに興味を示すかな」
「前にもそんなこと言ってたなあ」
それは、どこか予想できた言葉だった。
「は誰が見ても美人なんだぞ? おまけにそんなふうに褒めれば、たいていの男ならに興味を示すさ。現にポプランはを一目見た瞬間に口説いてたじゃないか」
「……それは、そうだけど」
「ちょっとは自覚してくれ、頼むから。おまけにそのシェーンコップ准将だってポプランの同類なんだぜ」
「知ってるわよ、それくらい。女性兵士の口コミネットワークを舐めないで」
あまりにもが平然としていたので、意味を理解するのが一瞬遅れた。
「知ってて近づくつもりだったのか!?」
「……言っておくけどね、ダスティ。もしわたしがシェーンコップ准将に近づくとしたら、それは付き合いたいからじゃないわ」
「ん?」
は次の言葉を言うべきかためらったが、結局は口にする。
「わたしは浮気性の男と付き合うつもりはないの。だから、もし近づくとしたら自棄になってるか、慰めてもらうためで……」
「、それ以上言うな」
アッテンボローは大きく息を吐いた。改めての細い身体を抱きしめる。
「そんなことにならなくてよかった。おれには拷問そのものだぜ」
「……ごめんなさい」
さすがにはしゅんとしたが、アッテンボローは笑ってまた優しく唇を重ねる。
会わなかった時間を埋めるかのように、二人は話し続けた。
さまざまな話題とともに、夜は更けていく。
かっこいいことを言おうとするとテンパるダスティ・アッテンボロー氏(笑)。でもそこがいいのです。
2019/4/12up
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