06

 食事どきがこんな様子であれば、その次の行動は決まっている。
「ポプランとやり合って消耗した。悪いけど、このまま執務室へ来てくれ」
「かしこまりました」
 相変わらず司令部の廊下なのでは敬語を使っているが、顔は完全に笑いをこらえている。さほど時間がかからずに執務室に来ると、いつものようにソファに並んで座り、アッテンボローはを抱きしめた。
「まったく、ポプランの奴は」
「……まあ、こうなると思ったわ」
「これならメイヴの幹部と食事したほうがいい、か?」
 どこかおそるおそる聞くと、はまた苦笑する。
「正直に言うと、どっちがマシかって言ったほうが正確だけど……でも、こっちのほうがいいかな。だって、ダスティが一緒にいてくれるから」
「そっか、よかった」
 吐息とともに出した言葉はまぎれもない本音だった。

「でも、ポプラン少佐は何でわたしにこだわるのかしら」
 が首をかしげると、今度はアッテンボローが苦笑いする。
「それはたぶん、おれのせいだ」
「どういうこと?」
「おれと付き合ってるから、にちょっかい出せばおれが反応するだろ? それを面白がってるんだと思う」
「……なるほど」
「だからって、反応しないわけにはいかないしなあ。ポプランに何か言われても黙ってるなんて考えられん」
「それは、そうだけど……」
 アッテンボローの言い分はにも理解できるが、だからといって恥ずかしさがなくなるわけでもない。

「もしかして、ポプランはそれを狙ってるのか?」
「え?」
「みんなの前でからかい続けて、がおれに愛想を尽かすのを待ってるとか」
 さすがには苦笑いした。
「それは考えすぎじゃないかなあ。それに、もしわたしがダスティと別れたとしても、ポプラン少佐と付き合う気はないし」
「……、頼むからそんな仮定はやめてくれ。聞くだけで心が痛む」
「ごめんなさい」
 は赤面してアッテンボローの薄い胸に顔を押し付けた。
「まあ、これからどうするかは要検討だな」
「ええ」
 アッテンボローがそう言ったとき、執務室にノックの音がする。
「…………!」


「どうした?」
「ストリギン大尉です。少し、よろしいですか」
「ちょっと待ってくれ。今、来客中だ」
 考えてみれば、今は昼休みだったのである。は必死で頭を振った。数呼吸で気持ちを落ち着かせる。アッテンボローはの顔色が落ち着いたのを確認してから、わざわざドアを開けに行った。
「……アッテンボロー少将」
「どうした?」
「午後からの会議の件で、少しお話があるのですが」
 それを聞いてが立ち上がる。
「提督、お時間をいただいて申し訳ありませんでした。小官は失礼いたします」
「……ああ、悪いな」
「いえ」
 はごく冷静にそう言って、自分のオフィスへと戻った。


 艦隊運用演習のある日は、なかなか今後の自分のスケジュールを考えるのは難しい。
(そろそろ要塞防御システムに取りかからなきゃいけないけど……)
 の予想以上に演習が詰まっていて、デスクワークの日でもやることは山積みなのである。目につく業務を副長に任せてこれなのは、逆に幸いかもしれなかった。そもそも一人でこなせる量ではない。
(艦隊運用演習のデータ検証がなければ要塞防御システムに取りかかれるかもって言ったら、ダスティは残念がるだろうなあ)
 ただ、分艦隊の幕僚のみで艦隊運用の練度の進捗状況を見極めるのは、視点が偏ってしまう可能性が高いためである。それを防ぐために旗艦の艦長も参加するのだから、そう簡単に誰かに替われるものではない。もちろん、アッテンボローはその辺りも考えてを自分の旗艦の艦長にしたのだろうが……。
 があれこれ考えて小さく息を吐いたとき、ベイリーの声がした。

「艦長、今よろしいですか」
「はい。何でしょう」
「艦隊行動の基準を作る、各艦の代表者を選びました。確認していただけますか」
「……ありがとうございます。仕事が早いですね」
「いえ」
 さっそく送られてきたデータを見る。戦艦、砲艦、駆逐艦といった順に整理されて並べられている中で、はある艦名に目を留めた。
「……ベイリー少佐、リストにオークⅠ号を入れてくださったのですね」
「何と言っても艦長の古巣ですから、今の艦長も艦隊運用に詳しいだろうと思いまして……。データを見ても、艦隊運用にもさほど不安はありませんし」
「ありがとうございます。特に問題ないように思います」
 は微笑んだ。

「恐れ入ります。では、艦長に電子サインをつけていただいたら、アッテンボロー少将に送信いたします」
「あ、それはちょっと待ってもらえますか? これからこの基準作りをどう進めていくのか話し合ったほうがいいと思うので、後で一緒に執務室に行きましょう」
「かしこまりました。しかし、今ではないのですね?」
 は意識して表情を変えなかった。
「……昼休みに提督とお話ししていたとき、午後からは会議があると聞きました」
「なるほど」
「念のため、アポを取ってきます」
 は立ちあがった。執務室に通信をつなぐならともかく、そうでないなら直接行ったほうが早いのである。
「いえ、小官がまいります。艦長にそんなことをさせるわけには……」
 あまり何もかもを副長にさせるのが気が引けて、は首を横に振ると素早くデスクから立ち上がった。
「お気遣いなく」


 ストリギンから会議があるとは聞いたが、どんな会議なのかは聞いていない。したがって、分艦隊幕僚の席は空かもしれないと思ったのだが、ラオはちゃんと在席していた。
「お疲れさまです、ラオ中佐。それにストリギン大尉」
中佐……。提督は会議中ですが」
「ええ、知ってます」
「小官がお伝えしました」
 生真面目にストリギンがそう言うので、は微笑んだ。
「ストリギン大尉、提督が戻られたら連絡をもらえますか? ベイリー少佐が例の艦隊行動の基準作りをする艦長を選んでくれたので、そのことで提督とお話ししたいのです」
「承知いたしました」

「なるほど。ということは小官も立ち会ったほうがいいですね」
「はい、ぜひ」
 がそう言うとラオはうなずき、改めてを見る。
「それにしても、艦長が自らいらっしゃる必要はないでしょう。次からは通信で構いませんよ」
「でも、隣ですから」
 はまた微笑んだ。
「ストリギン大尉、ではよろしくお願いしますね」
「かしこまりました」


 が身を翻して自分のオフィスに戻って行くと、ストリギンはため息をついた。
「……どうしました?」
「いえ……。改めて思いましたが、中佐はきれいな方ですね。お優しいですし」
 その正直な述懐に、ラオは思わず顔が引きつるのが分かる。
「ストリギン大尉、そのくらいにしておいたほうが身のためですよ」
「え?」
「あ、いや、何でもないですが」
 特に口止めされているわけではないものの、あまり大っぴらに理由を言うわけにもいかない。ラオは苦笑いしてそう言うに留めた。


「戻ったぞ」
 アッテンボローが執務室に戻ってきたとき、ストリギンは反射的に立ち上がった。
「お帰りなさいませ。先ほど中佐がお見えになりまして、艦隊行動の基準づくりの件で少将とお話ししたいそうです。お呼びしてもよろしいですか?」
「もちろん。じゃ、ラオ中佐も来てくれ」
「はい」
「かしこまりました」
 ストリギンはそう言って部屋を出て行ったので、アッテンボローは怪訝そうな顔でラオを見た。

「どうした?」
「艦長は通信ではなく、直接、先ほどの件のためにこちらにいらしたのです。きっと、それを真似るつもりなのでしょう」
「そうか」
「ちなみに、ストリギン大尉は艦長のことをきれいで優しい方だと言っていましたよ。そのくらいにしておいたほうが身のためだと伝えましたが」
「…………ありがとう」
 ラオはちらりと廊下を見た。
「でも実際、艦長は小官が初めて会ったときよりもきれいになられたと思います。やはり、恋の力は偉大ですね」
「…………」
 アッテンボローはさすがに赤面した。


 とベイリーを呼ぶのにさほど時間がかかるわけでもなく、ストリギンを加えた3人はすぐにやってきた。ただ、執務室に入るのはとベイリーだけである。
「ありがとうございました、ストリギン大尉」
「いえ」
 はそう言って執務室のドアをノックする。
中佐とベイリー少佐、まいりました」
「入ってくれ」
「失礼いたします」
 いつものやりとりを経て執務室に入ると、そこにはすでにラオがいる。それはいいのだが……。
「いかがいたしました、提督?」
「……何でもない」
 どうもアッテンボローの顔が赤いような気がする。は首をかしげてラオを見たが、そのラオも笑っているばかりだった。

「それより、さっそくですが始めましょう」
「ああ」
 確かに、無駄話をしている場合ではない。
「ではベイリー少佐、資料を」
「かしこまりました」
 モニターに資料を表示させ、ベイリーが淡々と説明する。それが終わるころには、アッテンボローの顔色も通常に戻っていた。
「ありがとう。このメンバーで問題ないだろう」
「……恐縮です」
「それでちょっと思ったんだが、このメンバーで艦隊行動の基準を話し合うとき、最初はおれや中級指揮官たちがいないほうがよくないか?」
「そうですね」
 その言葉に、すぐが反応した。
「……提督が素案を作られたわけですから、そこに提督がいらっしゃると否定的な意見が出にくくなります」
「だよなあ」

 アッテンボローは苦笑いした。水を向けたのはアッテンボロー自身だが、こうして言いにくいことをきっちり言うのはやはりなのである。ベイリーはそんなやりとりに驚いた様子で、改めてアッテンボローを見た。
「よろしいのですか、少将?」
「よろしいも何も、いちばん大事なのは各艦の艦長たちが納得する基準を作ることだ。その過程におれがいないほうがいいならそうするさ。ちなみにベイリー少佐はどう思う?」
「……大変申し上げにくいですが、小官も艦長に同感です」
「ラオは」
「そうですね……。異論はありません」
「よし、ならそうしよう」
 相変わらず、こういうときのアッテンボローの決断は早い。
「……そうなると、基準の取りまとめには分艦隊の幕僚が関わらないほうがいいでしょうか」

「だろうなあ。艦長はどう思う?」
 は首をかしげる。
「関わらないほうがいいとまでは思いませんが、艦長たちでまとめられるならそのほうがいいかと思います」
 そうなると、該当者は一人だけである。その場にいる3人の上官にいっせいに視線を向けられたベイリーはうなずいた。
「……かしこまりました。小官が最初のとりまとめを行いましょう」
「ありがとう。頼むな」
「いつから行いますか?」
 担当者が決まれば、確かに次に気になるのはそれである。
「……年明けなのは間違いないけど」
「それはそうでしょう。だって今日は12月27日ですよ」
 アッテンボローの呟きに即座にはそう言ったのだが、それを聞いたラオとベイリーは明らかに笑いをこらえているのを見て、は赤面した。

「失礼いたしました、提督」
「いや、いい。その通りだから」
 アッテンボローは頭をかく。
「準備もありますので、できれば早めに決めていただけると助かります」
「そうだなあ……。そうすると、今のペースで演習をするのは難しそうだ」
 その呟きに、ベイリーはを見た。
「艦長。その辺りの話をするのに、小官が同席していてもいいのでしょうか」
「席を外すほどのことではないと思います。いかがですか、提督?」
「ああ、その通りだ。気にするな」
「……ありがとうございます」
 アッテンボローは引き続き考え込んでいる。


「……だいぶ練度も上がって来たし、多少は演習の時間を削っても仕方ないか。通常時に稼働できる時間の上限は決まっているからなあ」
「ええ。何か新しいことを行おうとすれば、他のことを行う時間を削るのはやむを得ないかと」
 がまた冷静にそう言うと、アッテンボローは小さく息を吐いた。
「分かった。年明け以降のスケジュールは、それを考慮して決める」
「ありがとうございます」
「ついでですから、この場で決めてしまってはいかがでしょうか」
 そう言ったのはラオである。

「となると、ストリギン大尉を呼ばないと」
 はベイリーを見た。
「引き続き、ベイリー少佐もここにいてくださいね。後でわたしが伝える手間が省けますから」
「……かしこまりました」
 そのやりとりを聞いたアッテンボローは笑った。
「ベイリー少佐、悪いがストリギン大尉を呼んでくれるか」
「はい」
 こういう雑用は下っ端の役割なのである。


 ベイリーが声をかけると、ストリギンはすぐにやってきた。
「年明けの演習の日程を決めようと思う。ただ、最終的にはヤン提督にも許可を得なきゃならないから、変更の可能性があることはあらかじめ承知してもらいたい」
 アッテンボローは一同を見渡してそう宣言すると、一同はいっせいにうなずいた。
「かしこまりました」
「年明け最初の艦隊運用演習は1月4日ですね。そうすると、日程的に基準作りのミーティングはいちばん早くて3日から可能です」
「そうだな」
 がそう言ってアッテンボローがうなずくと、ベイリーは悲鳴のような声をあげた。
「……それはさすがに準備が間に合いません。せめて5日にならないでしょうか」
 だが、アッテンボローはまったく動じない。
「分かった、そうしよう。半端な状態で会議をしても仕方ないから」
「申し訳ありません」
「いや、いい」

「それでは5日が会議で、6日にまた演習ですか?」
 そう言ったのはラオである。
「そう……するか。ベイリー少佐、会議はどのくらいの間隔で入れればいい?」
 ベイリーは首をかしげた。
「まだ何とも言えませんが、2週間に一度くらいでしょうか。月1回では少なすぎる気がします」
「なるほど」
「そうなると、2回目の会議は1月の後半ですね。単純に2週間後なら19日ですが」
 は相変わらず冷静に言う。
「後半……はまだ何とも言えない。変更の可能性はあるけど、現時点では19日にしておくか」
「かしこまりました」
「あの……小官はいつが休みになるか気になるのですが」
 おそるおそるストリギンがそう言い出し、他のメンバーは顔を見合わせる。
「そうだなあ……。事実上1日と2日は休みだし、それから……7日と8日、15日くらいか」
「小官は異議ありません」
 がそう言うと、ラオやベイリーも次々にうなずいた。

「じゃ、そうしよう。それにしても、この間からストリギン大尉はやたらと休みの予定を気にしてないか?」
 何気なくアッテンボローが呟くと、ストリギンは赤くなっている。
「……どうした?」
「小官の、こっ恋人が早く教えてくれとっ……」
「そうでしたか」
 は笑った。
「そういう事情なら確かに早く知りたいだろう。相手は軍人か?」
「……後方勤務です」
「なるほど」
 アッテンボローは完全にからかいモードである。あまりエスカレートするようなら止めなければとは身構えたが、アッテンボローはそれ以上ストリギンをからかうようなことは言わなかった。
「必ず週末に休めるとは限らないから、それは覚悟してくれよ」
「……もちろんです。失礼いたしました」


 ミーティングを終えてオフィスに戻る途中、の一歩後ろを歩くベイリーは大きく息を吐いた。
「どうしました?」
「……率直に申し上げて、疲れました」
「かもしれませんね。無理もありません」
 の声は優しい。
「それにしても、艦長はよく少将にあそこまでいろいろ言えますね」
 感心したベイリーの声に、は笑みを消した。
「そうでしょうか?」
「はい」

「……提督はきちんとわたしの意見を受け入れてくださるので、感謝しています」
「いや、それは聞くでしょう」
 執務室とオフィスは隣なので、移動にさほど時間がかかるわけではない。オフィスのドアの前で、はあえて足を止めてベイリーを見た。
「どういう意味ですか、それは?」
「……失礼いたしました。何でもありません」
「そうですか」
 はそのままドアを開けてオフィスに入る。背後から聞こえたベイリーの小さなため息には、あえて反応しなかった。


 艦隊行動の基準作りの会議が入ったおかげで艦隊運用演習の予定は多少減ったが、それは年明けからのことである。
(本当にそろそろ要塞防御システムに手をつけないと)
 当たり前だが、やり始めなければ絶対に終わらないのである。そして、そのためにはまず自分一人で集中できる環境が欲しいところだ。
(この様子だと、普段のデスクワークではちょっと難しいわよねえ……)
 ある程度の方向性が見えてからならともかく、ここでは部下たちが何だかんだと話をするし、通信も入る。かといって、いくら要塞防御システムの変更という大義名分があっても会議室を一人で占領するのは気が引けるし、そんなことをしたらどこかの少将閣下が何があったかと心配して飛んで来そうである。それらを避け、純粋に自分だけで集中できそうな日と言えば……。
(それしかなさそうだわ)
 あることを思いつき、は小さく息を吐いた。


 いくら泊まりに来てほしいと誘っていても、さすがにアッテンボローが帰りにのオフィスに寄って一緒に帰るような露骨な真似をするとは思えない。それに、泊まるなら支度も必要だ。食事を作るのはまだ勘弁と言っていたから、少なくとも夕食で外に出る必要があるのだし、着替えて支度を整えておいたほうがスムーズである気がする。
(先に帰ってもいいわよね)
 というより、先に帰ったほうが通信でも不自由さを感じないだろう。あれこれ考えた結果、は定時を少し過ぎたくらいで席を立った。
「じゃ、お先に失礼します」
「お疲れさまでした、艦長」
 その声にうなずいてオフィスを出る。司令部を出て電車に乗ったとき、端末が振動した。
『もう帰ったのか。家に着いたら連絡くれ』
(……ということは、わたしが連絡するまで執務室で待機かしらね)
 はその文面を見てかすかに笑う。

 家に着いてリビングのソファに座ると、はさっそく通信を行った。
「今、大丈夫?」
『ああ。その様子じゃもう家にいるな』
「ええ」
 予想通り、アッテンボローの背後は執務室である。こういった話し声が聞こえるような造りでないとはいえ、さすがにいつもより声は低い。
『これからどうする?』
「わたしはこれから泊まる支度をしなきゃならないの。どっちにしても、夕食は外でしょ?」
『ああ、悪いけど』
 アッテンボローが申し訳なさそうに頭をかく様子に、は笑った。

「いいの、予想の範囲内だもの。だから、仕事が終わったら家に迎えに来てくれない?」
『そうだな。今から出てもいいか』
 そう言うところを見ると、仕事の区切りはついているらしい。司令部から家までの所要時を考えて、はわずかに硬直した。その様子を見て、今度はアッテンボローが笑う。
『ごめん、そんなに急がなくてもいいか。女性は支度に時間がかかるもんな』
「……ごめんなさい」
『気にするな。じゃ、ちょっとしてから出るよ』
「ありがとう。待ってるわ」
『ああ』


 通話を終えると、すぐには支度を始めた。まず軍服から普段着に着替える。
(せっかくだから、この間のブーツを履こう)
 それから泊まりに行くのに必要なものを整える間、いろいろなことが頭に浮かんだ。
(まあ、確かに面倒かも)
 お互いの家に泊まる頻度が高くなればなるほどそう思うのも無理はない。どちらがより大変かを考えたとき、やはりのほうが荷物は多くなるだろう。だから、アッテンボローがの家に泊まりに来ることが多いのだろうが……。
(あとは料理か)
 そんなことを考えながらひと通りの支度を終えて、軽くメイクを直す。鏡の中の自分はやはり軍人という職業から想像される容姿とはかけ離れているように思えて、は苦笑いした。
(イゼルローンはそんな軍人ばっかりよね)

 支度を終えてリビングに戻り、あまり時間が経たないうちに、玄関のチャイムが鳴る。は荷物の入ったトートバッグを抱えて玄関へ向かった。
「はい」
「お待たせ。もう準備万端じゃないか」
「ええ」
「相変わらず軍人に見えないなあ」
「それはダスティも同じでしょ。でも、これなら堂々と手をつなげるわ」
「それもそうだ」
 アッテンボローは笑って左手を差し出した。
「行くか」
「うん」


 家を出てすぐ、はあることに気づく。
「これってつまり、どっちかが私服であれば手をつないでもいいってことよね?」
「ああ」
「わたしが軍服で、ダスティが私服でも?」
「そういう状況は珍しいだろうけどな。気になるなら、おれも着替えてこようか?」
「……できれば」
「分かった。ま、あらかじめの泊まりの荷物を置いておくつもりだったから、家にいるのが数秒から数分になるだけだな」
「ありがとう」
 は微笑んだ。
「……どうぞ」
「お邪魔します」
 徒歩10秒の距離にあるアッテンボローの家は、当然ながらの家と造りは同じである。

「リビングにいてもいい?」
「もちろん。おれもすぐ着替えるから」
 そう言って、洗面所に入って行く。はどこかおそるおそるリビングに入り、電気をつけた。無言で部屋を見渡し、遠慮がちにソファに座る。
「お待たせ」
「早いわね」
「だって、待たせたらまずいだろ。で、感想は?」
 はわずかにためらったようだった。
「……わたしはよく分からないけど、男性の部屋ってこういうものなのかしら」
「ん?」
「物が少なくて、ちょっと殺風景な気がする。思ってたよりきれいだけど」
 思いもよらないところを指摘され、アッテンボローはがっくりとうなだれた。
「そう来たか……」

「ごめんなさい。わたしは男性の部屋に遊びに行ったことはないから、みんなこんなものなのかもしれないわ」
 その言葉に、思わず顔を上げる。
「そうなのか? おれの家に来るのが初めて?」
「ええ」
「誰かと一緒でも?」
「ないわよ。家に遊びに行くってよっぽど親しくないとしないでしょ」
「そうだよなあ」
 素直にうれしくなってを抱きよせ、いつものように頬に唇を寄せる。
「よかった、が真面目で」
「ダスティはよく分からないところを喜ぶわね」
「……そうか?」
「とにかく、食事に行きましょう。お腹空いたわ」
「ああ」
 その言葉に反対するはずもない。アッテンボローは笑ってうなずいた。






2019/6/18up
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