03

 起きて支度を整え、昨日、アッテンボローが買ってきた惣菜を改めてのぞきこむ。
「えーと、わたしはパンを焼けばいいのかな?」
「ああ」
「……オレンジジュースとかヨーグルトもあるけど」
「悪い、もらっていいか」
「ええ」
 ある意味、腹が膨れれば解決と考えている自分とは大きな違いである。そして、てきぱきと支度をする姿は毎度のことながらひどく頼もしい。
はまめだよなあ」
「そうかなあ。これでもきちんとできてない自覚があるんだけど」
「これでか!?」
 アッテンボローの正直な驚きように、は苦笑いした。

「……今気づいた。わたしの比較対象は子どものころだわ」
「そっか、それなら仕方ない」
「でも……食べるものは身体の元だから、ちゃんとするに越したことはないわよね」
「うん、それは分かる」
 アッテンボローはうなずいたが、続いた言葉はそれを裏切るものである。
「分かるんだけど、なかなかちゃんとできないんだよなあ」
「本当にできないの? やろうとしないんじゃなくて?」
 正直な述懐だったが、は容赦がなかった。
「…………」
 予想以上の厳しい言葉に思わず黙りこんだとき、トースターがチンと音を立てた。はすぐに立ち上がり、皿にトーストを持ってくる。
「……ごめんなさい、言いすぎたわ」
「いや、事実だ。確かに、おれはできないんじゃなくてやらないんだと思う」
 アッテンボローはそう言って軽く息を吐く。
「とりあえず、冷めないうちにいただきましょうか」
「そうだな」


がそうやって料理をする理由は何だ?」
 食べながら改めて問いかけると、は首をかしげた。
「理由って言うほどのものでもないと思うけど……。食堂とか既製品の料理もおいしいけど、量や味付けが自分好みじゃないときもあるでしょう? だから、それなら自分で作ったほうがいいかなって思うの。確かに、一人分っていろいろ面倒だけど」
「ちなみに、が料理を始めたのはいつ?」
「……士官学校入学前に、自己防衛のため」
 その言葉に、アッテンボローは思わず天を仰ぐ。
「そうだったな、ごめん」
「ううん、いいの。これ以上、このことに触れなければ」
「気をつけるよ」
 はうなずいた。
……。おれが料理を教えてほしいって言ったら、怒るか?」
 アッテンボローはおそるおそるそう言い出したものの、は笑って首を横に振った。
「全然」
「……ゆで卵の作り方からでも?」
「基礎を軽んじる人は結局どこかでつまづくの。だから、別に気にする必要はないわ」
「ありがとう」

 心の底からホッとする様子のアッテンボローを見て、がまた笑う。
「それで、ダスティの心境の変化の理由は?」
 その言葉に、アッテンボローは表情を改めた。
「昨日……が具合悪かったのに、おれが用意したのが既製品なのが情けなくてさ」
「ダスティ……」
「もしおれが体調を崩したら、きっとはちゃんと手作りの病人食を作ってくれると思うんだけど」
「……うん、たぶんね。それがダスティの口に合うかは分からないけど」
「大丈夫、口のほうを合わせるから」
「…………」
 は赤面した。
「おれもいい歳だし、料理くらいはできないとまずいかなと思って」
 もちろん理由はそれだけではないのだが、それを言う必要はない。
「わたしのため?」
「……だっておれのためにいろいろ頑張ってくれてるだろ。おれは一方的にそれを享受する気はないよ」
 アッテンボローはそう言って笑った。
「すぐにじゃなくてもいいから、教えてくれるか?」
「……うん」


 そしてアッテンボローの見る限り、の食欲はいつも通りである。
「もう心配ないな、よかった」
「うん。直帰が続いたから、休み明けはデスクワークも溜まってる気がするわ」
「そうだなあ、おれもだよ。例の素案づくりもあるし」
「ええ、そうね」
 アッテンボローは小さく息を吐いた。
「でもまあ、それは今考えなくてもいい。、今日はどうする?」
 体調が回復したということは、多少は出かけても平気なはずである。
「……この間出かけるとき、ブーツがあったらいいなって思ったの。かさばるから、ハイネセンに置いてきたんだけど」
「確かになあ」
「でも、あんまり物を増やすのも抵抗があるのよね。それこそ、円満に退去できない可能性が高いからあえて引っ越しをしなかったんだし」

 帝国軍の襲来によってイゼルローン要塞を放棄するような事態になれば、当然ながら、個人が持参できる荷物の量も限られるのだ。心配そうにそう言うに、アッテンボローは笑った。
「それはそうだけど、あんまり神経質になる必要はないぜ」
「そう?」
「だって、は艦長室が使えるじゃないか。もしそんなことになったら、あらかじめこっそり荷物を移動させればいい」
「……なるほど」
 確かにそれは盲点だった。
「あんまりあからさまだとまずいけど、ちょっとくらいはいいんじゃないかなあ」
「司令官が言うと説得力あるわね」
「いや、だから内緒だって」
「分かってます」
 は笑った。
「そうだ。買い物に行くなら、おれの服を少し選んでもらえないか?」

 その言葉に、が首をかしげる。
「わたしが?」
「ああ。出かけるときにいつもがワンピースできれいにしてるのに、隣にいるおれが適当だと申し訳ないから」
「……そんなこともないと思うけど」
、遠慮しなくていいんだぜ」
「…………」
 さすがにも苦笑いする。
「わたしの好みでいいの?」
「もちろん」
「分かったわ。でもダスティはMサイズよね?」
「ああ」

「だったら、選択肢はたくさんあるわよ」
「ありすぎて困ってるんだ」
「はいはい」
 そう言って笑ったあと、は首をかしげた。
「じゃ、完全な普段着よりはちょっとしたお出かけに着るものが欲しいのね?」
「ご明察」
「予算は?」
 それは当然の質問であったが、問われたほうは苦笑したものである。
「……適当に」
「それじゃ困るわ。せめて、上限は決めてもらわないと」
「店で見てから決めてもいいか?」
「ええ」


「あ、そうだ。この間の演習のとき思ったけど、もようやく艦長になったな」
「……どういうこと?」
 が首をかしげるのも無理はない。
「いいか悪いかは別として、上の階級の人間にしたがうのが軍隊だろ? が医務室から艦橋に戻ってきたとき、幹部連中がいっせいに寄って来たじゃないか。そのとき、『大丈夫です、それ以上は言わないでください』って一言で黙らせた」
「…………」
 その言葉は紛れもない事実だが、は赤面した。
「あれを見ておれは確信したね、はちゃんとメイヴの艦長になったって」
「……褒められてるのよね、わたしは?」
「当たり前じゃないか。前も言ったろ? は少佐のときから艦長だったから、もう立ち居ふるまいが身についてるって。駆逐艦とは乗員の人数が全然違うから、どうかと思ってたけど」

(あとは体調が回復すれば何も言うことないんだけどなあ)
 さすがにこれを口に出すのははばかられる。そう思ってアッテンボローは黙ったのだが、その様子を見たは笑った。
「ありがとう。あとの心配は体調だけって思ってるでしょう?」
「……バレたか。おれはそんなに分かりやすいか?」
「うん」
 遠慮なく答える様子を見れば、もうアッテンボローも苦笑いするしかない。
「ま、それはだからじゃないかなあ」
「そういうことにしておきましょうか」
 は肩をすくめた。この辺りはあまり深く追求してもいいことはなさそうである。


 食事を片付けてからお互いに出かける支度をするが、アッテンボローの支度に必要な時間などたかがしれている。早々に着替えてリビングで待っていると、の声がした。
「お待たせ」
「…………」
 着替えてメイクをして現れた今日のは、アイボリー系のチェックのワンピースにカーキ色のハイネックのトップスを合わせ、黒のタイツを履いていた。それに、胸元にはいつもの一粒ダイヤのネックレス。そして、仕事でないときの常としてまっすぐの鳶色の髪を下ろしている。
「どうしたの?」
「……いや、今日おれは真剣に着るものを選ぼうって改めて思った。かわいいよ」
「ありがとう」
 は微笑んだ。
「よし、じゃ行くか」
「ええ」


 玄関を出てすぐに手をつなぐ。考えてみれば、洋服を買いに二人で出かけるなど正真正銘のデートである。ハイネセンにいるときの、食事をしてを家まで送って行った後のため息を思い出すと感無量だった。
「うれしそうね」
「当たり前じゃないか。おれはずっとこうやって、仕事以外の時間も一緒にいたかったんだ」
「……今は仕事まで一緒のことが多いじゃない」
 その言葉にわずかにひっかかりを覚えて、を見る。
「ずっとおれと一緒なの、嫌か?」
「今は別に感じないけど……」
「そうか」
 その辺りの感じ方は人それぞれなのである。
「……嫌だと思ったら、そう言ってもいい?」
 はどこか不安そうな表情をしている。
「いいけど、優しく言ってほしいな」
「分かったわ」


 電車に乗って繁華街に行き、が向かったのは量販店ではなく百貨店だった。
「……そっちへ行くのか?」
「だって、ちょっといいものが欲しいんでしょ」
「そうだけど……」
「じゃ、文句を言わないの」
「分かった」
 任せると言ったのは自分なのである。一抹の不安を感じながら歩いて行くと、不意にはアッテンボローを見上げた。

「そういえばダスティって軍服以外のスーツは持ってるの?」
「いや」
「……だと思ったわ」
「着る機会がないから、用意しようとも思わなかった」
「まあ、現役の間はそれでよさそうだけど」
 何気ない呟きだったが、アッテンボローがまた考え込む。
「そうだよなあ……。ここで言っても仕方ないけど、おれはいつまで軍人をしてるんだろ」
 それが正直な述懐なのが分かったので、は笑った。
「わたしが知るわけないでしょう、そんなの」
 言葉は厳しいが、声は優しい。
「…………」
「着いたわよ、見ましょう」


 アッテンボローがほとんど初めて足を踏み入れた百貨店の紳士服売り場は、完全に未知の世界だった。店員とに言われるがままに試着を繰り返して数パターンの衣類を手に入れると、アッテンボローは大きく息を吐いたものである。
「疲れた?」
「……精神的にな。ちょっと休まないか?」
「いいわよ」
 近くに会ったカフェでコーヒーを頼み、アッテンボローはもう一度大きく息を吐いた。
「どうしたの?」
「いや、何て言うか……。いつも適当に買ってる服と値段が違ってびっくりした」
「かもしれないわね」
「ま、納得して買ったからいいんだが」

 コーヒーが運ばれてきて、苦笑いしながらカップを傾ける。
「ちなみに、楽しかった?」
「……そうまでは言えないなあ」
 気疲れとはいえ、現役軍人なのに買い物後に休憩をしているのである。
「ま、男の人はそうかもしれないわね」
は楽しかったのか?」
「ええ」
 確かには笑顔である。
「ちなみにね。自分のセンスに自信がなかったら、ディスプレイされてる組み合わせをそっくりそのまま買うって手もあるわよ」
「なるほどなあ」
 それなら何とか一人でも買い物ができそうだ。

はいつもこういう店で買い物する?」
「うーん、時と場合によるかなあ。でも、極端な安物は買わないわ」
 アッテンボローはしみじみと言ったものである。
「それはおれでも何となく分かるよ」
「でも、普段着はそんなに高いものは選んでないけど?」
「……そうなのか?」
「うん。値段の上限を決めてるから」
「そうだろうなあ」
 何しろは自宅の冷蔵庫に水出しのお茶を常備している女性なのである。

「そうだ、ダスティ」
「どうした?」
「帰りは無人タクシーを使ってもいい?」
「それはいいけど、何でだよ」
「気に入ったものがあったら、2足買うかもしれないから。さすがに持って帰るのが大変だもの」
 考えてみれば、アッテンボローも自分の洋服を持っているのである。
「それもそうだな、分かった」
「ありがとう」
 はそう言って微笑んだ。
「よし、そろそろ行くか」
「ええ」


 靴売り場で店員とあれこれ話しながらブーツを選ぶは、当然のことながら若い女性そのものだった。
(うーん……。正直言っておれの出る幕はないな)
 もともとそうなるかもと思ってはいたが、実際になってみるとなかなか複雑である。ただ、の決断は早かった。
「じゃ、これにします」
「ありがとうございます。在庫を出してまいりますので、少々お待ちください」
 そう言って店員がバックヤードに去っていくと、改めてアッテンボローを見る。
「ごめんなさい、待たせちゃった」
「いや、いいよ。何て言うか、買い物中のを見てるのが新鮮だった」
「そうかもしれないわね。こんな風に買い物に付き合ってもらうの、初めてだし」
「そうなんだよなあ」

 はその様子を見て笑った。
「ダスティ、今日はずっとうれしそう」
「当たり前じゃないか。さっきも言ったけど、おれはずっとこうしたかったんだ」
「ただの買い物じゃない」
「お客さま、お待たせいたしました」
「はい。ちょっと行ってくるわね」
「ああ」
 アッテンボローは満足げに店員についてレジに向かうの姿勢のよい後姿を見送る。
 さほど時間がかからずに、は大きな紙袋を提げて戻ってきた。
「買ったのは1足だけ?」
「うん。履いてみて、気に入ったら同じものをもう1足買うわ」
「なるほど」


 気がつけば、時刻はそろそろ昼である。
「お腹空いた?」
「それなりに」
「じゃ、どこかで食べて帰るとして……。夜はどうしようかしら」
 はそう言い終わってすぐにアッテンボローの反応を予測し、そしてそれは的中したものである。
「できれば何か作って欲しいなあ。あんまり手の込んだものでなくていいし、約束通り、材料費は払うから」
「……そう言うと思ったわ」

 は考え込んだ。その様子が思いのほか真剣なので、アッテンボローは笑いながらの肩を叩く。
「そんなに考え込むなよ」
「夜に何を食べるかによって、お昼に食べるものも変わってこない?」
「それもそうか」
 そう言ってから、アッテンボローはふとあることを思いついた。
「何ならファーストフードみたいなジャンクな食事でもいいぜ、おれは。それならかぶらないだろ」
「……そうしましょうか」
 は苦笑いした。
 

 話し合った末、二人は自然派イメージのあるハンバーガーショップで昼食を済ませた。
「じゃ、帰るか」
「ええ」
 アッテンボローの持つ洋服はともかく、さすがにの持つブーツは見るからにかさばるものだ。
「スーパーの前に、一度家に荷物を置いたほうがいいかしら?」
「いや、そこまでしなくてもいいだろ。何を作るかにもよるけど」
 実はそれがいちばん気になるのである。
「……アイリッシュ・シチューを作ろうと思うの。時間はかかるけど、手間はそんなにかからないし」
「そうか」
 返事はそれだけだったが、期待をしているのはすぐに分かる。
「あんまりプレッシャーをかけないでね、ダスティ」
「気をつけるよ」


 買い物をしてお互いの家に戻ってきたとき、アッテンボローはを見た。
「そうだ。今、家に買ったものを置いてくる」
「そうね」
「……家に入らないのか?」
「買ったものは玄関に置いておくくらい、待ってるわよ」
「よく分かるなあ」
「さすがにね」
 この場合、先に家に入るとまた鍵を開けに出て来なければならないので面倒なのである。何しろ玄関どうしの距離は徒歩10秒なので、が待っていたのは1分にも満たない。
「お待たせ」
「……別に待ってないわ」
「それもそうか」


 家に入って買ってきたものを冷蔵庫にしまい、はメイクを落として部屋着に着替えた。
「そればっかりだけど、コーヒーでも飲む?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 もはやの体調不良を心配して泊まりにきたことを忘れるくらいだ。
「悪いなあ、あれこれやってもらって」
「いいわよ。わたしがダスティのおうちに行ったとき、同じことをしてくれれば」
「…………努力する」
 の表情を見る限り、半分くらい本気なのは間違いなさそうである。

「素朴な疑問なんだが、はどうしてそんなにいろいろ気づくっていうか、気が利くんだ?」
 率直に尋ねても、は首をかしげるだけだ。
「そうかなあ」
「……自覚がないのか」
「うん」
 コーヒーが出来上がり、がカップに淹れて持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」

 カップのコーヒーを一口飲んだ後、は改めてアッテンボローを見た。
「そういえば、ダスティはわたしと買い物がしたかったの?」
「別に、買い物に限らないけどな」
「言ってくれれば、ハイネセンでも買い物くらい付き合ったのに」
「ぶつぶつ文句を言いながらだろ?」
 その言葉に、は笑った。
「そうね、素直じゃないけど……。でも、わたしはダスティの前では隙を作ってたつもりなんだけどな」
「そうなのか?」
「……伝わらなきゃ意味ないわね」
 は苦笑いした。

「……ごめん」
「ううん、いいの。こうなったから言えることだけど」
「だよなあ」
 カップを持ったままの肩に腕を回し、頬に唇を寄せる。
「ハイネセンで一緒に飲んだ後はさ……。無人タクシーで家まで送って行った後、一人で帰るのがすごく空しかったんだよ。だから今は、こうやって一緒にいられるのがすごくうれしいんだ」
「……わたしもそうだって言ったら、信じてくれる?」
「もちろん」
「ダスティほどじゃないかもしれないけど」
「…………」
 笑いをこらえている表情を見る限り、こちらも半分くらいは本気というところか。


「恋愛は惚れたほうが負けって言うからなあ。それで言うと、おれは完全にに負けてるな」
「そう?」
「あ、別に責めてるわけじゃないぜ」
「…………」
 ここで駆け引きめいたことを言わない辺りが、の真面目なところである。
「そうだ。ブーツを選んでるとき改めて思ったけど、は脚がきれいだな。軍服がパンツでよかった」
「ありがとう」
 はそう言って笑った。
「そろそろ作り始めたいんだけど」
「よろしくお願いします」


 はキッチンで端末を操作する。
「どうした?」
「レシピを表示してるの」
「なるほど」
 先ほどあまりプレッシャーをかけるなと言われたばかりだが、期待は顔と言葉に出た――いや、出てしまったと言うべきか。
「今度、エプロンでもプレゼントしようか」
 その言葉に、冷蔵庫から野菜を取り出していたの動きが止まる。こちらを見る視線はかなり厳しかった。
「……何でわたしだけが料理をしなきゃならないの。わたしは料理が嫌いじゃないけど、同時に好きでもないんだから」
「ごめん、おれが悪かった」
 対面式のキッチンから飛んでくる視線や声の様子を見る限り、これはそろそろ自制しないとまずい。顔をひきつらせたアッテンボローに、は小さくため息をつく。

「ま、ダスティはお姉さん3人の末っ子で、おじさまとおばさまにとっては待望の男の子だもんね。自分で家事をやるって発想がなくても仕方ないか」
「……そう考えると、おれは家事について実家で相当甘やかされてたんだなあ。一人なら、別にやらなくても誰かに叱られるわけじゃないし」
 ましてアッテンボローは同盟軍で最年少の将官の一人であるから、経済的にはずいぶん余裕があるのだ。
「念のため聞くけど、改善する気はあるのよね?」
「もちろんでございます!」
 思わずソファから立ち上がって敬礼すると、は笑った。
「……じゃ、それに期待するわ」
「助かるよ」
 ホッとする反面、ひそかに気持ちを引き締める。戦艦メイヴの幹部たちに言ったように、は穏やかだが決して甘い人間ではないことは、アッテンボローがいちばんよく知っているのだ。


 それでも、材料を入れた鍋からいい香りが漂って来ると、自然と期待は高まる。
「あとは少し煮込むだけかな」
「お疲れさま」
 ソファに戻ってきたを抱きしめ、改めて唇を重ねる。少なくとも、機嫌は直ったようだった。
「ダスティは本当にこうするのが好きね」
「だってうれしいんだ。こうやって休日に一緒に出かけて、食事を作ってくれるんだから」
「……おいしいものができるかは分からないわよ」
「大丈夫、そんな心配はしてない」
「だといいけど」
 それから何度かはキッチンに鍋の様子を見に行った。
「そろそろいいかな」
「ちょうど腹も減って来たころだ」
 そしてアッテンボローが感心するのは、メインディッシュだけでなくサラダやスープがごく自然に出てくることなのである。

「何と言うか、本当に感心するよ」
「だから、それは食べてから言ってってば」
 カトラリーを用意すると、はアッテンボローを見た。
「お酒は飲む?」
は」
「わたしはやめておくわ」
「じゃ、おれも飲まないよ」
「……ありがとう」
「いや、そのくらい当然だって」
 すっかり忘れそうになるのだが、もともと、体調不良のを気遣って泊まりに来ているのである。
「じゃ、食べましょうか」
「いただきます!」
 相変わらず幼年学校の生徒のような声を上げるアッテンボローに、は笑った。





完全オフの回。これからもけっこうこういう場面が出てくると思います……。
みなさまのイメージと極端に違わなければいいのですが(汗)。
2019/6/7up
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