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 12月3日、はオフィスに初出勤した。
(あらかじめ確認しておいてよかったわ)
 昨日、司令部を訪れたのは予定していた行動でなかったとはいえ、つくづくそう思う。これから自分は分艦隊旗艦の艦長を務めるのである。出勤してから自分のオフィスが分からなくてうろうろするなど、恥ずかしい以外の何物でもない。
「おはようございます」
 行きかう人たちに声をかけ、逆に階級が下の者からは同じような挨拶と敬礼を受ける。当然ながらそれにいちいち答礼して、自分のオフィスにたどり着いた。掌紋でロックを解除するが、中に人はいない。

(早かったかしら)
 はっきり確認したわけではないが、おそらくこの分ではアッテンボローもまだ出勤していないだろう。昨日、私服で訪れたときと今とでは、やはり異なる印象を受けた。
(気のせい……じゃないと思うけど)
 デスクの端末にも掌紋を合わせて起動させ、ざっと中身を確かめる。この辺りのシステムの変更はきちんと行われているようだった。

 オークⅠ号時代の部下が艦橋にいてくれるのはありがたいが、は自分を知らない
乗員たちの多い環境で艦長に就任したのである。当面の間、値踏みされるのは間違いなく、ある程度慣れるまでの言動には特に注意が必要だった。
(そっか、最初はスピーチもしなきゃならないんだ)
 新しく艦長に就任した際の慣例である。そして、戦艦メイヴがイゼルローンに到着するのは明日で、明後日からもう艦隊運用演習が始まる予定だ。
(…………)
 おまけに今日の夜はヤンと食事をする約束であり、意外と時間はない。
(ほかに忘れてることはないかしら)
 とは言っても、は戦艦の艦長としてまず何をすべきかを完全に把握しているわけではないのだ。そして旗艦である以上、それ以外の業務が発生することも充分に考えられる。
(……今さらだけど、不安になってきたわ)


 が苦笑いしたとき、ドアの外から物音がした。
「お、開いてるぞ」
「もう誰かいるんだな」
 そんな声とともに姿を現したのは、二人の男性士官である。年のころは30歳くらい、一人は暗褐色の髪にブルーグレイの瞳で、もう一人は赤茶けた髪に煉瓦色の瞳である。
(え?)
 は二人を凝視した。昨日、司令部の玄関で会った二人、ということは……。
(あ、そうか)

 そしてもちろん、部屋に入って来た二人はを見るなり完全に硬直していた。事情を察したが先に声をかける。
「失礼ですが、ベイリー少佐とノールズ少佐でいらっしゃいますか?」
「は、はいっ」
「ということは……」
「戦艦メイヴ艦長に就任しました、中佐です。以後、よろしくお願いいたします」
 わずかに笑いをこらえながら立ち上がり、敬礼をした上で名乗ると、ベイリーとノールズは揃って敬礼した。

「き、昨日は大変失礼をいたしましたっ」
 二人の声がほぼ重なる。慌てるのも無理はない。何しろが私服で誤解しやすい状況だったとはいえ、直属の上司を軍人どころか民間人と間違ったのだ。
「えーと……」
 小さく呟いて小首をかしげると、彼らはが何を欲しているか悟ったようだ。
「アッテンボロー少将のご推薦により戦艦メイヴの副長に就任しました、セシル・ベイリー少佐です」
「同じく戦艦メイヴ砲術長を拝命した、ヘンリー・ノールズ少佐であります」
(ベイリー少佐が暗褐色の髪にブルーグレイの瞳で、ノールズ少佐が赤茶けた髪に煉瓦色の瞳のほうね)
 この二人の背格好はよく似ている上に、階級も同じである。

「驚かれたようですね」
「ええ。アッテンボロー少将から、新しい艦長は若いのに戦術の理解度と艦体運用の技術がすごいとうかがっておりましたが……。まさか女性だとは思いませんでした」
 そう言ったのはノールズであり、は苦笑いした。
「どうぞ、お二人とも遠慮なくお座りください。アッテンボロー提督は、わたしが女性であることをわざと言わなかったような気がします」
「小官も同感です。アッテンボロー少将にはそういうところがありますから」
 今度はベイリーがそう答え、傍らではノールズもうなずいている。
中佐、艦長とお呼びしても構いませんか」
「ええ、もちろん」

「では艦長。昨日、どうして司令部に?」
「わたしはお休みだったのですが、オフィスの位置くらいはあらかじめ確認しておこうと思ったのです。でも受付に人がいなかったので、結局、アッテンボロー提督に連絡して案内していただきました」
「なるほど」
「もう少し早ければ、ここで顔を合わせたかもしれませんね」
「ええ」
 はうなずいたのだが、ベイリーは首を横に振る。
「いや、私服だと艦長は軍人には見えませんから……。アッテンボロー少将から新しい艦長だと言われても、失礼ながら疑っていたかもしれません」
「よく言われます。好きで女性に生まれたわけではないのですが」
「おい、セシル」
「……失礼いたしました、艦長」
 冗談めかしたつもりが予想以上に深刻な口調になってしまい、はわずかに苦笑いした。その後、ふと表情を改める。


「……ベイリー少佐、ノールズ少佐。真面目な話をしても構いませんか」
「はい」
「もちろんです」
 そう言った二人も真剣な表情になっていた。
「今回、旗艦の艦長にと言われたのは突然で……驚きました。できる限りの準備はしたつもりですが、正直なところ、不安がないと言ったら嘘になります」
「……お察しいたします」
 二人は神妙な顔でうなずく。
「もちろん業務に全力を尽くしますが、おそらく、慣れるまではいろいろと間違ったり、見当外れのことをしてしまうでしょう。その場合、遠慮なく指摘していただけませんか?」

 ベイリーとノールズはちらりとお互いを見た。そして、口を開いたのはベイリーである。
「小官もそう軍歴が長いとは言えませんが、それでも自分から間違いを指摘してほしいと言った上官は初めてですよ」
「……わたしは、自分を知っていますから」
「荷が重いと?」
「そうは思いません。ただ、アッテンボロー提督からこの話をいただいたとき、ためらったのは事実です」
「そうでしたか」
 そう言ったのは今度はノールズである。

「では、言わせていただきます。艦長のご心配はもっともですが、駆逐艦上がりの新しい艦長が始めから完璧な艦体運用をするなんて誰も思ってませんよ」
「……おい」
 遠慮のないベイリーの言葉にノールズは青くなったが、はかすかに眉を動かしたくらいで特に表情を変えない。
「それに、間違いなく艦体運用は前任者より上です。アムリッツァ星域会戦時の艦長の駆逐艦の艦体運用データを見れば、それくらい誰にでも分かりますからね。ということは、艦長の指示に従えば生き残れる可能性が高い。吾々にはそれがいちばん大事ですから、わざわざそれに背く必要がどこにあります?」
「セシル、いい加減にしろって……。艦長、大変失礼をいたしました」
「いえ」
 はわずかに口元を緩めたが、まだどこか表情は硬い。
「ベイリー少佐の話には、まだ続きがありそうですよ」

「それに、部下の軽口にも寛容でいらっしゃる」
「……そういうことでしたか」
 は今度こそ苦笑いした。
「言葉では指摘してほしいと言っておきながら、実際に指摘すると怒る人は珍しくありませんからね。失礼を承知で、試させていただきました」
「わたしは合格しました?」
「ええ、満点以上です。改めてお詫び申し上げます。失礼いたしました」
 は軽く息を吐いた。先ほど考えていた通り、さっそく戦艦メイヴの乗員から値踏みされたわけである。

「ベイリー少佐、ノールズ少佐。戦艦メイヴについては聞いていらっしゃいますか?」
「いえ、特に何も」
「そうですか。アッテンボロー提督によると、明日、イゼルローンに到着するそうです。艦隊運用演習は明後日から始めると聞いています」
 はごく冷静にそう言った。
「早いですね」
「ええ。昨今の状況を考えれば、なるべく早く艦隊の統一行動ができるに越したことはありませんから」

 そう言ってから、ふと表情を和らげる。
「……これから、よろしくお願いいたします」
 はそう言って自分からベイリーとノールズの席近くに歩み寄り、右手を差し出した。
「恐縮です」
「全力を尽くしますっ」
 それぞれ違う手の握り具合は、どちらもひどく頼もしく思える。
「二人とも、頼りにしています」
 それはの、まぎれもない本音だった。


 そしてもちろん、ここで会うのは初対面の人物だけではない。
「失礼いたします。戦艦メイヴのオフィスはこちらでよろしいですか?」
「ペトルリーク大尉!」
 は思わずデスクから立ち上がる。
「そのようですね」
 そう言って笑い、オフィスに入ってくる。空いたデスクの前で、ペトルリークは表情を改めた。
「艦長、お久しぶりです。そして、ここに小官を呼んでいただき大変光栄に思っております。引き続き全力を尽くしますので、どうか、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。わたしもペトルリーク大尉が一緒にいてくれて、本当に心強いです」
 はそう言ってから、ベイリーとノールズを見た。
「こちらは副長のベイリー少佐と、砲術長のノールズ少佐。機関長を務めてくれる、ペトルリーク大尉です」
「……よろしくお願いいたします」
 こういった挨拶は、イゼルローン要塞のあちこちで交わされているはずだった。


 そうしてオフィスにメンバーが揃い、各自の仕事を始めて数時間経ったとき、オフィスに通信があった。
『おれだ。艦長はいるか?』
「はい。アッテンボロー少将、お疲れさまです」
『ベイリー少佐か』
「艦長におつなぎいたしましょうか?」
『いや、伝えてくれればいい。そろそろヤン提督を出迎えに行くから、一緒に来てくれ』
「かしこまりました」
 自分がモニターに映らないのを承知の上でがそう言うと、モニターの中のアッテンボローは笑った。
『今から行くよ』
「承知いたしました。では、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
 年上の男性の部下たちにこう言われるのも、もう慣れたものだ。はうなずいて立ち上がり、オフィスを出た。


 そして、上位者がその場にいなくなると場の雰囲気が緩むのも世の常である。
「……いやあ、驚きました」
「艦長にですか?」
「ええ。若いのに戦術の理解度と艦隊運用の技術がすごい方だとは聞いていましたが、まさか女性で、しかもあんなに美人だとは」
 そう言ったのはベイリーである。
「小官が艦長に初めてお会いしたのは一年ほど前ですが、今のベイリー少佐と同じ感想を持ったものです」
「……艦長っていくつなんだろ」
 ノールズがそう呟くと、すぐにペトルリークが反応した。
「もうすぐ27歳になられます。士官学校を789年に卒業されていますから」
「……おれたちの3つ下か」
「ん? 789年卒業ってことは、艦長はアッテンボロー少将と同い年だな」
「ああ」
 くらいならまだ感心で済むが、さすがにアッテンボローの階級を考えるとため息しか出ないのが彼らの立場である。

「ちなみにペトルリーク大尉、艦長に恋人がいるか知ってますか?」
「おい、やめろって」
 さすがにペトルリークは苦笑いした。
「小官の知る限り、いないと思います。誰かとお付き合いされていても不思議はありませんが、仕事で忙しくてそんな気になれないと聞いています。ここだけの話、むしろ小官は艦長に早くいい方を見つけていただきたいのですが」
 そう語るペトルリークはもはや一介の部下のそれではない。
「艦長、モテますよね?」
「それはもちろん」
「だよなあ……」
「セシル、そのくらいにしておけ。ペトルリーク大尉、ベイリー少佐が失礼しました」
「いえ」
 相変わらずペトルリークは苦笑いしている。

「でも、アッテンボロー少将は艦長をどうやって見つけたんだろう」
 今度はノールズがそう呟くと、ベイリーは即座に反応した。
「そりゃ、あのデータじゃないか?」
「アムリッツァのか」
「ああ」
「あくまで予想だけど、アッテンボロー少将がアムリッツァ後に第10艦隊所属艦船のデータを見たとき、オークⅠ号の運航データが目に留まったんじゃないかなあ。駆逐艦ってことは艦長は少佐で、この功績で中佐に昇進すれば、戦艦の艦長になる資格はある。そこにダンメルス中佐の予備役編入があれば、そりゃ異例でも引っ張って来るさ」
「そんなところだろうな」
 ベイリーとノールズがうなずき合うところに、ペトルリークがためらいがちに口をはさむ。
「えーと、ダンメルス中佐とは……?」
「メイヴの前の艦長です。何かと問題のある人物でして……」
「なるほど」


「お疲れ」
「お疲れさまです」
 オフィスを出てアッテンボローと合流しても、はしばらく何も言わなかった。
「どうした、体調でも悪いのか?」
「いえ、何でもありません」
 がそっけなく答えると、アッテンボローはますます不安になったようである。さっと周囲を見渡し、そばに人がいないのを確認してから、改めてを見た。
「……おれ、何かしたか」
 不安げな声に、はつい吹き出したものだ。

「そういうわけじゃないわ。そんなに心配しないでよ」
「ならよかった」
 ここは司令部内である。誰が見ているか分からないので、アッテンボローはの手を一瞬だけぎゅっと握った。
「ヤン提督の到着時間から考えると、少し出発が早いような気がしますが」
「今いる幹部はみんな出迎えるらしいから、早めにと思ったんだ。遅れるとまずいだろう?」
「……それは、確かに」
「おれにとってはデートみたいなものだしな」
「…………」
 は沈黙した。

 アッテンボローの予想通り、宇宙港は混み合っていた。ただでさえやってくる人が多いところに、ヤンの出迎えの人が集まったのである。その数は……。
「ざっと数百人ってところか」
「ええ」
、はぐれるなよ」
 人が多いので、必然的にここではいろいろな声が飛び交っている。それでもアッテンボローは声を低めたが、は苦笑いしている。
「別にはぐれても、後で合流すればよくない?」
「おれが嫌なんだ。ほら」
「……うん」
 差し出された手を素直に握るが、さすがに周囲の目が気になる。
「今だけだからね」
「ああ」

 問題の到着ゲートに着くと、アッテンボローは手を放したので、はホッとした。いくら混雑しているとはいえ、軍服を着ているときにこういうことをするのはやはり恥ずかしく思ってしまう。
「そろそろだな」
「ええ」
 混雑していてもそこは軍隊である。アッテンボローの少将の軍服を見た周囲の人たちが次々と前の場所を譲る。アッテンボローは堂々とその中を前に進んでいたが……。
「……わたしはもっと後ろでいいです」
「だめだってば」
「…………」
 どうやらアッテンボローにとって、と並んでヤンを出迎えることは譲れないらしい。は赤面しつつ小さく息を吐いた。やや俯きながら、アッテンボローの隣を歩く。

「お疲れさまでーす。今日もご一緒ですか。中佐は今日も変わらずきれいですね」
 聞き覚えのある陽気な声の主は、もちろんポプランである。ちなみに傍らにコーネフがいるのもいつも通りだ。
「お前さんたちだっていつも一緒じゃないか」
「世の中には、なりゆきとか付き合いというものがありまして」
 そっけなくコーネフがそう言うのを聞いて、は笑いをこらえるのに苦労した。そのとき、もうすぐヤンの乗った巡航艦が到着するというアナウンスが流れる。二人の撃墜王エースたちもさすがに居ずまいを正す。

 11時40分、巡航艦のタラップにヤンが姿を現すと、誰からともなく出迎えた兵士たちが一斉に敬礼した。ヤンが答礼でそれに応え、すぐに姿を消す。
「ヤン提督はこれからどうするのかしら」
「いや、司令部に行くだろ。幕僚の顔合わせがあるから、おれも出るように言われてる」
「そうなのね」
 数百人がいっせいに司令部に移動するのである。宇宙港は混雑したが、アッテンボローももおとなしく順番を待った。
「やっぱり時間かかるなあ」
「仕方ないですね」
「それは分かるんだが……」
「大丈夫ですよ、アッテンボロー少将。おれたちが行かないと顔合わせは始まりませんから」
「分かってるさ、それくらい」


 結局、幕僚たちの顔合わせが行われたのはそれから1時間ほど経ってからだった。それで
も他の幕僚よりも比較的早く来たアッテンボローは、さっそくシェーンコップに呼び止められる。
「お疲れさまです。昨日の件、中佐から聞いておられますね?」
「……ええ、まあ」
中佐とは士官学校入学前からのお知り合いとうかがいましたが」
 シェーンコップは前置きも何もなく、単刀直入にそう切り込む。有無を言わさぬ光を宿した灰褐色の瞳を見て、アッテンボローは内心で白旗を挙げた。確かにこの瞳と始終やり合うのは疲れるだろう。
「おれのくそ親父と……中佐の親父さんの仲が良くて、ガキの頃から知っているもので」
「ほう」
 ついうっかりファースト・ネームを呼びそうになったが我慢する。
「昨日みたいなことはちょっとした特技だとか」
「ええ」
 アッテンボローはうなずいてから、シェーンコップにの素性を簡単に話した。
「なるほど、それなら納得です。しかし、そんな女性がなぜ軍隊に?」
 その言葉に、アッテンボローは肩をすくめる。
「プライバシーに関わることなので、中佐に直接聞いてください。本人が話すとは限りませんが」
 最後にそう付け加えたのは、単なる嫌がらせであった。


 幕僚たちの顔合わせは無事に終了し、最後にヤンはシェーンコップを呼んだ。
「シェーンコップ准将はちょっと残ってくれ。話がある」
「かしこまりました」
 そうして幕僚たちが司令官室を出て行っても、ヤンは数分間ずっと黙っていた。
「いかがいたしました、ヤン提督」
「シェーンコップ准将、薔薇の騎士ローゼンリッター連隊で誰かメカに強い人はいないかな?」
「おりませんな、残念ながら」
 あっさりとそう答えてから、改めてヤンを見る。
薔薇の騎士ローゼンリッター連隊以外でよければ、心当たりがあります」
「誰だい?」
中佐をご存じですか? どこかの旗艦の艦長になったそうですが」
 シェーンコップがそう言うと、ヤンは吐息まじりの声を出した。
「やっぱり彼女しかいないか……」
「おや、ご存じでしたか」
「まあね」

「何か変更するつもりなのですね?」
「ああ。管制機能を三ヶ所に分散させて相互に監視させ、三ヶ所が同時に制圧されない限り、機能を掌握されることがないようにしたい。それに、空調システムに大気分析装置をセットして、要塞内にガスを流されないようにもしたいかな」
 ヤンがそう言うと、シェーンコップは愉快そうに笑った。
「なるほど、同じ轍は踏まないわけですな。そうすると、要塞防御システムの大幅な改造が必要ですが……」
「それを中佐に頼みたいと思ってるんだ」
「なるほど」
 ヤンは改めてシェーンコップを見た。

中佐には私から直接頼むが、もしかすると貴官の力が必要になるかもしれない。その際は快く協力してやってくれないか」
「もちろんです」
 シェーンコップは優雅に一礼した。
「では、退出してもよろしいですか?」
「ああ。ついでにグリーンヒル大尉を呼んでくれ」
「かしこまりました」
 言葉通り、すぐにフレデリカが司令官室に入ってくる。
「お呼びですか、閣下」
「戦艦メイヴの艦長、中佐を呼んでほしい」
「かしこまりました」


 そして、この日二度目の呼び出しにはさすがにも首をかしげたものである。
『グリーンヒル大尉です。中佐、ヤン提督がお呼びですので、お手数ですが司令官室までお越しください』
「……かしこまりました」
 そう言いながらモニターに表示していたデータを保存し、立ち上がる。
「どうなさいました、艦長?」
「いえ……。何の用件なのか、まったく見当がつかないので」
(……まさか、ね)


 はもちろん司令部のメンバーと初対面である。副官のフレデリカ・グリーンヒルに会釈してから、司令室のドアを叩く。
中佐、参りました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼いたします」
 どこか緊張しながら司令室に入ると、それでも、ヤンは悠然と笑った。
「ご無沙汰しております、ヤン提督」
「こちらこそ。私はアッテンボローからいろいろと話は聞いているよ」
「…………」
 意味ありげにそう言われ、さすがに顔に血がのぼる。ただ、ヤンはすぐに表情を改めた。
「そのアッテンボローから聞いたんだが、中佐は引っ越しをしなかったそうだね」
「はい」

「理由を聞かせてもらえるかな」
 ヤンの言葉はいつも通り穏やかで、はさほど緊張することなく答えることができた。
「理由というほどのものではありません。こちらがイゼルローン要塞を手に入れたのと同じことが、相手を入れ替えてまた起こるかもしれないと思いました。そして、その場合は円満に退去できるとは限りませんから、その対策として同盟首都ハイネセンに荷物を残したほうがいいと判断しただけです」
「なるほど」
 ヤンは満足げにうなずいた。

「そう考えている部下がいて助かるよ。話が早いから……。実は、貴官に頼みたいことがあってね」
「……頼みたいこと、ですか」
「ああ」
 ヤンはそう前置きして、シェーンコップに話したのと同じ内容をに告げた。違うのはここからである。
「と、ここまでが表向きの用件。ここからが極秘の案件だ」
「……極秘?」
「ああ。全宇宙で私と貴官しか知らない」
 それからヤンによって語られた内容は、の想像をはるかに超えていた。


「……というわけだ。何か質問は?」
 そう言ってしまってから、ヤンは首をかしげる。
「というか、それ以前の問題だな。そもそも、中佐にこんなことを頼んでいいのかためらうんだが」
 は微笑んだが、ヤンにはその笑みがずいぶんと複雑に見える。
「……ありがとうございます。でも、たぶん大丈夫ですよ」
「そうかい? それなら、私はすごく助かるが……」
「はい、やってみます」
 そう言ってうなずいてから、すぐに切り出す。
「いつまでに完成させればよろしいですか」
中佐は通常の艦長業務もあるから、あんまり無理は言えないなあ。でも、早いに越したことはないよ」
「……分かりました」
「できそうかい?」
「具体的にプログラムを見てみないと何とも言えませんが、おそらく、不可能ではないと思います」


「そうか、よかった。帝国公用語で不安なところがあれば、シェーンコップ准将に協力するように言ってある。その他にも、人が足りないなら遠慮なく声をかけてくれ」
「いろいろなお気遣い、ありがとうございます」
 が答えると、ヤンはまた真顔になった。
「ただし、核心部分を構築するのはあくまでも中佐が一人で担当してほしい。いいかな?」
「承知いたしました」
 が答えると、ヤンは机のメモに何かを書きつけた。
「私の個人的な連絡先と、司令室の直通の番号だ。何か不明なことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「……ありがとうございます」

 そう答えて、素直にメモをもらう。確かに、考えてみればヤン個人の連絡先は知らないのだ。
(ダスティに聞けば分かるでしょうけど……)
「じゃ、中佐を責任者として要塞防御システムを変更することは公表させてもらうよ。そのうち、グリーンヒル大尉から資料をもらってくれ」
「かしこまりました」
「忙しいところ申し訳ないが、頼む」
 重ねてそう言われ、は力強くうなずいた。
「はい、全力を尽くします」





2019/4/29up
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