16

 身支度を整えてが作った朝食は、トースト、サラダ、プレーンオムレツ、オレンジジュース、ヨーグルトだった。きれいに食卓に並べられた料理を見て、アッテンボローは思わず硬直したものである。
「どうしたの?」
「いや、こんなにすばらしい朝ごはんを食べるのは何年ぶりかと……」
「いいのよ、無理しなくて」
「無理じゃないよ」
「……とりあえず、いただきましょうか」
「いただきます!」
 幼年学校の生徒ばりに声を張り上げ、ナイフとフォークを取る。

 食べ始めてすぐにアッテンボローはを見た。
「どれもおいしいよ」
「……ありがとう」
「これで、大したものじゃないのか?」
 だとしたらの料理の技量は予想以上ということになる。その質問に、はわずかに赤面して視線をそらした。
「……一人だけだったら、もう少し簡単なものにしてたわ」
「そっか、ありがとう」
「ちなみに、それで足りる? ごめんなさい、量の見当がつかなくて」
「いや、それが普通だろ。でも、できればもう一枚トーストがほしいかなあ」
「分かったわ」
 すぐに立ち上がってトースターをセットする様子を見れば、もう感謝しかない。

って料理が上手いんだな。びっくりした」
 率直に賛辞を送ると、はまた頬を赤らめる。
「ありがとう。でも、正直言ってユリアンには負けてる気がする。もちろん、噂のキャゼルヌ夫人にも」
「ちょっと待て」
 さすがにそれは聞き捨てならない。
「前提条件が違いすぎるんだから、キャゼルヌ夫人と張り合う必要はないよ。それに、いくら何でも14歳のユリアンに負けてることはないだろ」
「……だって、ダスティがキャゼルヌ夫人とユリアンの料理がうまいってすごく褒めてたじゃない」
「…………」
 アッテンボローは沈黙した。確かに、こういう関係になるずっと前に、そんなことを話した覚えがある。
「ごめんな、無神経なこと言って」
 それでもは黙っていた。
「……本当にごめん。おれ、失言ばっかりだなあ。気をつけるよ」
 は無言でうなずいた。

「よし、じゃ片付けはおれがやる」
「え? でも……」
「いいから。おいしいごはん作ってもらったんだし、せめて片付けくらいしないと」
 何しろ、同じ設備が自分の家にもあるので、その辺りは心配ない。食べ終わった食器を食洗機にセットし、ホーム・コンピューターを操作する。
「しょうがないけどさ、家のあれこれが全部帝国公用語ってけっこうなストレスだよな」
「ええ」
「早くキャゼルヌ先輩が来てくれないかなあ。そうすればあっという間に解決しそうなのに」
 アッテンボローがそう言うと、ようやくが笑った。
「わたしもそう思ったの」
「だろ? きっと先輩もそう思ってるぜ」
「それは間違いないわね」

 言葉通りにアッテンボローが片付けを一人でやってくれているので、はこう声をかけた。
「コーヒー、飲む?」
「ああ」
「分かったわ」
 アッテンボローが食器の片付けを終えるのと、コーヒーが出来上がったのはほぼ同時だった。
「どうぞ」
「ありがとう」
「……ダスティはわたしの顔色をうかがいすぎじゃない?」
「うーん……。まあ、おれがの表情を気にしてるのは確かだ。怒ってる顔もかわいいけど、やっぱり笑った顔がいちばん好きだから」

「またそんなこと言って……」
「言っておくけど、本心だぜ」
「分かってるわよ」
 そう答えるの顔は赤い。
「仕事に関しては、できるだけおれが守るから」
「……それはうれしいけど、できればあんまり露骨にならないようにしてほしいかなあ」
「分かった」
 贅沢な望みなのは分かっていたが、それはの本音である。アッテンボローはうなずき、の頬に唇を寄せた。


 休み明け、はいつもの時間にオフィスに出勤した。
(ちゃんとベイリー少佐に謝らないと)
 気が重くないと言ったら嘘になるのだが、それはベイリーやノールズも同様であるはずだった。少なくとも、ここで逃げても何も解決しないのは確かである。
 艦隊運用演習が始まっていることもあり、部下たちがだいたいどのくらいの時間に出勤しているかを把握しているとは言えない。それでも、がオフィスに着いたとき、既にロックは解除されているのに気づく。
(…………)
 やや緊張しながらドアを開けると、ベイリーとノールズは弾かれたように立ち上がった。

「おはようございます、艦長っ」
その言葉は見事なまでにシンクロしている。
「おはようございます。二人とも、早いですね」
 は微笑んだが、その笑みはどこかぎこちなかったかもしれない。自分の席に来て、改めて二人と向き合う。
「艦長……。初めてお会いしたときからの、数々の無礼な言動について改めて謝罪いたします。大変申し訳ありませんでした」
 ベイリーはそう言ってほとんど直角に頭を下げた。
「……いえ、先日はわたしも言いすぎました。こちらこそ、申し訳ありません」

 がそう言うと、今度は別の方向から声が飛んでくる。
「いえ、艦長に謝っていただく必要は1ミクロンもありません。全てベイリー少佐が悪いんです」
「…………否定はしないけど、お前に言われると腹が立つな」
「おれが少将に進言したからこれで済んでるんだぞ、ありがたく思え」
「そりゃそうだけど」
 素の部分が見えるやりとりに、はつい笑い出した。くすくすと鈴を転がすような声がオフィスに響く。

「そうですか、ノールズ少佐が……。ちなみに、提督は何とおっしゃっていましたか?」
中佐は穏やかに見えるけど、だからといって甘くはないし、プライドだって相応だろうとか、きれいで優しいだけの女性が20代半ばで中佐になるわけがない、とか……。艦長は少将と士官学校の同期だそうですね」
「ええ。でも、わたしもいろいろ言われているのですね」
 わずかに顔が紅潮していることは自覚していたが、これくらいはそう不自然でないはずである。
「無理もありません。何しろ少将も艦長もお若いですから」


 は軽く頭を振って気持ちを切り替えた。
「ところで一昨日の夜、ヤン提督から要塞防御システムの件についてメッセージがあったのはご存知ですよね?」
「はい」
「もちろんです」
「驚きましたか?」
 単刀直入にが切り出すと、ベイリーとノールズは顔を見合わせた。
「……正直に言えば、そうです」
「そうでしょうね」
 アッテンボローでさえ驚いていたのだから、事情を知らないベイリーやノールズが驚くのは当然だった。
「艦長はそういったスキルをお持ちなのですか?」
「ええ、まあ」
 その辺りはあまり詳しく話したいことではないので、曖昧に言葉を濁す。

「具体的な時期は分かりませんが、艦隊運用演習にある程度の手ごたえを感じられたら、わたしは要塞防御システムの変更に取りかからなければなりません。そうなると、艦長業務が手薄になってしまうことは充分に考えられます。言い訳するつもりはないのですが、意識や関心を向けられる対象にはどうしても限りがあると言いますか……」
「はい、理解しております」
 ベイリーはそう言ってうなずいた。
「ありがとうございます。そうなったとき、わたしが頼れるのはいちばんにみなさんなのです。特に、ベイリー少佐には負担をかけてしまうかもしれません」
 明確にそう告げると、ベイリーとノールズは驚いたようだった。
「小官ら二人ですか? アッテンボロー少将やペトルリーク大尉ではなく?」
「はい」

 誤解の余地のない返答をした上で二人を交互に見つめ、軽く首をかしげる。
「……いけませんか?」
「とんでもありません。喜んでお手伝いさせていただきます」
「同感ですっ」
 は意識的に微笑んだ。
「ありがとうございます。本当に……頼りにしていますね」
「お任せください」
 ベイリーとノールズの表情を見て、は作戦の成功を確信した。

(まあ、これを見たらダスティはあんまりいい顔しないでしょうけど)
 結局、男性の部下にはやはりある程度こちらが下手に出たほうがうまく行くのである。それは分かっているが……。
「おはようございます、艦長。いかがなさいました?」
「……おはようございます、ペトルリーク大尉。今、ベイリー少佐とノールズ少佐から先日の謝罪がありました」
「そうですか」
「艦長。小官らは後ほどアッテンボロー少将にも謝罪に行ってまいります」
「分かりました」
「あ、アッテンボロー少将なら玄関でお会いしましたよ」
「……じゃ、行ってくるか」
「ああ」


 こういうことは後回しにしてもろくなことがないのである。ベイリーとノールズがオフィスを出て行くと、は軽く息を吐いた。
「あの二人をお許しになったのですか、艦長?」
「ええ、要塞防御システムの件もありますし……。これからはベイリー少佐とノールズ少佐に手伝ってもらわないと、業務が立ち行かなくなる可能性があるので」
「なるほど」
「この間はわたしも言いすぎました。休みの間に頭が冷えて反省したので、わたしもあの二人に謝罪しましたよ」
「そうですか……」
「はい。いつもご心配いただいて……すみません」
「いえ」
 が自分の端末を起動させると、そこにフレデリカから要塞防御システムに関する大量の資料が送られてきていた。

「…………」
「いかがなさいました?」
「グリーンヒル大尉から、要塞防御システムの資料が送られてきていました。しかも、かなりの量です」
 おまけに帝国公用語である。オフィスにペトルリークしかいなかったので、は遠慮せずため息をついた。
「正直に申し上げれば、小官は艦長がこの件の責任者だと聞いて驚きました。てっきり、こういったお話があっても拒否されると思っておりましたので」
「……いろいろ事情があるのですよ」

「失礼いたしました。それに……お気持ち、お察しいたします」
「いえ」
 ははっきりと首を横に振った。
「ヤン提督から依頼されたとき、納得して引き受けたつもりだったのですが……。すみません」
「こちらこそ、出過ぎたことを申してしまいました」
「そんなことないです。気にしないでください」
 は意識して微笑み、モニターに表示された資料をひとつずつ確認し始める。

「艦長、一つだけよろしいですか」
「何です?」
「艦長はプログラムの知識が豊富だったから、アムリッツァ会戦の前哨戦と本戦であの状態のオークⅠ号で生還できたのではないでしょうか」
 その声に、思わず手を止めて腹心の部下を見る。
「……そうかもしれませんね。でも……」
「申し訳ありません」
 は無言でまた小さく息を吐く。ペトルリークには、その横顔がひどく物憂げに見えた。


 一方、アッテンボローの執務室に向かったベイリーとノールズはと向かい合ったとき以上に緊張していた。何しろ相手の階級がまったく違うのである。
「大丈夫かなあ」
「やってみないと分からんな、それは……。艦長が少将に直接話してなさそうなのは救いだけど」
「ああ」
 実際には話していないどころではないのだが、その辺りを彼らが知る由もない。
「腹括れよ、セシル」
「ああ」

 まだ定時に少し早いくらいなので、分艦隊の幕僚も誰もいない。ベイリーは執務室の扉を慎重にノックした。
「どうした?」
「ベイリー少佐です。今、よろしいでしょうか」
「入ってくれ」
 執務室の奥のデスクに向かうアッテンボローは、彼ら二人にとっては見慣れた光景である。
「おはようございます、少将」
「おはよう。どうした、二人揃って」

「……ついさっき小官は艦長に謝罪いたしましたので、そのご報告をと思いまして」
「それで?」
 アッテンボローは言葉の調子に気をつけながら、その先をうながす。
「小官が副長になれたのは少将のご推薦があったからなのに、少将にまでご迷惑をおかけしかねない状況を自ら招いてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「……念のため聞くが、問題はおれの反応よりも艦長が許してくれたかどうかだよな?」
「はい。要塞防御システムの件があるので、小官らをいちばんに頼りにすると言ってくださいました」
「そうか」
(要塞防御システムの件がなけりゃ、もうちょっとぎすぎすしてたかもしれないってことか)
 アッテンボローはそう思ったが、もちろん、口には出さない。

「分かったと思うけど、中佐を怒らせると厄介だぞ。あ、もちろんこれも内緒にしておいてほしいんだが」
「少将がそうおっしゃると説得力がありますね」
 そう言ったのはノールズである。
「おれが言うのも気が引けるが、上官に敬意を払うのは基本中の基本だ。それは年下だろうと女性だろうと関係ない。それでも階級が高いんだから、おれたちが分からない苦労もあるだろうさ。今回みたいにな」
「……はい」
 その返事を聞いて、アッテンボローは意識して声の調子を変えた。

「ま、おれはやっと馬の合いそうな艦長を見つけたようだから、何とか艦長と上手くやってもらえると助かるなあ。ダンメルス中佐が艦長だったときと、艦橋の雰囲気ががらっと変わっただろう?」
「……それは、確かに」
「トップが変わると、組織が変わるいい例だよ。それに、状況が切迫する前にノールズ少佐が状況を教えてくれて助かった。ベイリー少佐はもう少しノールズ少佐の言うことを聞いたほうがいいかもしれないぞ」
 そう言ったアッテンボローは笑っているが、ふと表情を改める。

「……今いるメイヴのメンバーは、みんな、おれにとって大切な部下なんだ。いい意味で緊張せずにやっていけると思うし、それが結果的におれや幕僚はもちろん、分艦隊のみんなを助けることにもなる」
 アッテンボローは言葉を切った。
「最初から全部がうまくいくなんて思ってない。だから今回のことは必要以上に気にしなくていいけど、艦長に対する敬意だけは絶対に忘れるなよ」
「かしこまりました」
 厳しく言ったあと、また表情を緩める。
「わざわざ来てくれてありがとう。おれも安心した」
「はいっ」
「では、失礼いたします」


 ベイリーとノールズはそう言って執務室を出た。
「おはようございます。ベイリー少佐、ノールズ少佐」
「ストリギン大尉か、おはよう」
「アッテンボロー少将に何かご用ですか?」
「もう済んだ、ありがとう」
 彼らのオフィスはすぐ隣であるが、あえて廊下で立ち止まる。
「どうした、セシル」
「ヘンリー……、礼を言うのが遅くなったな。アッテンボロー少将に状況を説明してくれて、それからおれを止めてくれてありがとう。それに、すまなかった」

 ベイリーはそう言って照れくさそうに笑った。
「でも、おれはもっと少将がはっきり怒るかと思ってたよ。意外と優しかったな」
「ああ。艦長が少将に話をしてなかったみたいだから、それじゃないかと思う」
 彼らのその認識は完全に誤っているのだが、もちろん、それを知る由もない。ベイリーはそう答えてから、ふと、そうでなかった場合についてを口にした。
「もし艦長が少将におれのことを訴えてたら……?」
「間違いなく、あれじゃ済まないだろ」
「……だよなあ」
 ベイリーは苦笑いした。何しろアッテンボローのに対する感情は明らかなのである。

「でもさ……。そうなると、余計に艦長が少将についてどう思ってるか、分からなくなったな」
「ああ。意外と男女の友情を信じてるのかもしれないし」
「それもあるなあ」
 なおも気になる様子のベイリーに、ノールズは小さくため息をついた。
「セシル、もうそのことについて考えるのはやめようぜ。詮索して得るものは何もないって分かっただろ? これ以上首を突っ込んでも、損をするだけだぞ」
「……そうだな」
 ベイリーがそう言って小さく息を吐いたとき、定時を告げるチャイムが鳴った。


 オフィスでの一日は、簡単なミーティングで始まる。
「お待たせして申し訳ありません、艦長」
「いえ。では、始めましょうか」
 がそう言ったとき、勢いよくオフィスのドアが開いた。
「おはようございます。そして失礼いたします。こちら、戦艦メイヴのオフィスでよろしいですか? あ、艦長が美人の若い女性ってことは合ってますね。そんな艦長がそうそういるわけない」
「……はい?」
 は目が点になった。

「申し遅れました。戦艦メイヴの通信長を拝命いたしました、マレイン・ハールマン大尉と申します。こちらへの到着が遅れたことも、重ねてお詫び申し上げます」
 ハールマンは大柄の男性であった。癖のある黒髪に樺茶色の眼で、通信長だけあってかよく響く声である。年のころは40代半ばくらいだろうか。ミーティングは一時中断し、そこにいる全員が起立して名乗ると、ハールマンはこう言った。
「しかし、みなさんお若いですねえ」
 ハールマンがここにいるメンバーを見渡す。確かに5人のうち過半数が30歳前後、しかもトップがいちばん若い状況は珍しいだろう。
「何しろアッテンボロー提督はまだ20代でいらっしゃいます。馬の合う人間を集めたら必然的に若返ったのでしょう」

 がそう言うと、ハールマンはうなずいている。たまたま視界に時計が目に入り、は我に返った。
「ミーティングが途中でしたね、失礼。すみませんが、これからわたしは艦隊運用演習のデータの検証に行かなければならないのです」
「旗艦ならではですね」
 そう言うペトルリークに声をかける余裕もない。
「というわけでベイリー少佐、後はお任せして構いませんか」
「かしこまりました」

「あ、艦長」
「……何でしょう?」
「そのデータ検証は、昼過ぎまでかかりますか?」
 はハールマンの質問の意図を測りかね、軽く首をかしげる。
「初回なので何とも言えませんが……」
「そうですか。でしたら、お昼はこのメンバーで士官食堂に行きませんか」
 何気ない発言だが、ベイリーとノールズがやや顔色を変えたのが分かる。
(無理もないわね)
 そう思いながら、は微笑んだ。
「いいですね、そうしましょう。データ検証が長引いても、必ず戻ってきます」
「ありがとうございます」
 朗々と美声が響く状況に慣れるにはしばらくかかりそうだ。はそう思いながら、席を立った。


「おはようございます、中佐です。データ検証に来たのですが」
「ああ、入ってくれ。ついでに機材のセッティングを手伝ってもらえると助かる」
「かしこまりました」
 そう声をかけて司令官の執務室に入る。
「おはようございます、アッテンボロー提督」
「おはよう。知ってるだろうけど、さっき、あの二人が艦長に許してもらったって報告に来たぜ」
「……ええ」
「これで解決だな、よかった」
 はうなずいた。

「機材のセッティングとは、何をすればよろしいのですか」
「このモニターとおれの端末をつないで、データを表示できるようにしたいんだ」
「かしこまりました」
 ごく冷静に答えた次の瞬間、はアッテンボローの腕の中にいた。それでもアッテンボローを見上げる眼差しは鋭い。
「……どうした?」
「あらかじめこういう準備は整えていただきたいのですが、少将閣下」
「悪い」
 そして、声を低める。
「それから、誰が来るか分からないときにこんなことしないで」
「……分かった。ごめん」
 アッテンボローは真顔になってを解放した。

「ストリギン大尉を呼びましょうか」
「そうだなあ。艦長の細腕じゃモニターは移動できないだろうし」
「かしこまりました」
 は頭を振って気持ちを切り替えた。執務室のドアを開け、ストリギンを呼ぶ。
「いかがいたしました?」
「アッテンボロー提督が、機材の準備を手伝ってほしいそうです」
「かしこまりました」
 すぐにストリギンが席から立ち上がる。
「そろそろ時間です。次回から、あらかじめ準備は整えてくださいね」
「……大変、失礼をいたしました」


 データ検証を行うメンバーは、アッテンボローの他、ラオ、ストリギン、それにである。
「では、これから分艦隊の艦隊運用演習のデータ検証を始める。先日、フィッシャー提督からも艦隊運用のデータをいただいたので、それも併せて検証する。ではストリギン大尉、頼む」
「かしこまりました」
 端末を操作するのはストリギン大尉で、これは単純に担当者の中でいちばん階級が低いからである。
「まず、これが当分艦隊の艦隊運用データです」
 簡単に表示してはいるが、なかなか統一行動が取れていないのは一目瞭然である。
「雑然としていますねえ」
「同感です」
 とラオは顔を見合わせた。
「おれも同意見だ。何でだろうな」

「ストリギン大尉、このデータを戦艦や駆逐艦などの種類別に表示していただけますか?」
「はい。えーと……」
 さほど難しいとも思えない要求に明らかに慌て始めるストリギンを見て、の口元が引きつる。それはアッテンボローも同様で、軽く息を吐いた。
「艦長、替わってやってくれるか」
「かしこまりました」
「ちなみに、これはそんなに難しい操作なのか?」
「いえ、そうでもないと思います」
「じゃ、今艦長がやるのを見て覚えてくれ」
「……申し訳ありません」
 はすぐに端末を操作した。ただし、無言である。
「表示いたします」
 そう宣言してから端末のキィを叩き、データを表示させた。

「……さっきよりはマシですが、でもやはり雑然としてる印象はぬぐえません」
「おれもだ」
 は黙っていたが、考えていることは同じである。
「どうやったらもう少し統一した行動が取れるようになるんだろうなあ……。フィッシャー提督からいただいたデータを見てみるか」
「ええ」
「あ、ありがとう。もう替わっていい」
「ありがとうございます」
(この場にストリギン大尉がいなかったら、端末の操作はわたしの役目だったかもしれないわね)
 先日、ベイリー少佐とノールズ少佐に女性だからを下に見ていると指摘したばかりなのだ。さすがに自分が同じことをするわけにはいかないのは分かっているようで、はホッとしたものである。

 モニターの操作を替わったストリギンが、今度はフィッシャー艦隊の運用データを表示する。その軌跡を見た一同はため息をついた。
「……すごくきれいですね」
「ああ」
「何が違うのでしょう?」
 それこそが統一行動への鍵である。アッテンボローは改めてストリギンに命じた。
「じゃ、今度こそ戦艦ごとのデータを表示させてくれ。できるな?」
「は、はい」

 その返事に一抹の不安を覚えた一同だったが、ストリギンは時間はかかったものの、無事にデータを表示することができた。しばらくそれを見つめていたが、やがてアッテンボローが声を上げる。
「そうか、分かった」
「いかがいたしました?」
「おれたちの艦隊は、艦ごとの移動スピードがばらばらなんだ。種類ごとに違うのはもちろんだけど、同じ戦艦同士でも統一されてない。それが、艦隊行動の不統一のいちばん大きな原因じゃないか?」
「……なるほど」
 ラオは小さくそう言って息を吐いた。
「フィッシャー提督の艦隊は、それが統一されているからこんなにきれいに見えるんだと思う」
「そうですね」
 一同、このことに異論はなさそうである。





 ちょっと尻切れ気味ですみません……(汗)。
2019/5/21up
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