15

 眠るつもりはなかったのだが、気づかないうちにうとうとしていたらしい。は端末にメッセージが届いた音で目を覚ました。
(やっぱり疲れてるのかなあ……)
 そんなことを考えながら端末を手に取り、メッセージを表示する。
『司令部より送信。これより、要塞全体の防御システムの変更を行う。責任者はアッテンボロー分艦隊所属の中佐であるので、各員はその指示に従うように』
(…………)
 これはヤンからいずれ公表すると言われていたことなので、不思議はない。が絶句したのは、このメッセージがイゼルローン要塞にいる軍関係者全員に送信されていたからである。
(休み明けはこれについても説明がいるわね)
 が軽く息を吐いたとき、玄関のチャイムが鳴った。

「いらっしゃい」
「お邪魔します」
 そう言って玄関を閉めてから、アッテンボローはを見て笑った。
「この間も思ったけど……、部屋着姿、かわいいな」
「ありがとう。でもまず食事にしない?」
 何気ない言葉の後には赤面した。
「……そうだな」
 そう答えるアッテンボローの顔も赤い。どうやら、先ほどのメッセージはまだ読んでいないらしかった。


 ダイニングキッチンで向かい合わせで別のものを食べるというのは不思議な光景である。
「で、話って何よ」
「ベイリー少佐にものすごい先制パンチをくれたんだって?」
 アッテンボローがにやにやしながらそう言うと、はまた赤面した。
「……何でもう知ってるわけ?」
「ノールズ少佐が注進に来てくれた」
「そう」
 はしばらく黙って自作のリゾットを口に運ぶ。

「……ちょっと大人げなかったかなって思ってるの」
「そうか?」
「うん」
 赤面しながらそう言うは、部屋着姿もあいまってひどく無防備に見える。そんなことを考えながら、アッテンボローは改めてじっとを見た。
「どうしたの?」
「おれはもっといろいろ言ってやってもよかったと思うぜ?」
「たとえば」
「わたしは階級が下の男性と付き合う気はありません! とかさ」
 アッテンボローは完全に冗談のつもりだったのだが、は笑わなかった。

「……それ、ダスティに言ったことあったっけ」
「ん? は本気で階級が下の男性と付き合う気はないのか」
「うん」
「……そうか」
 思いのほかあっさりとがうなずいたので、アッテンボローは頭をかいた。
「確かに有効な撃退法だと思うけど、さすがにそれはちょっと……」
 男性のプライドを完全に粉砕する言葉である。
「ま、それはともかく……。でも、ノールズ少佐から詳しく聞いたよ。オフィスで顔を合わせたとき、失礼なこと言われたんだってな」
「……ええ」
「それはベイリー少佐が悪いと思う。おれが艦長だったら同じことは言わないって言ってたから、つまり、が女性だから下に見てたってことだし」

「……わたしもそれが分かったから、腹が立ったの。駆逐艦上がりって言われたのがいちばん悔しくて、つい……」
「そうだろうさ。それについては特に厳しく言っておいたから大丈夫」
「……ありがとう。何も言ってないのに、よく分かったわね」
「分からないわけないだろ、のことなんだから」
 優しくそう言ってを見る。ただ、我慢していたものが限界を越えたのか、の琥珀色の瞳には涙がにじんでいた。
「……ごめんなさい」
「謝るなよ。は悪くない」
 ここが椅子なのがもどかしい。アッテンボローは立ち上がり、の肩を優しく叩いた。
「ちょっとだけ、ソファに行こう」
 は無言でうなずいた。腰に手を当てて立ち上がらせ、ゆっくりとソファに向かう。

 そのままソファに座ると、アッテンボローはを抱きしめた。
「……ごめんな」
「そんな、ダスティは何も悪くないのに」
「いや、おれがもう少し気を遣うべきだった。そうすれば、にこんな思いをさせなくて済んだのに……」
「ううん、そんなことないわ」
「今からでも副長を変えるか?」
「それはやり過ぎよ」
 は笑った。

「でも……」
「実際に駐留艦隊が動き出して、まだ一週間も経ってないじゃないの。別に庇うわけじゃないけど、ベイリー少佐とノールズ少佐だってこんな状況は初めてでしょうしね」
 そう言ったとき、の涙は止まっていた。
「それはそうだけど、はそれでいいのか?」
「ええ、このまましばらく様子を見させて」
「……分かった」
 平然を装っているが、その表情はどこかぎこちなさが残っている。


、おれの前で無理しなくていいんだぞ」
「……え?」
「あれこれ言われて悔しかったんだろ? だったら、そんなふうに表情を取り繕うなよ。泣きたいときは泣いていいんだ。おれの胸でも膝でも、好きなところ貸してやるからさ」
 アッテンボローがそう言うと、の表情はみるみるうちに歪んだ。
「本当に?」
「もちろん」
「……じゃ、胸を貸して」
「お安い御用だ」

 それを待っていたかのように、の琥珀色の瞳から涙があふれる。遠慮がちに伸ばされた腕がアッテンボローの背中に回された。そのことにひどく幸福感を味わいながら、の鳶色の髪を撫でる。そのまましばらく待ってから、アッテンボローはためらいがちに声をかけた。
「……ごめんな」
「だから、ダスティは悪くないわよ」
「いや、正直なところちょっとおれも浮かれてたと思って……。がちゃんとベイリー少佐に先制パンチをくれてよかった」

 言葉の後半は冗談めかしてはいたが、まぎれもなくアッテンボローの本音である。
「本当にそう思う?」
「ああ。階級が上の者にしたがうなんて、軍隊の基本中の基本じゃないか。それを逸脱した奴らが悪い」
 明快に言い切ると、が苦笑いする。
「奴らって……。もともとはダスティの部下でしょうに」
「そうだけどさ。よかった、落ち着いたな」
「うん、ありがとう」
「でも……これからは、腹が立ったときに隠してあとでやり返すより、その場で指摘したほうがいいだろうな。感情を隠せばいいってものじゃない」
「……ごめんなさい」

「ちなみに、今までもこんなことはあったか?」
 その問いに、は首を横に振った。
「ううん、だってもっと年上の男性が多かったから……。部下の数もそんなに多くなかったし」
「そっか、ペトルリーク大尉がそうだ」
「ええ。だから、ここまで歳の近い直接の部下は初めてなの」
「なるほど」
 声はずいぶん落ち着いているのだが、はまだうつむいたままだ。
「どうした?」
「……だって、泣いた後だから」
「そんなの気にしなくていいのに」
「気にするわよ」
 うつむいたまま顔を上げないの頬や目じりに唇を寄せる。


「……わたしは不思議なんだけど、そもそも上司と付き合いたいって思うものなのかな」
「今のは正真正銘の上司と付き合ってるじゃないか」
「そうだけど……。厳密に言えば、交際を申し込んできたときのダスティは上司じゃなかったでしょ? もちろん、同僚でもないけど」
「そりゃそうだ」
 どこか他人事のように同意してから、アッテンボローは笑った。
「軍隊は男社会だからな。そこに上司として年下の女性が来れば興味を示すさ。まして美人ならなおさらだよ」

「……あんまりうれしくないわ」
「分かってる。でも、ベイリー少佐だってばかじゃない。たぶん、今ごろノールズ少佐がぎっちぎちに締め上げてるだろうし」
「…………」
「だから、の言うとおり様子を見よう。これで聞かなきゃおれの出番だけど、たぶん、そんなことにはならないと思う」
「……そう」
 おそるおそる顔を上げたにアッテンボローは笑い、すぐに唇を重ねた。


「ねえ、そういえば食事が途中だったような……」
「あ」
 アッテンボローは思わず声を上げ、それを見たはくすくすと笑いだした。
「……戻るか」
「うん。ありがとう、ダスティ」
「どういたしまして。やっぱりは笑ってるのがいちばんだな」
 そう言って改めて唇を重ね、立ち上がる。
「ごはん、あっため直す?」
「そうだなあ」
「分かったわ」
 は立ち上がり、まずアッテンボローの食べていたものを電子レンジに入れた。

「おれは本気で階級が下の男とは付き合いません! って言っていいと思うけどな。そうすればかなりライバルが減る」
「それはわたしよりダスティのためじゃない」
「まあな」
 そう言ったの顔は明らかに赤かった。ただ待っているのも手持無沙汰なので、アッテンボローはまたを後ろから抱きしめる。予想外の行動にはアッテンボローの腕の中で身体を強張らせた。
「……そんなに緊張するなって」
 アッテンボローがそう言ったとき、電子レンジがチンと音を立てた。は軽く笑って、アッテンボローの腕から抜け出す。

「どうぞ。先に食べていいわよ」
「いいや、待ってる」
 入れ替わりには自分のリゾットを電子レンジに入れ、温めをセットする。それを見て、またアッテンボローはを抱きしめた。
「ありがとう」
 そう言ってまた唇を重ねたとき、再び電子レンジがチンを音を立てる。
「……食べてしまわない?」
「そうするか。じゃないといつまで経っても決まりがつかない」
 当然だが、いろいろと話し込んだので食事を始めてからやたらと時間が経っている。お互いに半分ほど残っていた食事を食べ終え、食器を片づけた。


「カフェインが入ってないコーヒーでも飲む?」
は気が利くなあ」
「……そう?」
「ああ」
 コーヒーメーカーに豆をセットしていたら、アッテンボローが端末を取り出していた。
「……何だ、これ」
「要塞防御システムの件?」
「ああ。何でよりによってが責任者なんだよ」
 それは当然の疑問なのだが、どこか憤慨しているように見えるのは気のせいではあるまい。
「……ヤン提督がわたし以外にできそうな人を知らなかったから、じゃない?」
「そうなのかなあ」
 もちろん、ヤンがを選んだ理由は他にあるのだが、今それをアッテンボローに話すわけにはいかないのだ。

「あとは知りあいで頼みやすいから、とか」
「確かにありそうだけど、要塞防御システムの変更なんて大事なことをそんな気軽に頼むか?」
「……ダスティはわりと気軽にわたしを旗艦の艦長にスカウトしたんじゃないの?」
「おっと、そうだった」
 そんな会話をしているうちにコーヒーが出来上がり、はカップを二つ持ってソファに戻ってきた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。でも……」
 コーヒーを一口含んでから、アッテンボローは改めてを見た。その表情は真剣である。
「複雑なのは事実ね」
「だよなあ。おれがヤン提督に言おうか」
「ううん、それは……。もう引き受けちゃったし」
 は苦笑した。
「それに、時間的な猶予と人手が足りない場合のヘルプは受け付けるって」
 それでも「できるだけ早く」と言われたことは口に出さない。
「……そうか。でもそれは当たり前のような気もする」

「だから……あんなことを言っておいて気が引けるけど、ベイリー少佐に助けてもらえないと困りそうなの。艦隊運用演習はともかく、それ以外のことにあんまり時間と労力が使えなさそうだから」
「そうだなあ。メイヴのことはベイリー少佐でも代行できるだろうけど、要塞防御システムの件はそうはいかなさそうだし」
「……やっぱり、謝ったほうがよさそうだわ。あんなにひどく切り返しておいて、協力してほしいじゃ虫がよすぎるもの」

 がそう言うと、アッテンボローは笑った。
「こういうことに正解はないからな、の好きにすればいい」
「……そうね」
だってこういう状況は初めてなんだから、最初から全部上手く行くはずはないさ。あんまり完璧にしようとすると、かえって自分の首を絞めるぜ」
「……うん、気をつける」
 はそう言って小さく息を吐いた。


「そういえば、体調は大丈夫なのか?」
 本来ならばまっさきに聞くべきだったことにようやく気が回って、アッテンボローはやや赤面した。
「まだ完全に回復したわけじゃないけど、だいぶよくなったわよ」
「そうか」
 アッテンボローはその後に言いたい言葉を思い浮かべ、そしては言葉に出さずともそれを察したようで、二人とも赤面した。

「……何で赤くなってるんだよ」
「ダスティこそ」
 そう言ってからお互いに沈黙するが、それでは何も始まらない。アッテンボローは思い切って言った。
「明日は休みだけど……泊まってもいいか? それとも、急だから別の日にしようか」
「わたしが決めていいの?」
「もちろん」
「……じゃ、泊まって。いろいろあったし、今日は一人で寝たくないの」
「分かった」

 そう言って唇を重ねてから、改めてを見る。
「ものすごい殺し文句だな、今日は一人で寝たくないって……。頼むから、他の男に言わないでくれよ」
「当たり前じゃない。でも、このままってわけには行かないわよ」
 は冷静にそう言った。
「……それもそうだ。着替えを持って来ないと」
「あらかじめ言っておくけど、着替えはうちに置かせないからね」
「え、何で?」
「何でも。とにかくだめ」
 そう言うの顔は赤いが、断固とした表情をしている。
「……分かった」

 いずれ支度が必要なら、早くやっておくほうがいいに決まっている。コーヒーを飲みほすと、アッテンボローはソファから立ち上がった。
「じゃ、支度してくるよ」
 相変わらずの顔が赤いのは、間違いなくこれからのことを察しているからだろう。そしてこういうとき、あれこれ言うと逆効果になる可能性が極めて高い。
「待っててな」
「ええ」


 準備にどのくらい時間がかかるか分からないが、あの様子からしてそう長い時間ではないだろう。はそう判断し、そのままリビングで時間を過ごすことにした。とりあえずコーヒーカップを洗ったが、その後は特にすることがない。
(……落ち着かないわ)
 そうは言っても、泊まりたいという希望を受け入れたのは自分なのである。
(早く来てくれないかなあ)
 無意識にそう考えている自分に気づき、はさらに赤面した。

「お待たせ」
「……うん」
 そう言ってアッテンボローが戻ってきたのはわずか10分後である。
「早いわね」
「いや、だって着替えを持って来ただけだから」
 その言葉通り、アッテンボローはいまだに軍服姿である。
「軍服は?」
「……できれば一緒に洗ってもらえると助かるけど」
「分かったわ」

「相変わらず顔が赤いなあ」
「だって……」
「分かってる、ごめん」
 は無言でうなずいた。
……かわいい」
 それは正直な感想であり、はますます赤くなる。
「早めに休まないか?」
「……うん」
 それ以上の言葉は必要なかった。


 翌朝、アッテンボローが目を覚ましてまず見たのはの寝顔だった。たったそれだけのことで、文字通り幸福感で満たされるのが分かる。おまけに、この状況では絶対に邪魔が入らない。
(あれはおれの一生の不覚だったな)
 巡航艦で夜通し話し込み、二人とも寝落ちしてしまったことを思い出して、つい苦笑する。まあ、こうなってはそれも笑い話だが……。
(きれいだ、本当に)

 白い肌に切れ長の瞳、瞳を縁取る長い睫毛。琥珀色の瞳は瞼の奥だが、それでも充分に美しい。加えてこの身体である。もしその気になれば男はよりどりみどりだろう。
(……それくらい、価値があるのに)
 そのことについてまったく自覚がないどころか、天然発言の連発でこちらを煽りまくったのある。それを自覚したらどうなるか、あるいは何かの間違いで某准将や某少佐に抱かれていたらどうなっていたか、考えるだけで怖ろしい。
(これで……心も身体も、おれだけのものだ)
 何も身に着けていない身体をぎゅっと抱きしめ、頬に唇を寄せる。

「……ん」
「おはよ」
 とびきり甘い声で耳元にささやいても、まだは半分夢の中のようだった。どこか焦点の合わない目でこちらを見るので、我慢できずに唇を重ねる。息が続かなくなるほど長いキスの後、はようやくいつもの瞳でこちらを見た。
「……おはよう」
 そう言ってから、今の状況に気づいて赤面する。
「昨日からは赤くなりっぱなしだなあ」
「わたしが赤くなるようなことをいっぱいしたのは誰なのよ」
「おれだな、間違いなく」

「……満足、してくれた?」
「もちろん。言っただろ? 最高だって」
 改めて告げると、はまた赤くなった。
「でも、がこんな身体だとは思わな……」
 そこまで言ったところで、に口をふさがれた。
「そんなこと言わないで」
 ただ、その手にそれほど力はない。ゆっくりと手を下ろすと、改めて言葉を続ける。

「……おれは褒めてるんだぜ?」
「それは……分かるけど」
「あ、でも……正直に言えば、こんなに細いとも思わなかった」
 軍服は上がシャツにネクタイにジャケット、下がフルレングスのパンツにブーツである。肌の露出はほぼ皆無と言っていい。それでも、アッテンボローはの私服姿を比較的よく見ていたはずだが……。
「体重、減ったか?」
「分からない。計ってないもの」
「じゃ、ウエストが緩くなってたりとか」
「それは……ちょっとあるかも」

「おれの勝手な意見だけど、これ以上細くなってほしくない」
「……魅力がないから?」
「違うって。この身体を魅力がないなんて言う男はいない、絶対に」
 力強く言うと、はまた赤面した。
「おれはの健康が心配なんだ。それだけだよ」
「ダスティが言うほど細いとは思わないけど……」
「じゃ、意識的に食べてないわけじゃないんだな?」
「うん」
「そうか」
 ひとつ事実を確認したわけだが、それがよいのか悪いのかは何とも微妙なところである。

「艦隊運用演習のときはいつも食欲が落ちてるイメージがある」
「うん、それはそうだと思う。原因は自分でも分からないんだけど、緊張……してるのかなあ」
「かもしれないな。時間が解決するといいんだけど」
 はまたうつむいた。それを見て、アッテンボローは大事なことを伝えていないことに気づく。
「そうだ。でも、これだけは言っておく。おれはとこういう関係になれてすごくうれしいし、前よりもずっとずっと好きになった。……ああもう、本心なのに何でおれが言うとこんなに白々しく聞こえるんだ……!」
 頭をかきむしらんばかりにそう言うと、は赤い顔のまま笑った。
「……ありがとう。わたしも……ダスティが満足してくれてうれしいわ」
 そんなを見てうれしいのは確かだが、これだけではフェアではない。


「ちなみに聞くけど、は満足したか?」
「……うん」
「そうか。おれに何か不満はないか?」
「別に、ないけど」
 そう言って首をかしげる。遠回しの質問では意味が伝わっていないことに気づいて、アッテンボローは腹を決めた。
「じゃ、もっとはっきり聞くな。おれはもう少し筋肉をつけたほうがいいと思うか?」
 率直にそう尋ねると、は笑い出した。

「だって、ダスティは昔から鍛えてもなかなか筋肉がつかないって悩んでたじゃない」
「ああ。薔薇の騎士ローゼンリッターの奴らはともかく、単純な筋肉量はポプランやコーネフにも負けてるんだよなあ。たぶん、イゼルローン駐留艦隊の幹部たちの中でいちばん筋肉がないのは先輩とおれだぞ」
 アッテンボローがどこか悔しそうにそう呟いても、は平然としている。
「別にいいんじゃない? 艦隊指揮官が肉体的に強い必要はないもの。わたしはどちらかというと、筋骨隆々のほうが苦手だわ」
「……本当に?」
「ええ」
「そうか、よかった」
 それは心からの言葉だった。


「それでさ、
「……何?」
 先ほどの質問でホッとしたからだろうか、アッテンボローは別の期待に満ちた表情である。
「そろそろ起きないか? それで……」
「……朝ごはん作れって?」
「作ってくれるとうれしい。すごく」
 は明らかにこちらの様子をうかがっている。
「じゃ聞くけど、わたしがダスティのおうちに泊まったときには、同じように作ってくれるのよね?」
「……まじ?」
 それはまったく予想外の言葉で、思わず精神的に数歩よろめいた。

「泊まってって言ったのはわたしだけど、昨日、急に決まったことよね?」
「ああ」
「それで、これからは休み前はいつもくらい泊まりに来たいと思ってる?」
「……それは、もちろん」
 まぎれもない本音が、の怒りに火をつけた。
「冗談じゃないわ、何でそんな頻繁に家に泊めた上、ごはんまで作らなきゃならないの? うちは無償のホテルじゃないのよ」
 予想外の反応の激しさにひるんだものの、それでもアッテンボローは何とか抗弁したものである。
「いや、でも……。それは男のロマンって言うか」
「男のロマンは女の不満です。寝言は寝てから言うのね」

 はアッテンボローの希望を一蹴し、背を向けた。先ほどまでの雰囲気が一変し、アッテンボローはこれ以上ないほど慌てふためく。もし艦橋でこれほどまでに慌ててしまったら、部下たちから不安の眼差しを向けられるのは間違いないだろう。
「ごめん」
 とりあえず謝るが、もちろん、それくらいでが許してくれるとは思っていない。
「……ごめんな、。おれが悪かった。食事なんてどうでもいいから、こっち向いてくれよ」
 ベッドの中で意図的に背を向けられるのは想像以上のダメージで、こうなるとひたすら謝るしか道はない。
……」
 相変わらず反応はないので、背中からをぎゅっと抱きしめ、何とか頬に唇を寄せる。しばらくそれをくり返していると、がようやくこちらを向いた。さすがにバツの悪そうな顔をしている。

「……ごめんなさい、わたしもちょっと言いすぎたわ」
「いや、勝手なことを言ったおれが悪い」
「昨日買い物に行ったから、材料はあるの。簡単なものでよければ作るけど」
「絶対に文句は言いません、はい。もちろん、今後は材料費を半分出させていただきます」
「どれだけ食べる気なのよ?」
「そりゃ、よりは」
「それはそうでしょうけど」
 もはや食事ごとに敬礼しかねない勢いであり、は笑った。
「じゃ、起きましょうか」
「ああ」





 かっこいいことを言おうとするとテンパるダスティ・アッテンボロー氏その2(笑)。でもそこが(以下略)。
2019/5/17up
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