(……ヤン提督って、やっぱりすごい)
今ここであそこまで考えているとは尋常ではない。ただ、もちろんこのことはこれが実際に使われるまで――あるいは公表しても問題ないと思われるまで、一人の胸にしまっておかなくてはならなかった。
(だめだわ、もう少し落ち着いてからオフィスに戻ろう)
は足を止めた。ちょうど近くに自動販売機が目に入り、そこで紙コップのコーヒーを買う。意識してゆっくりコーヒーを飲み、紙コップが空になったころ、ようやく気分が落ち着いたことを自覚する。それにしても……。
(……要塞防御システムの変更、かあ)
それはまぎれもなく重責だし、まして極秘事項もある。ヤンが自分を信頼してくれるのはうれしいのだが、プログラム関係のことを頼まれるのは複雑な気持ちがするのも事実だ。
(でも、まずは艦隊運用演習よね)
やるべきことは山積みである。は今後やるべきことのリストを頭に作成し始めた。
「艦長、仕事は終わったか」
「……もう少しです」
定時が過ぎるとすぐにアッテンボローがオフィスにやってきて、は苦笑いした。
「よし、じゃここで待たせてもらう」
そう言って入口近くの壁に背を預け、オフィスの中を眺める。もともと戦艦メイヴにいた部下たちがいるからだろうか、アッテンボローがさほど緊張している様子はない。
「アッテンボロー少将、艦長とこの後どこかに行かれるのですか?」
ベイリーの質問は当然だった。
「ああ、これからデートなんだ」
「提督!」
「失礼。艦長と一緒に、ヤン提督と食事の約束をしている」
「……なるほど」
そう言ったベイリーはアッテンボローとの顔を交互に見ている。ちなみに先ほどの台詞に対し、は「冗談でもそういうことは言うな」と言わんばかりに、本気で顔をしかめていた。そしてベイリーとノールズはともかく、さすがにペトルリークは落ち着かなさそうである。
(早く準備しなきゃ)
「艦長、業務連絡をしていいか」
「……どうぞ」
「ヤン提督と玄関で待ち合わせをしているから、三人で店に行こう。ユリアンには無人タクシーを手配した」
「お手数おかけして申し訳ありません」
「いや、そもそも食事しようって言い出したのはおれだからな。で、まだか」
「そう急かさないでください」
「おっと、悪い」
(本当は悪いなんて思ってないでしょ)
はそう思ったのだが、この場では言えない。となれば、居心地が悪そうにしているペトルリークのためにも、とにかく早く仕事を終わらせることがいちばんだった。
「……お待たせしました。終わりました」
「よし、行くか」
「では、お先に失礼します。みなさんも早く帰ってくださいね」
「はい」
そう言ってはオフィスを出た。廊下を歩きながら、小さくため息をつく。
「どうした?」
「何でもありません、少将閣下」
はあることを決意していた。
司令部の玄関には、ヤンがぽつんと立っていた。そして、やや離れたところに屈強な男性が二人控えている。
「ヤン提督、お待たせしました」
「ご無沙汰しております」
「……ああ、そうだね」
もちろん、は昼間ヤンに呼び出されたことなどおくびにも出さない。
「このまま電車でいいですか?」
「もちろん」
「あの……。料金はわたしが支払うので、電車ではなく無人タクシーでもいいですか」
がそう言うと、アッテンボローは明らかにぎくりとした。ヤンはその様子を興味深そうに眺めている。
「いいよ」
「ありがとうございます」
はさっそく端末を取り出した。
「おい……」
「あ、アッテンボローは彼らに店の名前を伝えてくれるかな」
「分かりました」
しぶしぶアッテンボローが去っていくと、ヤンが笑いながらを見る。
「何か企んでるね」
「ええ」
ここでごまかしても仕方がないので、はあっさりとうなずいた。
やってきた無人タクシーに乗り込むと、は宣言したものである。
「ヤン提督の前で失礼します。ダスティにどうしても言いたいことがたくさんありますので」
「どうぞ」
「さっきのあれは何なのよ?」
「いや、あの……」
「何だい、さっきのあれって」
はヤンを見た。
「定時で終わって、わたしのオフィスに来たんです。それだけならまだしも、『これから艦長とデートなんだ』って言ったんですよ」
「……いいじゃないか、別に」
「よくないに決まってるでしょ。ダスティが公私の区切りはつけなきゃって言ってたから、わたしはそれを信じてたのに」
「…………ごめん。そうだ、確かにそう言った」
長い沈黙の後、アッテンボローは自分の誤りを認めた。
「もうしない?」
「努力する」
それでも、があまりそれを信じていないのは明らかである。
「今度やったらもっと怒るからね」
「……ああ」
どうにか納得させてが小さく息を吐くと、ヤンは笑った。
「どうやらアッテンボローよりも中佐のほうが強いみたいだね」
「……そうですか?」
予想もしなかった反応に、は動きを止める。
「今のやりとりを聞いていれば分かるよ。でも、二人が上手く行ってよかった」
「ええ、ありがとうございます」
そう答えたのはアッテンボローであり、はさすがに赤面した。ちらりと見ると、アッテンボローも顔が赤い。
「ま、仲良くしてくれ」
「……はい、もちろん」
そんな会話をしているうちに、無人タクシーは商業地域の「猫のゆりかご」亭に到着した。
「噂のユリアン少年に会うのが楽しみです」
そう呟くと、すぐにアッテンボローはを見た。
「何だ、はユリアンと初対面か」
「うん。ダスティからよく話は聞いてるけど」
「そうか、ちょうどいいな」
「……何が?」
「決まってるだろ」
ということは、こういう関係になったからだと解釈せずにはいられない。はまた赤面した。
無人タクシーを降り、宣言通りにが料金を支払う。ユリアン少年は店の待ち合いスペースにいた。
「ヤン提督、アッテンボロー提督」
「待たせたな、ユリアン」
予約した席に案内される途中、ユリアンがヤンにこうささやいているのが聞こえた。
「もう一人の方はどなたですか?」
「アッテンボローが紹介してくれるよ」
「……はい」
(軍服を着てる状態で会ってよかったかも)
席について注文を済ませると、アッテンボローはおもむろにユリアンに告げた。
「紹介しよう。おれの恋人で、旗艦の艦長を務めてくれることになった、・中佐だ」
「ええっ?」
「おいおい、おれに恋人ができたのがそんなにおかしいか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
困惑するユリアンの様子を見て、はユリアンが何に驚いていたかを正確に理解した。
「ダスティ、言わせてもらうけど」
「何だよ」
「意図的にわたしの性別を隠してネタにするの、やめてもらえない?」
それに首をかしげたのがヤンである。
「……他にも何かやってたのかい」
「はい。もともと戦艦メイヴにいた人で、わたしの部下になる人たちに。しかも昨日、たまたま私服で司令部に行ったときに遭遇して、民間人に間違えられるっておまけつきですよ」
「……それは驚いたでしょうね」
「ええ」
何しろ通りがかりの民間人だと思っていた女性が、軍服を着てオフィスのいちばん奥の席に座っていたのである。控えめに言うユリアンに、はすぐに同意した。
「そうなのか、その場にぜひ居合わせたかった」
のんびりとそう言って笑うアッテンボローとは対照的に、今度はが眉をひそめる。
「そもそもダスティがわたしを女性だって言わなかったことが全ての原因でしょう?」
「……その通りです、すいません」
アッテンボローがちょうどそう言ったとき、3杯のワインと1杯のジンジャーエールが運ばれてきた。
「とりあえず、乾杯しようか」
「はい」
4つのグラスが澄んだ音を立てる。それぞれが飲み物を飲んで、最初に口を開いたのはアッテンボローだった。
「が女性だって言うと、みんな興味を示すじゃないか」
「そうでしょうね」
「それでフルネームを検索されてみろ、若くて美人だってあっという間に知れ渡る。おれが自分からライバルを増やしてどうするんだ」
「…………」
は赤面しつつとっさにアッテンボローのグラスを見たが、さほど減っているわけではない。すなわち、この言葉は本気だということだ。
「……だから、言わなかったの?」
「ああ。ま、が女性だって分かったときの反応を楽しみにしなかったって言ったら嘘になるけど」
「心配……」
しすぎだと言おうとして、はふと目の前のヤンとユリアンが興味津々でこちらを見つめていることに気づいた。また顔に血がのぼるのを自覚する。
「失礼しました」
「いや。中佐、アッテンボローがずっとこんな状態だったって言ったら信じるかい?」
「……ヤン提督がそうおっしゃるなら、信じざるを得ません」
「それに加えて、旗艦の艦長の技量に不安があるのも聞いててね。今回、それを両方一気に解決したわけだ」
「艦長業務については、まだ不安がありますが……」
何しろ艦隊運用演習はこれから始まるのである。
「心配ない。アムリッツァであれだけの艦体運用ができれば大丈夫さ」
「……恐縮です」
戦艦と駆逐艦は違うとは思ったが、さすがにヤンの前では口にしない。
「中佐もアムリッツァ星域会戦に参加されたのですか?」
そう言ったのはユリアンである。
「ええ。わたしは第10艦隊に所属していましたから」
「ちなみにおれの麾下じゃなかった。だからもうそれはそれは心配した」
「……ダスティってば」
はまた赤面した。そんなをよそに、アッテンボローが言葉を続ける。
「いや、あのときはもうだめだと思ったよ。こちらが一発撃つ間に、敵は13発くらい撃ってくる。数の少ないほうが陣形は乱れていて、指揮の系統も混乱している。こいつは負けだ、こんな情勢になって勝てるとしたら、戦いとは甘いものだ、とつくづく思ったね」
「もしかして、死ぬかもとか思いました?」
ユリアンがおそるおそるそう答えると、アッテンボローは笑った。
「全然。ひとり残らず戦死するなんてことはありえないし、生き残る人間がいるとしたら、おれだろうと思ったよ」
(よく言うわね)
はそう思ったが、苦笑するだけでまた黙っていた。そんなを見て、ヤンが口を開く。
「いくら威張ってもいいさ、第10艦隊が文字通りの全滅をまぬがれたのはアッテンボローの功績だから……。あの状況であれだけ大胆で的確な指揮ができるのは大したものだよ」
「ありがとうございます」
アッテンボローは照れくさそうに敬礼した。
「でも、あのとき戦いを交える前に撤退するという命令が来たので驚きました」
がそう言うと、ヤンはかすかに目を見張る。
「残念だったからかい?」
「いえ、そうするのがいちばんいいと思っていたからです」
「そうか」
ヤンは笑った。
「あれは、私がウランフ提督に進言したんだ。ウランフ提督からビュコック提督に伝えてもらって、ビュコック提督に司令部に伝えてもらったんだがねえ」
「そうなのですか……」
「ああ」
ヤンはそう言ってうなずく。あまり愉快な話題ではないので、は意識して話題を変えた。
「それにしても……アムリッツァの敗戦で混乱してる中、よくイゼルローン関係の人事はこんなに早く決まりましたね」
それはの正直な感想だったのだが、これにヤンは実に人の悪い笑みを浮かべたものである。
「うるさい奴やめんどうな奴は、ひとまとめにしていちばん危険な場所に放りこんでおけということさ。実際、シェーンコップだのポプランだのと名前が続くと、幹部の名簿じゃなくてブラックリストとしか思えないものな」
周囲がより毒舌だから目立たないだけで、ヤン自身もそれなりに毒を吐くのだ。この場にいる面々はそれをきちんと理解していたので、少なくとも驚きはしなかった。
「……ということは、おれもか」
「もちろんじゃない」
「ま、今の政府に危険人物扱いされるほうが本望だからな」
アッテンボローはそう言って豪快にグラスを傾けた。
「先輩、次はブランデーにしません?」
「いいね」
そして、時間はあっという間に過ぎる。
「そろそろお開きにしますか」
「そうだね」
何しろユリアン少年はまだ14歳なのである。
「中佐、アッテンボローのことを頼むよ」
「……努力いたします」
こういう話題になると、は自分の意志によらず赤面せざるを得ない。
「さて、じゃ帰ろう」
店の前に来た2台の無人タクシーに同乗し、一同はそれぞれの家に向かう。
「楽しかったか?」
「ええ」
「そっか、よかった」
前の席に座っているので、ソファにいるときのように肩を抱き寄せたりはできない。せめてもと思い、アッテンボローは左手を伸ばしての右手を取った。
「本当にダスティはこういうのが好きね」
「当たり前だろ」
「あのさ、」
改まって切り出したアッテンボローの声にわずかな緊張を感じ取り、は暗い無人タクシーの中で目を見張った。
「何?」
「……いずれ、の家に泊まりに行きたい」
おそらくこれを切り出すのにはそこそこ勇気が必要だっただろう。はその言葉が意味するところを正確に理解した。
「それは、いいけど……」
「けど?」
「……平日じゃなくて、休みの前がいいわ。あと、急に来るのはちょっと……」
「分かった」
アッテンボローの声は実にうれしそうである。は赤面していたが、幸い、暗い車内ではあまり目立たないだろう。
20分ほどでお互いの家に着き、無人タクシーを降りる。走り去る無人タクシーの音を聞きながらが目を閉じると、唇にやわらかな感触があった。
「じゃ、お休み。明日また仕事で」
「お休みなさい」
翌日。が出勤してデスクワークに励んでいると、アッテンボローからの通信があった。
『艦長はいるか』
「……はい」
『宇宙港からメイヴが到着したと連絡があった。艦橋を見せるから、今から一緒に行こう。こっちに来てくれ』
「かしこまりました」
この連絡は予想していたので、行動は早い。は画面に表示していたデータを素早く保存し、席を立った。そして、艦長室に持ち込む荷物を入れた大きめのトートバッグを肩にかつぐ。
「では、行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ」
例によって年上の部下たちに見送られ、オフィスを出る。
「……アッテンボロー少将は本当に艦長を三顧の礼で迎えたんだな」
「気持ちはよく分かるよ。何しろ前任者がアレだし」
これは例によってベイリーとノールズの軽口である。
「昨日、アッテンボロー少将が艦長を迎えに来たときに思いましたが、あのお二人はお似合いですね」
ペトルリークが何気なくそう言い出し、ベイリーとノールズは顔を見合わせた。
「……まさか」
「いや、分からんぞ」
アッテンボローがをわざわざ執務室に呼び出したのには理由があった。
「中佐、参りました」
「ああ、ちょっと待ってくれ。副官を紹介する」
「……はい」
そう言って執務室を出たところで副官を手まねきする。
「おれの旗艦の艦長を務めてもらうことになった、中佐だ」
「パーヴェル・ストリギン大尉です。以後、よろしくお願いします」
ストリギン大尉はとあまり身長の変わらない、小柄な男性である。
(あれ、確か……)
「こちらこそ」
当たり障りなくはそう挨拶したのだが、ストリギンはアッテンボローを見る。
「……アッテンボロー少将、お伺いしてよろしいですか」
「何だ」
「中佐が
「…………」
はあまり音を立てないように深呼吸した。ここは自分が口を出すべきではないと思うと同時に、アッテンボローがどう答えるのかを見定めなければならない。
「全部話すと長くなるし、そこまで貴官に教える必要はない。中佐が怒っていたのは、おれが旗艦の艦長になってもらうためのいろいろな手続きを省略してしまったからだ」
「なるほど。あの後、少将は抜け殻同然でしたからね」
「……そうなのですか?」
「ええ」
事態を見守ろうと決意したにも関わらず、はついそう聞いてしまう。それを遮ったのはもちろんアッテンボローだった。
「それはいい。行くぞ」
「かしこまりました」
そうしてオフィスを出て行こうとすると、またある人物と遭遇する。
「……ラオ中佐」
「お疲れさまです、中佐。小官はアッテンボロー少将の元で参謀を務めることになりました」
「そうですか」
は微笑んだ。事情を知っている人がいるのは単純に心強い。
「よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
さすがに相手がラオだからだろうか、アッテンボローはその様子を見ても何も言わない。ただ、お互いに頭を下げ合ってすぐに声が飛んだ。
「艦長」
「……失礼いたしました」
「メイヴを見に行かれるのですよね?」
「はい」
「どうぞ、ごゆっくり」
何とも不思議な言葉で送りだされると、司令部の廊下を歩きながらアッテンボローは苦笑いした。
「これも仕事なんだが」
「……そうですね」
そう言ってから、アッテンボローはの抱えている荷物を見た。
「それは私物か?」
「はい。バイオメトリクスがきちんと機能するかの確認も含めて、置いておこうかと思いまして」
「艦長はいろいろなところに気が回るなあ」
「……ありがとうございます」
はそう答えたが、そもそも戦艦メイヴはもともとのアッテンボローの乗艦である。従って、司令室には既に私物を持ち込んでいるはずだった。何しろ、駐留艦隊はいつ「いつでも出撃できるよう準備せよ」の第一級配備が出るか分からないから、あらかじめ私物を持ち込んでおかないと、困るのは自分自身なのだ。
宇宙港の軍用ゲートをくぐり、指定されたドッグに行くと、そこには戦艦メイヴが到着していた。
「行こうか」
「ええ」
既に許可は取ってあるし、ここまで来れば誰かに聞かれる必要もない。が普通に会話し始めると、アッテンボローは急に機嫌がよくなるのである。
「まずは艦橋に行こう」
そう言って、先に立ってどんどん歩く。
「ねえ、ダスティがメイヴに乗り始めたのっていつ?」
「准将になったときだから、去年の秋。それがどうかしたか?」
「ううん、別に。ずいぶん慣れてると思っただけ」
「それはそうだろ、おれの座乗艦なんだから」
アッテンボローは笑った。
「もうすぐ艦橋だぞ」
「……うん」
艦橋に続くドアは厚い。アッテンボローが掌紋を合わせてロックを解除すると、そこは戦艦の文字通り心臓部であり、頭脳でもある。あらかじめ図面で見ていたものの、はその光景に圧倒された。
アッテンボローはその様子をしばらく眺めていたが、やがて口を開く。
「感想は?」
「上手く表現できない。何て言えばいいのかしら……。圧倒的? それとも、身が引きしまる思いだって言うか……」
「おれも、初めて司令席に座ったときはそう思ったよ」
当たり前だが、駆逐艦のささやかな艦橋とは広さも設備も比較にならないのである。おまけにここは旗艦なので、分艦隊の幕僚たちがいる二階部分があり、そこには戦術コンピューターが鎮座していた。
「あ、この戦術コンピューターはもちゃんと操作できるからな」
「……そうなの?」
「ああ」
は改めて無人の艦橋を見渡した。これからここで、艦の運航を指示するのだ。おまけにメイヴは旗艦である。旗艦を失えば組織的な行動はほぼ不可能だから、メイヴの撃墜はアッテンボロー分艦隊の2,200隻の非戦力化を意味するのだ。
「わたしで大丈夫かしら」
「心配ない。何があってもおれがフォローするから」
「……ありがとう」
それは間違いなく断言だった。自信とは、実績に基づいて得るものである。不安からつい何度も同じことを口にしてしまっているのに、そのたびに嫌な顔もせず肯定してくれるアッテンボローに、は感謝した。
「そうだ。言うのを忘れてたけど、艦長と副長はメイヴの全乗員の連絡先リストにアクセスできるからな。何かあったら活用してくれ」
「分かったわ」
「さて、じゃ次はバイオメトリクスの確認か」
「ええ」
「ついでに、食堂とか医務室も案内するよ。あと会議室も」
「ありがとう」
戦艦の各機能――特に機密に関わることは、個人のバイオメトリクスで管理されている。この辺りの機能の変更は統合作戦本部の管轄だった。アッテンボローの言葉通り、艦橋を出てそれぞれの設備の場所を確かめる。
「で、ここが艦長室。ちなみにおれの司令室は隣だ」
「……そうなんだ」
「ああ。家と同じだな」
アッテンボローがうれしそうにしているのは、どう見ても気のせいではない。
「とりあえず、荷物を中に入れるんだろ?」
「そうね」
は気を取り直し、所定の場所に掌紋をセットした。一瞬の後に「認証」の文字が浮かび、問題なくドアが開く。
「よかったな、問題なく動いて」
「うん」
艦長室はホテルのシングルルームのようだった。肉視窓があり、作りつけのベッドと端末の乗ったデスク、それに小さいながらソファもある。そして、バスルームに加えてトイレと小さな洗濯機まであるのだ。
「すごいわ」
「何が?」
「設備が。ダスティは当たり前って言うだろうけど、駆逐艦の艦長室とは全然違うもの」
「だって戦艦、それもメイヴは旗艦なんだぜ。ちなみにがいちばんうれしいのは?」
「バスルームと洗濯機ね」
「なるほど」
やはり女性である。
「司令室も似たような感じ?」
「ああ。でもきっとおれは自分の部屋よりもこっちで過ごすほうが多くなりそうな……」
何気なく本音を吐露したアッテンボローだったが、は即座にこう言ったものである。
「だめ」
「何でだよ」
「公私の区別はつけるって言ったでしょ」
「……またそれかあ」
「自分で言ったことくらい守ってよ」
「そうなんだけど……」
そう言いながら未練がましくを見ると、がため息をつく。
「……絶対にだめとは言わないけど、節度は守ってね。でも、泊まるのは禁止」
「分かった」
「きゃっ」
少しでもが歩み寄ってくれたのがうれしくて、ついを抱きしめる。
「どうしたの?」
「ありがとう。を艦長にしてよかった」
「それはまだ早いわ」
慎重な言葉に、アッテンボローは笑った。
「じゃ言いなおそうか。なら必ずできるから、心配するな」
「……ありがとう」
がそう言って微笑む。それがまたうれしくて、アッテンボローは唇を重ねた。
「そういえば、乗員の私物の持ち込みはいつから?」
「司令部に戻ったら許可を出すよ。おれたちが艦橋とか艦内を見て回るのに、邪魔されたくなかったから」
アッテンボローが平然とこう言うと、は苦笑いした。
「……まさしく権力の無駄づかいね」
「何とでも言え」
「権力の無駄づかい」、お気に入りです(笑)。
2019/5/2up
2019/5/2up