08

「家に着いたら、これからどうする」
 時刻はまだ昼前なのである。
「とりあえず必要なものを確認して、買い物かなあ。街のどこに何があるかも知りたいし」
「確かに」
 そう言って、笑いながらを見る。
「荷物持ちは必要ですか、お姫さま」
「……たぶん、いろいろかさばるものを買う気がする」
「じゃ、家を一通り見たら連絡くれ」
「分かったわ」

 駅から降りて家に向かう。当然ながら、道にはスーパーやホームセンター、レストランなどの看板が見えた。そして10分ほど歩いてお互いの家に着いたのだが、それは、が呆れるほど至近距離だった。
「お、ここだな」
「…………」
 何しろ道路を挟んで向かい合わせになっているだけなのである。お互いの家の玄関から玄関までの時間的距離はおよそ10秒ほどだろう。
「よく見つけたわね」
「運もよかったんだ。は早く決めただろ?」
「ええ」
「ま、話は後にしよう。とりあえず連絡待ってるよ」
「ありがとう」

 確かに、路上でいつまでも話している必要はない。そう言って二人はお互いの家に入った。
(広いわね)
 玄関で照明をつけ、家の中を見る。あらかじめ図面で見てはいたが、やはり広い。まずは玄関ホールがあって、そこからキッチンとリビングが続く。その他に寝室、ウォーク・イン・クロゼット、バスルームにトイレ。リビングにはソファやテーブル、寝室にはセミダブルのベッドと寝具一式が置かれているが、いかにも無機質である。一人暮らしのにはそれで充分なのだが、それ以外にも片手の指の数ほどの部屋があるのだ。そして、当然ながら最初から置いてあるホーム・コンピューターを始めとした家電製品はすべて帝国公用語である。

(一人で住む家じゃないし……。慣れるまでけっこう時間がかかりそうだわ)
 そうは言っても、当面は一人で住むのだ。は気を取り直して各部屋を見て回った。もしかすると以前の住人の私物が残っているかとも思ったのだが、さすがにそれはない。もともと使っていない家だったか、あるいはアムリッツァ後に後方管理のスタッフが片付けてくれたか、どちらかだろう。そして、もう一つ問題になりそうなのが帝国公用語である。
(キャゼルヌ少将が来てくれれば、たぶん、こんな苦労をしなくていい気がする)
 おそらく本人が聞けば「おいおい、おれだって何でもできるわけじゃないよ」と苦笑いしそうだが、のキャゼルヌ評は、他の――後にイゼルローン組と呼ばれるメンバーとさほど差があるわけではなかった。

(えーと……)
 引っ越しをしなかった理由が理由なので、あまり物を増やしたくないが、かといって物がないのは困る。特に、早急に必要なのは寝具のカバーとリネン類だった。
 はリビングに戻り、端末で物理的にいちばん近くにいる人物に通信をつなぐ。
「今、大丈夫?」
『もちろん』
「やっぱり荷物持ちが必要そうなの。買い物に付き合ってくれない?」
『かしこまりました』
 そう言ったアッテンボローは私服姿だった。
は着替えないのか?』
「……忘れてたわ」
 事実であり、は苦笑いする。
『じゃ、10分後に行く』
「ええ」

 部屋着以外の私服を着るのは久しぶりだった。そして、買い物に行くことを考えるとあまり窮屈な服は困る。が選んだのは、Aラインで身頃とスカート部分が切り替えになっている膝丈のワンピースだった。いつもの一粒ダイヤを三日月で留めたネックレスを着け、髪はそのままで軽くメイクを直すと、玄関からチャイムの音がする。
「お迎えに上がりました。やっぱり私服だと相当感じが変わるな」
「それはダスティもでしょ」
 がそう言うと、アッテンボローは笑った。
「……がおれをファースト・ネームで呼んでくれるの、久しぶりな気がする」
「だって、二人だけで絶対に人に聞かれないときじゃないと言えないもの」
「おれはに名前を呼ばれるのがいちばん好きだよ」
 その言葉にはこれ以上ないほどの実感がこもっており、はつい赤面する。
「よし、行くか」
「ええ」
 は迷わずに差し出された手を握った。


「で、何が必要なんだ?」
「寝具のカバーとリネン類」
 簡潔に答えると、アッテンボローが笑う。
「確かになあ。誰が使ったか分からないものを使うのは抵抗がある。おれでもそうなんだから、はなおさらだろ」
「うん、でも持って帰れるか心配なの。今日中に配達してくれるかな」
 それはの本音だったのだが、アッテンボローは首をかしげた。
「ん? でもイゼルローンにも無人タクシーみたいな設備があるってどこかで聞いたけどなあ」
「あ、そうか」
 政治体制が違うとはいえ、市民や一般兵士たちはそうかけ離れた生活をしているわけではないのだ。
「問題はちゃんと運行されてるかどうかだな」
「調べてみるわ」

 こういうときのの行動は素早い。すぐに目当ての情報を手に入れ、アッテンボローに笑いかける。
「大丈夫だって」
「よかったな、これで安心だ」
「ええ」
 ただ、アッテンボローには笑顔のを見るのはうれしい反面、複雑な気がするのも事実である。
「でも、おれが荷物持ちで着いて来てるのに」
「わたしが必要なものはダスティも必要だと思うんだけど……。さすがに寝具とかリネン類を2人分持つのってきつくない?」
「それもそうか」
 苦笑して同意しながら、アッテンボローは言おうかと思っていた言葉を飲みこんだ。どうやらまだ時期尚早のようである。


 街に出て、まずはどこに何の店があるかを見て回る。
「そういえば昼どきだな。腹減ってないか?」
「……それなりに」
「じゃ、食事しながら作戦会議しようぜ」
「ええ」
 繁華街にはさまざまな店が次々と開業している印象だった。ぐるりと辺りを見渡すと、「猫のゆりかご」という名のレストランが見える。
「あそこでいいか?」
「うん」
 そう言っているが、特に知っている名前ではない。
「ハズレだったらごめんな」
「平気よ、一食くらい」
 二人とも、さほど食べ物にこだわりがあるわけではないし、入り口前に出ている小さな黒板の「おすすめメニュー」を見ても、特に高額なわけでもない。記念日に奮発して行くというより、普段の生活で気楽に行ける店のようだ。

何となく緊張しながらドアを開けて店に入ると、店内はそこそこ人が入っている。
「いらっしゃいませ、二名様ですね」
「はい」
「こちらへどうぞ」
窓側の向かい合って座る席に案内されて座ると、アッテンボローは軽く息を吐いた。
「どうしたの?」
「いや、何かこうやってと話すのも新鮮だと思って」
「……」
考えてみれば、同盟首都ハイネセンで会っていたときはいつもカウンター席だったし、その後の巡航艦の中でも、並んで座ることが多かった気がする。

「ダスティは並んで座るのが好きなの?」
「だって、そのほうが距離が近くなるだろ? まあ、こうなったらあんまり関係ないけど」
そう言うアッテンボローの顔が赤く見えるのは気のせいではあるまい。
「……そうだったんだ」
「ああ。変に思われずに少しでも近くにいるにはどうしたらいいか、いろいろ考えてたんだぜ」
引き続き告白されているようで、もまた赤面する。


「……とりあえず、注文しようか」
「そうね」
は慌ててメニューをめくった。当然ながら、ここで赤面していても仕方ない。
「そういえば、イゼルローンまで巡航艦のチケットを予約してもらったお礼をまだしてなかったな」
その言葉に、は笑った。
「いいわよ、もう」
「そういうわけにはいかない。というわけで、ここはおれがおごる。あんまり高いものじゃなくて悪いけど」
ここで変に意地を張るべきではない。は微笑んだ。
「……ありがとう。じゃ、遠慮なく」

そう言っても、おごってもらえると分かっていて高いものを頼むほどは図々しくはない。いくら相手が高給取りと分かっていても、である。結局、が頼んだのは鶏のトマト煮を主菜とした定食だった。
「それでいいのか?」
「うん」
は少食だなあ」
「……一人前だし、特に少ないとは思わないわ」
「そうか、おれが一緒に食事してたのは男ばっかりだからか」
一方のアッテンボローはと同じような定食に加えて主菜をもうひとつ頼んでいる。
「無理にとは言わないけどさ、必要以上に遠慮しなくていいんだぜ。そもそも、高いものをおごってもらうって言ったのはじゃないか」
「そうだけど……」

 そう言ったところで、は解決方法を思いついた。
「デザートを頼んでもいい?」
「もちろん」
「じゃ、そうする」
 メニューを繰ってデザートのページを開き、それをじっと見つめる様子に、アッテンボローは笑った。
「何を気にしてるんだ、カロリーか? おれはが痩せすぎてるように見えるけど」
「違うの。ここで食べすぎると胃にもたれて、結局は夕飯が食べられなくなっちゃうから」
「そうか、悪い」

 外見を気にして食べるものを制限しているわけではないということだ。それなら、あれこれ言う必要もない。結局、が選んだデザートはケーキではなくプリンだった。
「そうだ。はプリンが好きだったなあ」
「……子どもみたいで恥ずかしいんだけど」
「そんなこと、別に気にしなくてもいいのに」
 そう言って笑いながら、アッテンボローはふと表情を改めた。

 紆余曲折ありながらようやく注文を済ませると、アッテンボローは頭をかく。
「ごめんな。おれはのことをいっぱい知ってるつもりだったけど、意外とそうじゃないのかもしれない」
 それはアッテンボローのまぎれもない本音だったのだが、意外にもは笑った。
「無理もないわ。でも、ダスティがそう気づいてくれてよかった」
「考えてみれば、おれが知ってるのって小さいころと士官学校のころだもんなあ。最近ののことはあんまり知らない」
「いいわよ、何でも聞いて」
 が鷹揚にそう言ったところで、最初の料理が運ばれてくる。
「ちょうどいいな」
「ええ」

 ナイフとフォークを手にとって食事を始めながら、アッテンボローは改めてを見た。
「じゃ、質問。中佐なのに従卒を付けていない理由は?」
「自分のことは自分でできることと、あまり知らない人に家に入って欲しくないから」
「そうか」
「っていうのは表向きなの。実は少佐になったとき、ひと悶着あって」
「ん?」
 はためらったが、結局は口を開く。

「……少佐になったとき、従卒をつけるのを最初はためらってたんだけど……。つけないとその分だけ雇用が減るって言われて、仕方なくつけてみたの。そしたら、今度は女性が従卒をつけるなんてって言われちゃって」
「誰だ、そんなこと言った奴は?」
 従卒をつけるのは階級に伴う正当な権利であり、女性差別もはなはだしい。アッテンボローが顔をしかめると、は寂しそうに笑った。
「残念ながら、それが現実なの。でもね、従卒をつけてもつけなくても批判されるなら、自分の好きなようにしたほうがいいでしょ」
「なるほどなあ」

「じゃ、ダスティは何で従卒をつけないの?」
 その質問は予想していたので、答えはすんなりと口をついた。
「おれも似たようなものだ。20代で一人だし、誰かに世話をしてもらうのは気が引けてさ」
「あ、でもダスティは統合作戦本部に勤務するなら従卒どころか実家からでも通えるのに」
 がそう言うと、アッテンボローは苦笑いした。
「まあな。でも、は知らなかったか? 『財布の独立こそ個人の自立』っていうのがうちの家訓でね、おれは任官と同時に家を追い出されたんだって。くそ親父の言うことだからあやしいけど、どうやらかなり古くから言われているらしいんだ」
「そうだったわね」
 は笑った。

「しかし、イゼルローンに少佐以上ってけっこう多いよな?」
 ふと思いだしてそう言うと、が首をかしげる。
「どういうこと?」
「幕僚の将官連中はもちろん、ポプランとコーネフも少佐だからなあ。あの二人、一緒に住んでるって噂だけど」
「え、そうなの?」
 思いがけない言葉に、が目を見張る。
「ああ。でもポプランはきっと週の半分以上は家にいないだろうな」
「じゃ、コーネフ少佐が黙々と掃除したり洗濯したり、もしかしたらご飯を作ってポプラン少佐を待ってたりするってこと?」
「それは……想像できるような、できないような……」

 二人で顔を見合せて笑ってから、アッテンボローはふと何かに気づいたようだった。
「そうだ。先輩が明後日到着するみたいだから、久しぶりに食事でもしないか」
「いいわね。でも、来たその日に家に押しかけるわけにはいかないわ」
「だよなあ」
 アッテンボローはそう言ってちらりとを見た。何を考えているのかおぼろげに想像ができてしまい、ほんのわずかに眉をひそめる。それをアッテンボローが気づいたかどうかはともかく、は何気なさを装って先手を打つことにした。
「明後日ならわたしたちもまだ完全に家が片付いてないでしょうし、どこかお店を探したほうがよさそうじゃない?」
「……ああ、そうするか」
「ちょうどいいから、ここにしたら?」
「そうだな」
 料理を運んできたスタッフに予約についてあれこれ聞くアッテンボローを見て、は内心ホッとしたものである。

「ちなみに、料理は好きか?」
「……嫌いではないけど」
「そうか」
「ダスティは?」
「おれは好きとか嫌い以前にほとんどしない。今のところ、士官食堂と売店で何とかしてる。士官食堂が24時間やってたらいいんだけどなあ」
「……そうなんだ」
 それは、独身男性の率直な希望なのかもしれない。もっともな言い分であるが、は首をかしげた。
「でも、士官食堂とか出来合いのものばっかり食べてると飽きない?」
「飽きる」
「……それなのに、自分で作るって発想はないの?」
「一人前作るのっていろいろ面倒じゃないか。材料余らせたり、たくさん作っても食べ続けなきゃいけなかったり」
「それはそうだけど……」

「……二人分ならそうでもないよな」
 さりげなさを装っていても、アッテンボローが何を期待しているのかは明白だった。
「言っておくけど、わたしが作るものがダスティの気に入るとは限らないからね」
「でも、がおれのために作ってくれるってのが重要なんだ」
「……いつの間にそうなったの」
「ばれたか」
 アッテンボローは頭をかいた。
「無理にとは言わないけど、いずれ食べてみたい。もちろん、材料費は半額出すから」
「……わたしが料理するなら、その手間を考えて全額出してもらいたいところだわ」
「それもそうだなあ。分かった、全額出すよ」
 神妙にそううなずいてから、改めてを見る。
「いつか分からないけど、楽しみにしてる」
「……うん」


 食事を終えて店を出ると、そこでは何かに気づいたようだった。
「ねえ、あれシェーンコップ准将じゃない?」
 視線の先を追うと、確かに長身の男性が一人で歩いているのが見える。ちなみに私服姿だった。
「今日は休み? 声をかけるとまずいかしら」
「いや、あんまり気にすることないだろ」
 アッテンボローはためらわなかった。早足で目当ての男性に近づき、声をかける。
「失礼ですが、シェーンコップ准将でいらっしゃいますか?」
「……ええ、そうですが」

 シェーンコップが不審がるのも無理はない。
「初めてお目にかかります。イゼルローン駐留艦隊の分艦隊司令官、ダスティ・アッテンボロー少将です。こちらは中佐」
「お目にかかれて光栄です、シェーンコップ准将」
 アッテンボローはの一歩前に出ているので、の表情はうかがえない。それでも、シェーンコップは予想通りに興味を示したようだった。その証拠に、シェーンコップはずっとを見ている。
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ」
「提督、行きましょう」
「ああ。では、失礼いたします」

 シェーンコップと別れて歩き出すと、アッテンボローは改めてを見た。
「やっぱり興味を示したな。おれがを紹介してから、まったくおれのことを見なかったぞ」
「そう? これでも褒めなかったのよ」
「分かってる。だからな、がにっこり笑って『お目にかかれて光栄です』なんて言ったら、たいていの男は興味を示すんだって。女好きならなおさらだよ」
「……じゃ、何て言えばよかったの」
 その声にどこか剣呑なものを感じ取り、思わずを見る。
「黙ってたほうがよかった?」
「ごめん」

 特別な事情もないのに、紹介されて黙っているほうが変である。の言うことはもっともで、アッテンボローは率直に自分の否を認めた。すぐにまた手をつなぐ。それでもはまだ納得していない。
「ダスティはわたしのことを籠の鳥にする気じゃないでしょうね」
「まさか」
「じゃ、もっとわたしのことを信用してくれない?」
「……努力するよ。また何かあったら言ってくれ」
「ええ」


 当面の生活に必要なものを手に入れたとき、時刻は夕方だった。
「どうする、夜も食べてくか」
「そうしたほうがいいかも。考えてみれば、まだ家に調理器具もないもの」
「ん? ということは、明日の朝の分も必要じゃないか。おれは司令部に顔を出さなきゃならないし」
 それはには初耳だった。
「そうなんだ」
「ああ。分艦隊の業務がいろいろあるらしくて」
 考えてみればそれは当然なのだが、は首をかしげた。
「わたしは?」
は明後日からでいいんじゃないかな。だいたい今回はスケジュールの設定が無茶な上に、各自でイゼルローンに行けって言われてるんだし……。全員一斉に勤務開始なんて最初から無理だから」
「ダスティにそう言ってもらえると安心だわ」
 は微笑んだ。何しろアッテンボローは直属の上司であり、れっきとした艦隊の幕僚なのである。

「明後日って、ヤン提督の出迎えの後でいいのかしら」
「ああ、その出迎えは一緒に行こう。ちなみにのオフィスはおれの執務室の隣で、もちろん個室だからな」
 ごくさりげなくこう言われ、は目を見開いた。
「え、そうなの?」
「旗艦の艦長ってそういうもんだぜ」
「…………」
 は今まで旗艦の艦長のオフィスがどこにあるかなど意識したこともなかったのだが、思い返してみれば確かにそうだ。
「……慣れるのにしばらくかかりそうだわ」
「おれもだ」
「しかも、公私の両方だし」
「そうだなあ」
 お互いに顔を見合わせた後、ふと真顔になる。

「話が逸れたな。夕飯、どうする?」
「家の近くにもレストランはあったけど、こっちで食べて帰ったほうが楽じゃない?」
「そうしようか」
「お酒は飲む?」
「今日はやめとくよ」
「そうね」
 ふと辺りを見渡すと、「ガスパール」という小さな看板が見えた。
「ここにするか?」
「どこでも」
 二人とも、まだどの店がいいと判断する段階ではない。店のドアを開けるとそこは下へ続く階段になっていた。

「隠れ家みたいだ」
「ええ」
 階段を下りた先には、間接照明で照らされた空間が広がっていた。さほど大きくはないが、雰囲気は充分である。
「いらっしゃいませ、二名様ですか」
「はい」
 スタッフの声もどことなく静かで、昼間のレストランとつい比較してしまう。案内されたのはカウンター席だったので、アッテンボローはどことなく満足そうだった。
「やっぱりおれはこっちのほうが落ち着くよ」

 早速渡されたメニューを繰ると、どうやら、ここは食事も酒も出す店のようだった。
「よかったわ」
「ん?」
「バーみたいなところで、あんまり食べ物がなかったらどうしようって思ったの」
 アッテンボローは笑った。
「あの看板から考えれば可能性はあった、確かに」
「わたしはともかく、ダスティはちゃんと食べたいでしょう?」
「もちろん。昼間のレストランよりもここはデート向きだな」
「ええ、そうね」
 そう言った後、ふとアッテンボローを見る。
「……ちなみに、今は?」
「おれはもちろんデートのつもりだけど」
「そう」
、それはいいけどまず注文しよう。昼と同じパターンになってる」
「そうね、ごめんなさい」
 さすがには苦笑いした。


 食事を済ませて店の外に出ると、そこはもう真っ暗である。
「じゃ、帰るか」
「……疲れたわ」
「そういえば、今日イゼルローンに着いたばっかりだもんなあ。明日はゆっくり起きるといい」
「うん」
 それを考えればあまり遅くまで外をうろついている必要もない。アッテンボローは無人タクシーを呼ぶと、すぐに乗り込んだ。30分ほどで、お互いの家に着く。
「お疲れさま」
「ダスティも……。いろいろありがとう」
「楽しかった。じゃ、お休み」
「お休みなさい」

 玄関の前でそう言うと、不意にアッテンボローの顔が近づく。思わず目を閉じたら、次の瞬間には唇にやわらかな感触がした。
「……誰が見てるか分からないのに」
「別にいいさ、見られたって。でも今日は早く休めよ」
「うん、ありがとう」
 大きな荷物を引きずるように家の中に入れ、玄関の電気をつける。忘れずに鍵とチェーンをかけると、は息を吐いた。


(とにかく、寝具だけはセットしないと)
 そうしないと眠れないのである。それが終われば風呂に入って寝るだけなので、はうがいと手洗いをした後すぐに荷物を解きにかかった。シーツ、枕カバー、布団カバーをセットして、ようやく一息つく。
(そっか、従卒がついてればこういうことをみんなやってもらえるのね……。でも、わたしの好みのものを選んでくれるとは限らないか)
 同盟首都ハイネセンであれば店やメーカーを指定すればある程度は可能かもしれないが、イゼルローンでは選択肢そのものが限られるのである。そうなると、やはり誰かに任せるのは不安だ。

(あ、明日のごはん買い忘れた)
 何しろ今朝イゼルローン要塞に着いたばかりなのである。さほど自覚はなかったが、やはり疲れて注意力が落ちているのだろう。ただ、それはアッテンボローも同じだが……。
(朝から士官食堂に行くか、何か買って行って司令部で食べたりするのかな)
 同盟首都ハイネセンでもそうだったが、何しろ分艦隊司令官閣下の執務室は個室なのである。少し早めに行ってその場で朝食を取るくらい何の問題もない。
 そんなことを考えながらリビングに戻ると、徒歩10秒の向かいの家のリビングと思しき部屋にも明かりがついているのが見えた。
(……本当に近いわね)
 同盟首都ハイネセンを出発したときには、イゼルローンに着いたときにこうなることなど予想もしなかったのだ。
(とにかく、休もう)
 明日どうするかはまた起きてから改めて考えればいい。はそう考え、着替えを持ってバスルームへ向かった。







 「伊達と酔狂こそ紳士の本懐である」と言って必要以上に胸をそらせる、
世界が死滅しても生き残る落選中の某議員
(おまけに娘はジャーナリスト志望)と血縁関係がないなんてありえないとか、
ポプランとコーネフが一緒に住んでたらいいなと思うのは私の願望だとか、
あとはイゼルローン要塞の地図が欲しいです(しっちゃかめっちゃか)。

2019/4/23up
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