02

 戦艦メイヴがイゼルローン要塞に着くと、はいつものようにこう言った。
「イゼルローン要塞へ到着しました。今日もみなさんのご協力に感謝します。お疲れさまでした」
 そう言って、インカムのスイッチを切る。艦橋を出ようとすると、アッテンボローがこちらを見ていた。
「いかがなさいましたか、提督?」
「いや、何でもない」
 アッテンボローが退艦しないと他の人間も下りられない。そして、早足で戦艦を出たいのはやまやまだが、あまり早く歩くとの様子が分からなくなる。

「少将はこれからいかがなさいますか?」
「別に用事はなさそうだから、直帰する。何かあったら呼んでくれ」
「かしこまりました」
 この、アッテンボローとラオの会話はも聞いていた。
(ということは、電車で帰ってそのままうちに来そうだわ)
「艦長、お一人でお帰りになれますか」
「大丈夫です、ペトルリーク大尉。お気遣いいただいてすみません。たぶん、休めばよくなりますから」
「あまり続くようなら病院に行かれてくださいね」
「……考えてみます」


 宇宙港の軍用ゲートを出れば、あとはそこで解散である。
「では、失礼」
「はい。お大事にしてください」
「……ありがとうございます」
 司令部や居住区に行くための電車の駅と、無人タクシーの乗り場とは方向が違う。
(たぶんこれもダスティに聞こえてるわよね)
 幸い、無人タクシー乗り場にはさほど人はいない。さっそく空いている一台に乗り込み、パネルで家の住所を入力すると、何の問題もなく走り出した。大きく息を吐き、軽く眼を閉じる。
(何とか訓練に穴を開けずに乗り切ったけど……。きっとダスティの中では「具合が悪くなった」にカウントされてるだろうなあ……)
 悔しさと情けなさに涙が出てくるが、ここで泣いていても仕方がない。おそらく、帰宅してメイクを落としたり着替えたりしているうちに、アッテンボローが家に来るか、そうでなくても連絡があるだろう。

 そんなことを考えているうちに、少し眠ってしまったらしい。は無人タクシーのアラームで目を覚ました。気を取り直して料金を支払い、タクシーを降りて家に入る。軍服のポケットから端末を取り出してリビングのテーブルに置き、着替えとメイクを落とすために洗面所へ向かった。そこからリビングに戻る前に寝室に寄り、ベッドから毛布を手に取る。
(……でも、ソファでくるまってたらそのまま寝ちゃうかな?)
 疲労のせいか、あるいは体調不良のせいなのか、頭が上手く働かない。かといって、このまま寝室でベッドを前に立っているのも変だ。

(ま、いいや)
 ないよりはあったほうがいいだろう。がそう結論づけて毛布を手にリビングに戻ったとき、玄関のチャイムが鳴った。
(…………)
 これも予想の範囲内なので、はすぐに玄関の鍵を開ける。
「邪魔するぞ」
「いらっしゃい」
「大丈夫か」
「……うん、何とか」
 返事をする間もなく、いつものように抱きしめられる。
「とりあえず、リビングへ行こうか」
「ええ」


 リビングへ入ると、アッテンボローはソファの上の毛布にすぐ目を留めた。
「これは?」
「寝室から持って来たんだけど、別に深い意味はないの」
「寒気がするわけじゃないんだな?」
「うん」
 アッテンボローはまだ軍服姿だったので、宇宙港から直接ここに来たようだ。
「とりあえず、今後の話をする。おれは明後日の夕方までここにいてもいいか?」
「……いいけど」
「詳しくは後で。食欲はあるか? 考えてみれば、昼も食べてないもんな」
「特にお腹が減った感じはしないんだけど、食べられなくはなさそう」
「そうか」
 アッテンボローは数分間考え込んだ。

「じゃ、おれはこの間のラパン・ドールで適当に夕飯を見つくろってくる。何か希望は?」
「……リゾットがいいかな」
「分かった。それから、ついでに明日の朝の分まで調達するから、それまでの食事のことは考えなくていい。あ、でもその前におれは家で着替えなきゃいけないのか」
 苦笑いしながらそういうアッテンボローに、が首をかしげる。
「そうね」
「悪い。明日でいいから、一緒に洗ってもらえるか?」
「うん」
「ありがとう。じゃ、着替えを持って食事を買ってくるからな。このまま待っててくれ」
「ええ」


 アッテンボローが着替えと食事を持ってくるのに要したのはわずか30分ほどだった。
「早いわね」
「おれはが心配なんだよ」
「……ごめんなさい。それから、ありがとう。食べる前に着替えたら?」
「ああ」
 軍服はさほど着心地のいいものではない。そのままさっそくジャケットを脱ぎかけるアッテンボローを、は苦笑しながら止めた。
「ここで堂々と着替えないでよ、ダスティ」
「おっと、悪い。洗面所に行ってくるな」
 は無言でうなずき、キッチンからカトラリーを用意する。さすがに食べ物を前にすると、多少なりとも空腹感を覚えた。

「お待たせ」
「何を買ってきたの?」
「ん? の希望通りリゾットと、それからいろいろ」
「……今食べるものはどれ?」
「これとこれ、かな」
 そう言ってアッテンボローが取り出したのはがっつり系の主菜で、は苦笑いした。
「よく食べるわねえ」
「おれが思うに、が食べなさすぎなんだって」
「…………」
 何気ない軽口だが、の表情が曇る。アッテンボローはすぐに頭を下げた。
「ごめん、失言だった」
「ううん、わたしのほうこそ」
「とりあえず、食べるか」
「うん。食欲が出てきたみたいなの」


 実際、はラパン・ドールのリゾットをきちんと完食した。
「……ごちそうさまでした」
「よかった。でも、問題はなかなか演習のときに食欲がないってことだよなあ」
「食欲がないのも問題なの?」
「ああ。だって普通じゃないのは間違いないだろ」
「……それは、そうだけど」
「悪いけど、確認させてくれ。今回のの体調不良の原因は……その、生理が原因の貧血でいいのか?」
「うん。強いて言えば、それと演習の累積疲労」
「……そうか」
 アッテンボローは自分が赤面していることを自覚した。

「ちょっと元気が出てきたみたい。カフェインのないコーヒーでも飲む?」
「ああ」
 が立ち上がったのは、多少なりともアッテンボローを落ち着かせるためかもしれない。
「ついでに立ち入ったことを聞いて悪いけど、症状は重いほうか?」
「そんなこともないと思うけど」
「じゃ、今回はたまたまか」
「……たぶん。でも、これは予想じゃなくて願望かもしれない」
「だよなあ」
 アッテンボローは息を吐いた。
「今までは生理中に宇宙に出ても何ともなかった?」
 は首をかしげた。
「何ともなくはないけど、ここまでではなかったわ」
 それは確かにペトルリークの証言とも一致する。

「言っておくけど、初回の演習も今回も、わたしは訓練に穴を開けたわけじゃないからね」
「それはそうだけどさあ……。の体調が悪いと、おれも気になって指揮に専念できないんだよ。おまけに司令官席から艦長席は見えないし」
「……ごめんなさい」
 コーヒーが出来上がり、はカップを2つ持って戻ってくる。
「ありがとう。で、病院に行くつもりは?」
「……怖いの」
「ん?」
「せっかくダスティと一緒にいられるようになったのに、体調不良で戦線離脱しなきゃいけないなるかもしれないって思うと……怖くて」

 の琥珀色の瞳は、はっきりと潤んでいた。
「でも、大したことなくて薬で身体が楽になるかもしれないんだぜ」
「それはそうだけど……」
「言っておくけど、の身体に過度の負担をかけてまで、艦長をしてほしいとは思ってないよ」
(いっそ、足手まといだからやめろってはっきり言ったほうが聞くのかなあ。でもそんなことを言ったら、おれはに振られるかもしれないか)
 そこまでではないにしても、相当にを傷つけるのは間違いない。したがって、これはよほどのことがない限り言うべきではなかった。

「……今回はたまたまかもしれないから、もう少しだけ様子を見たいの」
「希望的観測じゃないのか、それは」
「これ以上あれこれ言うなら、今すぐ帰って」
 とうとうの我慢の限界を越えたらしい。その言葉通り、中身の入ったコーヒーカップが飛んできそうな勢いである。
「……ごめん、言いすぎた。でも……」
「帰りたいの、ダスティ?」
「いや」
「じゃ、この話はこれで終わり」
「……分かった」
 アッテンボローはしぶしぶうなずいた。


 それでも、すぐには表情を和らげる。
「ダスティの考える明日の予定は?」
「特にない」
「……例の艦隊行動の基準の素案づくりをしたりする?」
「いや。おれは家で仕事はしたくないんだ。実際、何も用意してないし」
 アッテンボローはあることに気づき、改めてを見た。
「まさか、体調が回復したら要塞防御システムに取りかかるつもりじゃないだろうな」
「……今すぐに取りかかろうとは思ってないけど」
「そうか。とりあえず、おれが一緒にいる間は禁止だ。必要なら先輩に事情を説明するから」
「…………」
 先ほど機嫌を損ねかけたので、ここまで言うのはある種の賭けだったのだが、幸い、はさほど不満そうではない。

「コーヒー飲んだら、片付けてしまうか」
「そうね」
 目の前に空いた食器が並んでいると落ち着かないし、それに……。
(早く、に触れたい)
 熱っぽくを見つめると、視線に気づいたは笑った。
「どうしたの?」
「何でもない。でも、顔色はよくなってきたな」
「ダスティが来てくれたからよ」
「うれしいこと言ってくれるなあ、は」
「事実だもの。じゃ、片付けましょう」
「ああ」

 二人でやれば片付けもさほど時間はかからない。
「じゃ、これで終わりか」
「ええ、ありがとう」
「薬を飲んだりしなくていいのか?」
「うん」
「じゃ、ソファへ行こう」
 定時に近い時間に仕事を終えたので、まだ時間は早い。もちろん、夜更かしをさせるつもりもなかった。
 並んでソファに座ると、アッテンボローはすぐにを抱きしめ、唇を重ねた。
「……コーヒーの味がする」
「それはそうでしょ」

 つい正直にそう言うと、が笑う。その笑顔にどこかホッとして、アッテンボローは気になっていたことを尋ねた。
「ちなみに、おれは何もしなければ一緒に寝てもいいのか?」
「……ダスティがそれでいいなら」
「悪いわけないだろ」
 そう言って、思わず安堵の息を吐く。
「でも、この間は……」
「あのときとは状況が違う。何が違うかは言わないけど」
「…………」
「おれがそうしたいんだから、ちゃんと我慢するさ。あ、は謝らなくていいからな」
 あらかじめ言葉を封じると、はやや赤面した。
「……うん、ありがとう」


「そろそろお風呂に入る?」
「そうだなあ」
「浴槽につかりたいなら、先に入ってくれない? わたしが先だと、お湯を汚しちゃうから」
「……そんな状態なのか?」
 どこか呆然としてアッテンボローが言うと、はまたかすかに赤面した。
「はっきり分かるほどではないと思うけど、申し訳なくて」
「おれは別に気にしないぜ。は早く風呂に入って休みたいんじゃないか?」
「だいぶ回復したから、そこまでじゃないわよ」
「そうか」
 アッテンボローはしばし迷った。
「わたしのことは気にしなくてもいいから」
「いや、そういうわけにはいかないだろ」
「こんなことで社交辞令は言わないわよ」
 そう言って笑う様子を見て、ようやくアッテンボローは肩から力を抜いた。
「……じゃ、遠慮なく」
「どうぞ」

 浴槽に湯をためて風呂に入り、アッテンボローがリビングに戻ってくると、はソファから立ち上がった。
「じゃ、わたしも入ってくるわね」
「ごゆっくり」
 がリビングを出ていくと、アッテンボローは何気なくリビングを見渡した。さほど物は多くはないし、当然ながら自分と同じ設備なのだが、それでもどこか雰囲気が柔らかい感じがするのは気のせいではあるまい。

(しかしなあ……)
 まさかが病院に行くのをためらう理由が自分自身だとは思わなかった。それはうれしいと思う一方で、複雑なのも事実である。
(こんなこと誰にも相談できないし……。それにもしが体調不良で異動なんてことになったら、人事もまた考え直さなきゃだよなあ)
 自身の異動先には困らない。おそらく、技術部に転属願を出せばほぼ間違いなく受理されて、要塞防御システムの変更に専念することになるだろう。
(あ、でも素直に転属を願い出ない可能性があるのか)
 状況を考えればそれも充分に推測できる。そして、を説得できたとしても、まだ必要なことがあった。が艦長だから、オークⅠ号の乗員たちはメイヴに来たのであり、したがってがいなければメイヴにこだわる理由はない。もちろん、の体調が最優先であるのだが……。

 あれこれ考えているうちに、かなりの時間が経っていたらしい。気がつくと、風呂上がりのがリビングにやって来た。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「変なの」
 髪も乾かさずにソファで考え込んでいたアッテンボローを見て、は笑った。
「先にドライヤーを使うわよ」
「どうぞ」

 言葉通り、は髪を乾かしてからリビングに戻ってきた。
「冷たいお茶でも飲む?」
「……何から何まで悪いなあ。いただきます」
 体調が悪いから心配して泊まりに来たのに、先ほどから世話を焼かれっぱなしである。さすがにバツが悪いが、幸い、があまり気にする様子はない。
「分かったわ」
 そして、何気なくが冷蔵庫からお茶らしい液体の入ったボトルを取り出すのを見て、アッテンボローは目を疑った。中には水出しのパックが入っていたのである。

「……って中佐だよな?」
「そうじゃなければ、戦艦の艦長はできないでしょうが」
「ということは、それなりの給料もらってるよな?」
「まだ中佐になってからはもらってないけどね。何が言いたいの?」
「……いや、お茶なんて飲みたくなったら買うものだと思ってたから、自分で作って用意してるのに驚いただけ」
 は肩をすくめた。
「だって、大きなものを買うと持ってくるのが重いんだもの。こまめにちょこちょこ買うと割高だし」
「それはまあ分かるけど、は堅実だなあ」
「……わたしは褒められてるの?」
「もちろん」
 がお茶を入れたグラスを2つ持ってソファにやって来る。

「どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
 どこか緊張気味に言うアッテンボローに対して、は笑う。
「今日はお酒飲まないんだ」
が具合悪いのに、おれだけ飲むわけないだろ」
「……ありがとう」
 は花が開くように微笑んだ。思わず言葉を失ったアッテンボローに、が首をかしげる。

「どうしたの?」
「……いや。おれはさ、がそうやって笑うたびに……何て言うか、見惚れるんだ」
 考えてみれば、このことをに告げるのは初めてである。思いがけない言葉には赤面しながら目を見開く。
「……え?」
「だから、他の男にはそんなふうに笑わないでほしい。おれの勝手なのは分かってるけど……」
 は目を伏せた。そんな様子でさえも色気を感じてしまうのは、もはや惚れた欲目に違いない。
「意識して使い分けてるわけじゃないから、絶対にしないとは言えないわ」
「いや、それで充分だよ」
 アッテンボローはの頬に唇を寄せた。


「そろそろ寝るか」
「……うん」
 いくら明日から休みとはいえ、いつまでも起きている必要はない。ましては体調不良なのだ。
「本当に何もしないから、安心してくれ」
 念のためそう言うと、は笑った。
「大丈夫よ、信頼してるから」
 が改めてにっこり笑う。その笑顔は、たとえよこしまな考えを持っていたら間違いなく恥じ入るほど無邪気なものだった。ちなみに、アッテンボローにはそれがわざとなのか、心からのものなのかは判別できない。
(ま、いいや)

 使っていない寝室から枕を持ってきて並べ、電気を消してセミダブルのベッドに入る。
「ほら」
「……うん」
 差し出されたアッテンボローの左腕に、は素直に小さな頭を乗せた。
「いろいろありがとう、ダスティ。それから、心配かけてごめんなさい」
……」
「病院の件は……自分でも逃げてるだけだって分かってるの。でも……もう少しだけ時間をちょうだい。それで症状が悪化したら、もう完全にわたしの責任だから」
 暗闇でお互いの表情が見えないからこそ、は本音を吐露する気になったのかもしれない。

「おれはが深刻に考えすぎてると思うけど、じゃ、絶対に病院に行きたくないわけじゃないんだな?」
「うん」
「分かった。しばらく様子を見ようか」
「……ありがとう」
 声の様子からして、またさっきのように微笑んでいるようだ。
「あんまりいろいろ考えると眠れなくなるぞ」
「そうね」
「……じゃ、お休み」
「お休みなさい」
 がそう答えたとき、アッテンボローが笑う気配がして、すぐに唇に柔らかな感触があった。


 こういうときに必要な睡眠時間の差は、単純に体力の差である。したがって、いつもの通り翌日はアッテンボローが先に目覚めた。
(よかった、ちゃんと我慢できて)
 これはアッテンボローの本音である。まあ、ここで手を出した日にはしばらくが身体を触らせなかったり、普通に話さなくなるくらいのことは簡単に予測できるわけで、すなわち理性で欲望を何とか抑え込んだとも言える。
(大丈夫かなあ。回復してるといいが)
 少なくとも、今見る限りは熟睡しているので、それは安心だが……。
 遮光カーテン越しでも光が入り、いつもながらあどけない寝顔を見つめる。
(起こさないほうがいいのは分かるけど……)
 キスくらいなら、と思ってしまうのを抑えられない。とりあえず、さらさらの鳶色の髪を撫でる。

(……いつ見てもかわいい)
 それどころか、知る限りの形容詞を駆使しても彼女を正確に表現できない気さえする。本人にそう言ったら間違いなく大げさだと笑うだろうが……。
「ん……」
 目覚めかけているのだろうか。かすかに声を出して寝がえりを打つ様子を見ていたら、もう我慢ができなくなった。身体を腕の中に閉じ込め、顔のあちこちに唇を寄せる。
「……ダスティ?」
「おはよう、
 の意識がはっきりした証拠に、すぐに頬が染まった。
「相変わらずな起こし方ね」
「一緒に住めば毎日こうやって起こすけど?」
 アッテンボローはわざとの耳元にささやいたのだが、期待していたほど甘い空気にはならなかった。
「その代わり、朝も夜も食事を一人で作るのは嫌よ」
「……それはこれから、鋭意努力いたします」
 これだけ頭が回るということは、もう完全に意識がはっきりしたということでもある。

「具合は大丈夫か?」
「うん、すっきりした」
「そうか……。よかった」
「いつもこうやって休めばよくなるんだけど、さすがに戦艦で一緒に寝るわけにもいかないし……」
「おれはいいぜ、別に。むしろ積極的にそうしたいけど」
 はさらに赤くなった。
「だめに決まってるでしょ。何かあって司令室に通信があってもダスティが出なかったら騒ぎになっちゃう」
「ならないよ。すぐ艦長室かおれの端末に連絡が来るだけだろ。あらかじめ言っておくもある」

 何気ない言葉だったが、はすぐにその意味に気づく。
「……ということは、少なくとも今すぐは無理よね」
 相変わらずは冷静である。確かに、乗員たちが交際を知らない現状では根回しも何もない。
「確かになあ」
「それに……。そういう状況で艦橋に呼ばれたら、しばらくわたしは冷静でいられないわ」
「……それもそうだ」
 同じ部屋に一緒にいるくらいならまだいいが、それ以上の状態である可能性も否定できない。それを考えると、確かにの言うことにも一理ある。
「ま、今からあれこれ心配することもないか。でも、絶対にだめじゃなくてよかった」
「……うん」
「大丈夫、の意見はちゃんと尊重するから」
「ありがとう」

「そろそろ起きる?」
「うーん……。おれはもう少しこうしてたい気もするけど、起きたいか?」
「うん」
 は即答した。確かに、この辺りは男に分からないこともあるのだろう。
「分かった」
「ありがとう、ダスティ」
 にっこり笑って名前を呼んだのは、間違いなく意図的なものだ。

「……おれがどうすれば喜ぶか、分かってきたな」
「それはもう。だって、これだけ一緒にいるんだもの」
「おれのほうこそ、ありがとう。とこうして一緒にいられて……すごく、幸せだ」
「……わたしも」
 お互いの視線が交錯し、誘われるように唇を合わせてから、二人は顔を見合せて笑った。
「じゃ、起きるか」
「ええ」





 今回で累計20話です。
2019/6/4up
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