(…………)
は一人暮らしであり、今日は休日である。したがって、誰にはばかる必要もない。それでもこういうとき、はつい赤面してしまうのである。
(昨日は特別遅く寝たわけじゃないのに……。やっぱり疲れてたのね)
考えてみれば、きちんと家のベッドで寝るのは
(えーと……。あ、食べるものもないのか)
ということは、身支度を整えて外出する必要がある。今日もこまごまとした生活に必要なものを買いに行かなければならない。
(それから、商業地域じゃなくてこの辺のお店も探さないと)
日常の買い物は当然ながら家の近くで行うことが多いのだ。
(スーパーと、ドラッグストアと……あとはクリーニング店かしら)
明日にはも司令部に出勤しなければならないので、やはり今日のうちにある程度生活の基盤を整える必要があった。
ベッドから起きて身支度を整え、多少大げさに言えば、がまず取りかかったのが洗濯だった。
(…………)
何しろ、表示の全てが帝国公用語なのである。もちろん洗濯の仕方が帝国と同盟で劇的に変わるわけではない。それに加えて自身は帝国公用語を士官学校で習っていたし、もともとそう違いのある言葉ではないとはいえ、外国語は外国語だ。
(こんな感じ、かな)
持参していた少量の洗剤と洗濯物を投入し、ボタンを押す。何とか洗濯機が動き出したのを見て、は息を吐いた。
(しばらくストレスが溜まりそうね)
それでも、こうしてしまえばあとは洗濯物の心配をしなくてもいい。は頭を振り、外出する支度を始めた。
今日のの服装は、グレーのチェック地の膝丈のワンピースだった。そこに例によって一粒ダイヤのネックレスを着ける。特に意識したわけではないが、昨日よりはずっときちんとした格好だった。
(これならブーツがいいけど……)
普段は軍服でほとんど用が足りるので、服はともかく靴や小物類は必要最小限しか持ってきていないのである。ブーツのようなかさばる物は真っ先に諦めざるを得なかったのが、こうなってみると残念だった。
(しょうがないわね)
黒の厚手のタイツを履いて、ブラウンのバッグを手に取る。
(ということは、ブラウンのパンプスと)
アッテンボローに告げた「コーディネイトを考えるのが面倒だからワンピースを選んでいる」ことは、嘘ではないが事実の全てでもない。服装や髪形、そしてメイクを選ぶのは楽しいと思うものの、なかなかそこまで気を配る余裕がないのである。したがって、もし友人が急に結婚するなどという事態になれば、まず確実に着るものを探し、そして当日はメイクと髪を整えてもらうために美容室に行く羽目になるだろう。
(仕事が始まれば、また軍服一辺倒になるし……。あ、一応IDを持って行こうかしら)
何があるか分からない。丁寧に髪を梳かしてメイクをすると、は家を出た。
昨日とは逆に自宅から最寄駅周辺を見て回り、日常生活に必要な店とその品揃えをざっとチェックしてから商業地区へ向かう。まず食事をして、が商業地区で中心に見て回ったのは女性として必要な店だった。
(美容室と、下着も含めた洋服屋さんと……雑貨屋さんとか)
すぐに必要になるものではなくても、いつまでイゼルローン要塞にいるかは分からないのである。まあ、今はまだ完全に店が開いていないだろうから、まだ猶予はあるが……。
(食器もいるけど、それより前に調理器具が必要ね)
それだけなら、ここではなく家の近くで揃いそうだ。それとも食器だけでも買ったほうがいいかと迷っていたとき、背後から声がかけられる。
「おや、中佐でしたかな?」
が振り向くと、そこにはシェーンコップが立っていた。昨日と同じく、こちらも私服姿である。
「今日はお一人ですか。よかったら、お茶でもいかがです?」
「……はい」
ためらいつつもがうなずくと、シェーンコップは笑った。
「ありがとうございます」
(いいわよね、お茶くらいなら)
近くのカフェで注文を済ませると、シェーンコップはじっとを見た。
「しかし、実に美しい」
「え?」
「それに加えてそのお歳で中佐ということは、軍人としての能力も申し分ないということですね」
率直な賞賛だったが、は小さく首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、身近に20代で将官になった知り合いが二人おりますので、それを考えると……」
どこか苦笑いしながら言うと、シェーンコップが目を見張る。
「それはヤン大将とアッテンボロー少将のことですか?」
「はい」
そう返事をしてから、はなおもためらいつつ言葉を続けた。
「特に、アッテンボロー提督は士官学校の入学前から知っているもので……。いつの間にこんなに差がついたのかといつも思ってしまうのです。いくら頑張っても追いつけない、先頭を離れたところから追いかける長距離走者みたいで」
なぜそう言ってしまったのか、はよく分からなかった。そして、それに対するシェーンコップの反応は意外なものである。
「まあ、20代で将官になる人たちは突然変異みたいなもので、真似しようと思ってもなかなかできるものじゃないとおれは思いますけどね。それに、中佐だってまだ可能性があるでしょう。失礼ですが、おいくつでいらっしゃいます?」
「……もうすぐ27歳です」
「ということは、あと2つじゃないですか。昨今の情勢を見ている限り、そのチャンスは充分にありますよ。悲観する必要はどこにもない」
それはの考えとは微妙にずれていたのだが、さすがにそこまで言う必要はなかった。
「お気遣い、ありがとうございます」
はそう言って微笑んだのだが、次の言葉にその笑みを引っ込めることになる。
「で、アッテンボロー少将とはどのような関係で?」
「交際しています」
「なるほど」
ここで絶対に引いてはいけないことを、は直観的に悟っていた。の琥珀色の瞳と、シェーンコップの灰褐色の瞳がお互いに交錯する。1秒の何分の1かの時間で、シェーンコップはの気持ちをきちんと読み取ったようだった。
「まあ、彼に不満があるなら喜んでお相手いたしますよ。もちろん、昼でも夜でも……。秘密は守りますし、逆に話しても構わないようならそうしますが」
「……お気持ちだけ、ありがたくいただいておきます。今のところ、特に不満はありませんので」
ただ、相手は何しろよりも階級が上なのである。失礼があるとまずい上に、言葉に何か裏があるかもしれない。そう考えると、会話には必然的に緊張感が漂う。
興味深そうに改めてを見たとき、シェーンコップの端末が鳴った。慌てて立ち上がり席を外そうとするをシェーンコップが制する。
「大丈夫でしょう、どうせ大した用件ではないですよ。――どうした、リンツ中佐」
最後の言葉はモニターに映る彼の腹心の部下に対してである。
『シェーンコップ准将、お取り込み中すみません』
「当たり前だ。後でこの埋め合わせはしてもらうぞ。で、どうした?」
『
「はあ?」
『どこに言っていいのかも分からず、准将ならご存じかと――』
「いや、おれも知らん。いいじゃないか、停電なら
(そういうものでもない気がする……)
この会話を傍で聞いていたはそう思ったのだが、それは画面の中のリンツも同意見であるようだった。
『停電も困りますが、水が出ないのはもっと困ります』
「それもそうか」
「あの……」
がためらいがちに口を開くと、シェーンコップと画面の中のリンツが同時にを見る。
「もしかすると、わたしがお役に立てるかもしれません」
「ん?」
「
「もちろんですよ」
シェーンコップがそう言ったとき、画面の中のリンツまでがにすがるような視線を向けた――ように思えた。
「では、行きましょうか」
「はい」
席を立つと同時に、シェーンコップが伝票を取る。
「あの……」
「これくらい、お気になさらず」
「……ごちそうさまです」
ここで言い争うのは単純にみっともないし、シェーンコップの顔を潰すことにもなる。は素直にしたがった。
「無人タクシーで行きましょう。なるべく早く解決したほうがよさそうだ」
「ええ、そうですね」
すぐに無人タクシーが来て助手席に乗りながら、は頭をめぐらせる。
(解決方法はいくつか思い浮かぶけど……)
問題はオフィスのプログラムが間違いなく帝国の仕様であることだろう。の帝国公用語の知識で何とかなるだろうか……。
「……シェーンコップ准将」
「何でしょう」
「わたしがお役に立てるとは限らないので、過剰に期待されると困るのですが……」
「分かりました。では、もし直せなかったら中佐におれとデートしていただきましょうか」
「………………」
さすがにこれは迂闊にうなずけない。思わず硬直したに、シェーンコップは優しく笑った。
「失礼、冗談ですよ」
「……正直に申しますが、冗談には聞こえませんでした」
「本気ですからね」
「………………結局、どちらなのです?」
こう言ったとき、は完全に本気だった。停電や断水を解決できる保証がない以上、迂闊な約束をするわけにはいかない。
「中佐は慎重でいらっしゃる。でも、名乗り出たからにはそれなりに自信がおありなのでしょう?」
「ええ。でも、できない約束をするわけにはいきませんから。先ほどの条件を取り下げていただかない限りわたしは協力しませんが、いかがいたします?」
先ほどと同じく、ここで絶対に退くべきでないことをは理解していた。そして、困っているのは先方であり、自分ではない。そういった計算が働き、はあえて強気に出たのである。
「……分かりました、さきほどの条件は取り下げます。部下に連れて行くと言った以上、その約束を破るわけにはいきませんし」
「ありがとうございます」
はそう言ったが、完全に形だけであった。
「ここまで出迎えか、よっぽど困ってるらしいな」
苦笑まじりにそう言ってシェーンコップとが無人タクシーを降りる。
「シェーンコップ准将、お取り込み中すみません」
「まったくだ。それはともかく、このお嬢さんを問題の部屋へ案内してやってくれ」
「かしこまりました」
このとき、はもう完全に集中している。すぐに配電盤が集中した部屋に案内されると、はリンツを見た。
「すみませんが、何でもいいので配電盤に接続できるコードと端末を貸していただけますか」
「あ、はい」
はリンツから手近にあった端末を受けとると、すぐに配線をつなぐ。
(やっぱり帝国の仕様……)
予想の範囲内だったので特に驚きはない。次の瞬間にはもうの長い指がキーボードを叩く。故障の原因を探るべくあれこれ指示を送ると、5つ目の指示でわずかに反応があった。それを見つけてからはなおいっそうキーボードを叩く速度が上がる。最後の命令を送り込んでエンターキィを押した次の瞬間、部屋に電気が戻った。
「……たぶん、これですべての電気が回復したと思います。念のため、確認していただけますか?」
「はい!」
リンツは室内の別の端末を取り、オフィス全体にアナウンスを行った。
『連隊長より連絡。現在、電気が復旧したと思われる。まだ停電の続く箇所がある場合は速やかにこちらに報告のこと』
「連絡を待つ間に、水道のほうも修正したいのですが」
「あ、はい」
「ここを離れても大丈夫ですか?」
「問題ありません。何かあったら小官の端末に連絡が来ますので……。行きましょう」
「ええ」
まだ完全に問題が解決したわけではないので、の表情はまだ硬い。水道を管理する部屋に向かう途中、シェーンコップが苦笑まじりにリンツに言った。
「ちなみにリンツ、このお嬢さんも中佐だ」
「……そうですか」
「ご挨拶が遅れましたね。・と申します」
「カスパー・リンツであります。以後、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
そう言って一瞬だけ微笑み、また頭を目の前の問題に戻す。すぐに水道を管理する部屋に案内され、はまた同じように端末をつないだ。
(ここも帝国の仕様ね)
先ほどと同じように、故障の原因を探るべくあれこれ指令を送る。こちらは3つ目で反応があり、またそこから加速度的にキーボードを叩く速度が上がった。
今度は電気ほどはっきりした反応はないが、は小さく息を吐いたものである。
「おそらく、これで水も出るようになると思います。確認していただけますか?」
「もちろんです」
そう言ってリンツは先ほどと同じようなアナウンスを行ったのだが、そうしている間にも廊下から野太い歓声が聞こえてきた。
「無事に出たみたいだな」
さすがにシェーンコップも苦笑交じりだ。
「あ、端末をありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。中佐は技術部の所属でいらっしゃるのですか?」
端末を受け取ると、リンツは素直にを賞賛した。これには、ようやくも表情を緩める。
「いえ、これは単なる特技です」
「中佐のような人材はぜひ
「………………」
さりげなく放り込まれた3つ目の選択肢には、もう乾いた笑いしか出てこない。
「お気遣いありがとうございます。でも、先ごろ分艦隊の旗艦の艦長職を拝命しましたので、ご容赦ください」
「そうですか、それは残念」
「本当にありがとうございました。どんなお礼をしたらいいか」
「そうだ、この後みんなで飲みに行くか」
「いいですね」
シェーンコップとリンツがそう言って盛り上がる傍らで、の口元がひきつる。
(
少なくとも、はその中に女性一人で乗り込む勇気はない。おまけにそこを何とか乗り切っても、その後はまず間違いなくシェーンコップが待ち構えているはずである。
「誘っていただけるのは大変ありがたいのですが、わたしも昨日イゼルローンに来たばかりで、まだ家も整っておりません。明日はヤン提督もいらっしゃるようですし、またの機会にしていただけませんか?」
「……そうですか、それは残念。この後はどうされます?」
「近くに用事がありますので、失礼します」
これ以上何か言われないうちに、は笑顔でそう言って踵を返した。
「……シェーンコップ准将が彼女をそのまま返すとは思いませんでしたよ」
「男がいるんだと」
「無理もありませんね、あれだけの美人じゃ……。モデルになってほしいところでしたが」
「分からんぞ」
シェーンコップとリンツがこんな会話を交わしていたことは、が知る由もなかった。
(ついでだから、司令部に寄ろう)
定時にはまだ少し早いが、幸い、IDを持ってきている。少なくとも自分のオフィスの場所くらい確認しておいてもいいだろう。
司令部のビルに入るが、受付のブースに人はいない。そして、は初めてここに来たので、どこに何があるかまったく分からないのである。
(……どうしよう)
しかし、ここまで来てどうしようもない。悩んだのは事実だが、結局、はアッテンボローの端末に通信をつないだ。
『……どうした?』
「ちょっと用があって、近くに来たの。オフィスの場所くらい確認しようと思ったんだけど……」
『そっか』
「ええ」
アッテンボローは笑った。そう答えたの顔はかすかに赤かったかもしれない。
『5階の東端なんだけど、分かりにくいかもな。今どこにいる?』
「……玄関を入ってすぐのところ」
『分かった、迎えに行くよ』
「ありがとう」
そう言ったが、は完全に顔に血がのぼっていることを自覚した。
何となく手持無沙汰だが、迎えに来てもらう以上、ここを離れるわけにもいかない。ぶらぶら歩きながら掲示されているポスターを眺めていると、エレベーターのドアが開いて2名の男性士官が出てきた。暗褐色の髪にブルーグレイの瞳と、赤茶けた髪に煉瓦色の瞳。年のころはどちらも小壮で、ちらりとを見る。
「どうかしましたか、お嬢さん」
そう声をかけたのは、暗褐色の髪にブルーグレイの瞳の士官のほうで、は反射的に襟元の階級章を見た。
(二人とも少佐、ね)
「人を待っているんです。受付に人がいないので……」
「そうですか。ちなみに、どなたをお待ちで?」
「あ、もう連絡が取れました。お気遣い、ありがとうございます」
はそう言って微笑み、頭を下げた。
「それはよかった」
そう言って二人ともさっさと司令部を出て行く。どうやらは司令部の誰かを待っているように見えたらしい。それは正しいのだが、おそらく彼らはを軍人の家族か知り合いだと思ったようである。
(わたしも軍人なんだけど……。ま、いいか)
ひそかに苦笑いしたとき、別のエレベーターが到着し、そこからアッテンボローが姿を現す。
「お疲れ」
「ありがとうございます、提督」
「……やっぱりそっちか」
「当然ですけど」
何しろここは司令部のビルの中なのである。どこで誰が聞いているかも分からない。エレベーターに乗り込むと、アッテンボローは聞えよがしにため息をついた。
「今はが私服だから、気にしなくてもいいと思うけどなあ」
「……明日からはちゃんと軍服で勤務するのよ」
「それもそうか」
そんなことを言っているうちにエレベーターは5階に到着する。エレベーターのすぐ近くには自販機があり、そこには小さなトレイや砂糖とミルクまで置いてあった。
「オフィスの配置って誰が決めたのでしょう?」
「さあ」
その声に笑いが見え隠れするのは、が唐突に言葉遣いを変えたからである。
「おれの執務室はいちばん奥だ。つまり……」
「そのひとつ前ですか」
「ご名答。バイオメトリクスが作動するか、確認したらどうだ」
「……はい」
そう言ってドアに掌紋を充てると、ピッと音がしてロックが解除された。
「……本当に個室ですね」
「だから言っただろうに」
無人のオフィスに机が5つ並んでおり、中央には通信用の三次元モニターが鎮座している。ここに集うのは艦長・副長・砲術長・機関長・通信長の5人である。
「艦長の席はもちろんいちばん奥な」
「はい」
「感想は?」
「身が引きしまります」
「だろうな。たぶん、メイヴの艦橋に行くともっとだぜ」
「メイヴはいつ到着するのですか?」
「明後日って話だ。宇宙港に着いたら連絡をもらうように言ってあるから、一緒に艦橋を見に行こう」
「ありがとうございます」
他に誰もいないオフィスでも、は敬語を崩すつもりはなさそうである。まあ、いつ誰が入ってくるか分からないので、当然なのだが……。
「艦隊運用演習はいつから始めますか?」
「しばらくは完全に乗員が揃わないだろうから、揃うまでは日帰りでやる。ヤン提督に頼んでいた通信長も、まだイゼルローンへ向かっている最中らしい。ちなみに、おれはなるべく早く始めたいと思っているんだが」
「同感です。明後日の午後から、乗員に私物の持ち込みを許可したらいかがでしょうか」
「そうしよう。は艦橋を見に行くとき、ついでに荷物を持ち込むといい」
「かしこまりました。では、明後日の出勤時に荷物を持ってまいります」
アッテンボロー自身の私物はすでに司令室に置いてあるのだ。
言葉は硬いが、は笑いをこらえている。
「……他に誰もいなくても、はずーっとその言葉遣いでいる気か?」
「時と場合によるわね」
「よかった」
アッテンボローが本気でホッとしているようなので、は笑った。
「そうだ、おれのオフィスに副官がいるんだ。紹介するよ」
「……今のわたしは私服なのよ。明日のほうがよくない? さっきも軍人じゃないように見られたもの」
「そうするか。で、今日はどうしたんだ」
「その前に、ダスティは今ここにいてもいいの?」
「ああ、特に用事はないよ。それより、はどうしてここに?」
「ついさっきまで
「はあ?」
アッテンボローが驚くのも無理はない。は笑いながら一連の経緯を話した。
「うん、飲み会に行かなかったのは偉い。よく断ったな」
「さすがに女性一人じゃね」
苦笑いしながらが言うと、アッテンボローはの頭を撫でる。
「今日は定時で上がれそう?」
「ああ、平気だ」
「じゃ、食事してから買い物に付き合ってくれない? 調理器具と食器を買いたいの。そうしないと、いつまでもご飯が作れないから」
「お安い御用です、お姫さま」
「ちょっと……!」
いつ誰が来るか分からないのに頬に唇を寄せられ、さすがには赤面した。
「大丈夫だって」
「……その根拠のない自信はどこから来るのかしら」
「おれの知る限り、ここに来そうな人はもう帰ってるからさ」
「そうなの?」
「ああ。ま、でもさすがに今のに執務室で待っててもらうわけにはいかないな。もう少し、どこか外で待っててくれるか?」
「ええ、もちろん」
はホッとしながらうなずいた。
駅の近くのカフェテラスでカフェインの入っていないコーヒーを買い、行きかう人を見るともなしに見ながらアッテンボローの仕事が終わるのを待つのは、ひどく新鮮だった。
「お待たせ」
「ううん」
「はそうやって待ってる様子も絵になるな。誰かに声をかけられなかったか?」
「平気よ。またそんなこと言って……」
「悪い。行こうか」
はカップのコーヒーを飲みほし、席を立つ。
「食事して調理器具とか食器を買うのはいいけど、さすがに明日の朝食は買って帰るよな?」
「ええ。商業区域をあちこち見るのをもう少し早く切り上げれば自分でできたんだけど……。時間をかけ過ぎたかも」
「うーん……。その辺りはもう言っても仕方ないし、焦ることもないさ」
「そうね」
「そうだ。明日、ヤン提督の到着は11時40分だそうだから、一度オフィスに出勤してから宇宙港に移動だな」
はうなずいた。
連絡事項の合間に、ふと思い出すことがある。
「そういえば、シェーンコップ准将と一人で話した感想はどうだった」
それは、アッテンボローはぜひとも聞いておきたかった。
「……疲れたわ」
「疲れた?」
オウム返しにそう聞くと、は苦笑しながらもう一度うなずいたものである。
「わたしに興味を示してるのは明らかだから、余計にね。おまけに階級を考えたら失礼もできないし……。言葉の裏を考えながら、言質を取られないように警戒しながら話すのって疲れるわよ。実際、直せなかったらデートしてくれって言われたもの。そんなこと言うなら修理しませんって断ったけど」
「確かになあ」
「……ああいうタイプに本気になっても自分がみじめになるだけだろうし、そうしたいとは初めから思ってなかったけど、シェーンコップ准将と付き合うのは完全に無理だって分かったわ」
「そうか、よかった」
アッテンボローは心から安堵したものである。
「それで、今日は何が食べたい?」
こうして、彼らの生活は徐々に整いつつあった。
2019/4/26up