08

「ごちそうさま。いいお店、見つけたわね」
「ああ」
 とは言っても、アッテンボローは端末で検索しただけなのである。あとは2人ともさほど味覚にはうるさくないので、自然と評価が高くなることもあるだろう。
「……でも、これからちゃんと朝ごはんは作ってよ」
「頑張る」
 アッテンボローは苦笑いした。
「スーパーで買うのは卵だけでいいのか?」
「自分で作らなくても、ちゃんとした朝ごはんっぽい食事をする方法を教えてあげようか?」
「お願いします」
 神妙な様子に、は笑った。

「パンとヨーグルトと卵とオレンジジュースと、それからカット野菜とドレッシングを買うのよ。そうすれば、盛りつけるだけで一応はきちんとした朝ごはんでしょう?」
「確かに」
「本当は、それにソーセージとかベーコンとかもあるといいんでしょうけどね。あ、小分けになってるハムを買ってサラダに入れるとか」
「……なるほどなあ」
 そうすれば、ぱっと見た感じはホテルの朝食である。
「それでゆでたまごに飽きたら、今度は目玉焼きとかスクランブルエッグとかオムレツに挑戦すればいいわ。なかなか平日は難しいでしょうけど」
「できればそこまでご教示ください、艦長」
「ええ」
 この分野では完全にのほうが知識も技量も上である。

「じゃ、スーパーに寄って帰る?」
「ああ」
 またうなずいてから、アッテンボローは改めてを見た。
の言う通りだったよ」
「え?」
「おれは料理ができないんじゃなくて、単にやらなかっただけだ。何と言うか、よく分かった」
 その言葉に、はまた笑う。
「やろうって気持ちになったのはいいことだけど、ダスティはまだ何もしてないからね」
「…………」
「そうだ。キッチンタイマーは持ってる?」
「ああ、それなら」
「よかったわ」


 二人でスーパーに買い物に行くのは初めてではないが、これもなかなか幸せを感じるシチュエーションである。どうも顔がにやけてしまうアッテンボローに、は首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや……。二人でスーパーで買い物するっていいなあと思って」
「…………」
 そう言われると、も意識せざるを得ない。
「いいから、行くわよ」
「ああ」
 一通り売場を回ると、スイーツコーナーが目に留まった。
「そうだ、プリン買って行くか」
「…………ありがとう。でも、あんまり大きい声で言わないでくれる?」
「ごめん」
 別に気にしなくてもと思うが、本人がそう言うならやめたほうがいいのは間違いない。それでもアッテンボローはただのプリンではなく、フルーツや生クリームがトッピングされているものを2つ、かごに入れた。
「行こうか」
「ええ」

 会計を終えてスーパーを出ると、は大きく息を吐いた。
「どうした、疲れたか?」
「大丈夫よ。朝ごはん食べて、買い物しただけじゃない」
「ならいいけど」
 相変わらず手をつないでいるので、買い物した袋とともにアッテンボローの両手はふさがっている。
「ごめんね、荷物を持たせちゃって」
「これくらい、おれが持つのが当然だよ。大して重くもないしな」
「……ありがとう」
 は微笑んだ。
「それにしても、は律儀だなあ」
「わたしは……ダスティにあれこれやってもらうことが当たり前になりたくないの」
「それでもさ」
 もともと近い喫茶店を選んだ上、スーパーに寄っただけなので、もうすぐ家に着く。
「帰ったらすぐ講習するか?」
「ううん。卵はね、ゆでる前に一度常温に戻したほうがいいの」
「……なるほど」


 家で卵以外の買って来たものを冷蔵庫にしまった後も、はソファに座ったままである。
「着替えたり、メイクを落としたりしないのか?」
「だって、夕方には家に帰るもの」
「そうだけど、徒歩10秒だぜ」
「時間は関係ないわ、外は外よ」
「……そうか」
 朝、家を出るまでリラックスしていたのが急にこうなると、何だかさびしい気さえするから不思議だった。
「どうしたの?」
「いや、早くいつも一緒にいるのが当たり前になるといいなと思って」
 それは正直な述懐だったが、は笑う。それは、どちらかといえば苦笑に近い。


「わたしたちは付き合い始めてまだ1ヶ月ちょっとだって、忘れてない?」
「そうだけど、おれは本気でそう思ってるよ」
 できるだけ軽く言ったつもりだったが、本気なのは伝わったらしい。
「あのね。わたしはあんまり一足飛びに近づかれると、ちょっと……」
「……そうか」
 当たり前だが、自分がいくらそうしたいと思っていても、がそう思わなければ実現しないのだ。こういうことに正解があるわけではないにせよ、彼女の意見をきちんと聞かなくてはいい結果など望めるはずもない。

「改めて言われてみると、確かにそうかもしれない」
「ううん、わたしのほうこそ……。ダスティがそう言ってくれるのはうれしいんだけど」
 その語尾をアッテンボローは聞き逃さなかった。
「うれしいけど、か。逆説で終わるんだな」
「……うん、今のところは」
 そう付け加えたのはなりの配慮なのだろう。
「思うんだけど、幼なじみとか友だちとして付き合うのと、恋人として付き合うのって別じゃないかしら」
「…………」
 アッテンボローは黙っているが、確かにそれはそうである。


「付き合い始めて1ヶ月で、その……家に泊まる関係になったのも……何と言うか、早めだと思うし」
 は赤面しながら俯いた。さすがに聞き捨てならず、その顔を覗き込む。
「嫌だったか?」
「ううん、そうじゃなくて……別に誰かに言うわけじゃなくても、ちょっと恥ずかしい気がするだけ」
「ごめん」
 アッテンボローはを抱きしめた。そのまま、頬に唇を寄せる。
「……本当にごめん。おれの気持ちを押し付けすぎた」
「そういうわけじゃないわ」
「いや、でもの気持ちを結果的に無視してたのは事実だろ」
「無視とまでは思わないけど……」

「どっちかっていうとおれの気持ちを優先してた。それに、の気持ちを聞きもしなかった」
「……そうね、そのくらいかな」
 は顔をあげて苦笑いした。たったそれだけのことでもうれしくて、また唇を重ねる。
「ごめんな」
「……うん」
「言ってくれて助かったよ。放置してこのまま進んでたらとんでもない事態になるところだったかも」
「そうね」
 軽く言っても否定しない辺りが、に生じていた違和感の大きさを物語っているようだ。
「これからも、気になることがあったら遠慮しないで言ってくれよ。小出しにしてもらったほうがまだ対処しやすいから」
 はうなずいた。


「あ、それから……。おれは気楽に泊まりに行ってたけど、それってやっぱり気を遣ったり準備したりいろいろ大変なんだな。今回よく分かったよ」
「でしょ?」
「それから……これが一番だな。おいしいごはんを作ってくれたり、いろいろ先廻りして声をかけてくれてありがとう。本当に感謝してるし、素直に尊敬する。くらいまでできるかは分からないけど、あんまり心配ないくらいまで頑張るから」
「……うん」
 の琥珀色の瞳から涙があふれた。
「おれ、何か悪いこと言ったか?」
「そうじゃないの。そんなこと、当たり前だと思ってたから……」
「当たり前じゃないさ。現におれはだめだめだし」
「……さすがに、そこまでじゃないわ」
「そうか、よかった」

 頬を伝う涙に唇を寄せ、鳶色のまっすぐな髪を撫でる。
「でも、正直言って意外だった。もおれに我慢してたっていうか、言いにくいことがあったんだな」
「……まあね」
「おれの階級のせいか?」
「まさか」
 は苦笑いした。
「だよなあ。よかった」
 良くも悪くも軍隊は階級社会なのである。しかもアッテンボローの場合は「同盟軍で数人しかいない20代の将官」、あるいは「イゼルローンで最年少の将官」という事実が常について回るのだ。
「そうじゃなくて……。さっきも言ったけど、ダスティの好意が分かるから言いにくかったの」
「そうか」

 アッテンボローは軽く息を吐いた。
「階級が上がるのもいいことばっかりじゃないよな。気軽に話せる人とか、忠告してくれる人がどんどん減ってるのがよく分かる」
「……そうかもしれないわね」
「だから、おれにとってちゃんと注意してくれるは貴重なんだ。恋人としてはもちろんだし、部下としても」
 その言葉に、は笑う。
「そういえば、いつだったかベイリー少佐に艦長はよく提督にあれだけのことが言えますねって言われたわ。さすが士官学校の同期ですって」
「そうか。別に多少のことなら、納得すれば受け入れるけどなあ」
 苦笑まじりにそう言うアッテンボローに、はふと表情を改める。


「……ダスティは孤独だったのね」
「ああ」
「准将になったときから?」
「ご名答」
 冗談めかして答えてはいるが、それがまぎれもない本心のようだ。
「准将になって、第10艦隊に異動して……。右も左も分からないときに馬の合わない艦長と組む羽目になって、いろいろ苦労したよ。やっぱり最初は舐められたしな」
「分かる気がするわ」
「だから今回、遠慮するのはやめた」
 それは前にも聞いた気がしたが、さすがに指摘はしない。その代わり、は別のことを口にした。

「勘がいいわね」
「ん?」
「勝負勘って言えばいいのかしら? 自分のやりたいことをする機会を逃さなかったわけでしょ」
 アッテンボローは肩をすくめた。
「艦橋の人事を刷新する機会なんて、そうたくさんあるわけじゃないからな」
「確かに」
 何でもそうだが、慣れるにはどうしてもある程度の時間がかかるのだ。
「だからいきなり言われても困らないように、も人事案は普段から考えておいたほうがいいぞ」
 それが貴重な忠告であることはよく分かったが、は苦笑したものである。
「……わたし、そんな余裕があるかなあ」
「じゃ、幹部連中に声をかけておくとか」
「そうするわ。ありがとう」
「どういたしまして」
 アッテンボローは笑った。


「そろそろ講習するか?」
「そうね。まあ、大したものじゃないけど」
「よろしくお願いします。終わったらお茶にしよう」
「ええ」
 は微笑んで立ちあがったが、その表情はすぐに変化した。
「……片手鍋、持ってる?」
「ああ」
「よかった」
 その様子を見る限り、本気で心配していたようである。
「でも、ちゃんと料理しようと思うなら調理器具も揃えないとだなあ」
「いい機会だから、それもチェックさせて」
「……分かった」

 の「講習」は、アッテンボローが拍子抜けするほど簡単だった。鍋に卵と水を入れ、中火にかけて、沸騰したら時間を計る。時間が来たら鍋から開けて氷水に浸す、以上である。
「これでいいのか?」
「ええ。あ、ゆで卵は生卵よりも持ちが悪いから、あんまり作り置きしすぎるのはだめよ。一度に作るのはせいぜい2~3個ね」
「分かった。これならおれにもできる。ありがとう、
 は笑った。
「どういたしまして。で、ダスティの持ってる調理器具は?」
「これくらいなんだ、実は」
 何しろ、自分で料理をするとは考えていなかったのである。
「……そう考えると、よく鍋は持ってたわね。まあ、何となく用途の見当はつくけど」
「たぶん当たってるよ」
 アッテンボローは苦笑いした。

「じゃ、あとはフライパンとか木べらとかフライ返しかなあ。スープを作るならお玉もいるわね」
「そうだなあ。確かにはここに来た当初、その辺を買ってたな」
「ええ」
の家のものを借りる……じゃだめだよな)
 何しろ料理を作る作らないでもめたばかりなのである。これを言ったら間違いなく怒らせると分かっていて口にする必要もない。
「どうしたの?」
「何でもない。コーヒーを淹れるから、お茶にしないか」
「うん」
 はうなずいてソファに腰をおろした。こういうとき、率先して動くのは家主である。コーヒーメーカーに豆をセットしてから、冷蔵庫から買ってきたプリンを取り出す。

「じゃ、先にこっちを」
「ありがとう。こんなのを買ってたんだ」
「ああ」
 カットフルーツと生クリームの乗ったプリンを見ては笑ったのだが、よく見ると顔は赤い。
「好みなんだから、別に恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」
「……プリンが好きって、味覚が子どもっぽくない?」
「おれはかわいいとしか思わないよ。まあ、の好みだからかもしれないけど」
「…………」
 そんな会話を交わすうちにコーヒーが出来上がり、アッテンボローはカップに淹れて持って来た。
「どうぞ」
「ありがとう。いただきます」

 コーヒーよりも先にスプーンを取り、プリンに食べる辺りがやはり好きなのだろうと思う。一口食べてぱっと笑顔になる様子は微笑ましいとしか言いようがなかったが、は相変わらず赤面している。
「だから、気にするなって。好きなものを食べてうれしいのは当然じゃないか」
「そうだけど……」
「でも、おれはがそう考えてるのも知らなかった」
 アッテンボローはふと笑いをおさめた。
「ダスティ……」
の言ったこと、何となく分かったよ。確かに、友だちと恋人は別だな」
「でしょ?」
「ああ。だから……おれはのこと、もっとたくさん知りたい」
 何が好きで、何が嫌いなのか。どういうことに喜んで、どういうことに怒るのか。何となくではなく、もっと詳しく――。
「……うん」
「ただし、お手柔らかにな」
 その言葉には笑った。


 その日は結局、夕食後まで一緒に過ごした。
「明日からまた艦隊運用演習だなあ」
「でも2日間だけじゃない。それが終われば新年のパーティよ」
「それもそうか」
 休みが見えていると力が湧いてくるのは、人間の本能かもしれない。そして、アッテンボローはあることに気づいてを見た。
「要塞防御システムは大事だけど、あんまり根を詰めすぎるなよ。はすぐ無理をするから」
「……気をつけるわ」


 年の瀬が近くなると慌ただしくなるのは、イゼルローン要塞も例外ではないようだ。艦隊運用演習のさなかにも、新年のパーティの準備が始まったという情報が入る。その一方で、こんな噂も聞こえてきた。
「帝国軍がイゼルローン要塞に残していった物資のうち、どうやら無視できない数のものが消えてるらしいぜ」
 ここは例によって昼休みの士官食堂である。
「消えてる、というのは……」
「蒸発したり勝手にどこかに行くものじゃないから、端的に帝国領侵攻作戦の間に横流しされたんじゃないかしら」
「だろうなあ」
 もともと声高に話す彼らではないが、内容が内容だけにさらに声は低い。
「ちょっと待って。まさか、キャゼルヌ少将の責任になるんじゃ」
「あ、それは大丈夫だ。確かに補給の責任者だったけど、旧帝国軍の軍需物資についてはもともと管理権限がなかったから」
「……そう、よかった。これ以上難癖つけられたらたまらないもの」
 は息を吐いた。

「お二人はキャゼルヌ少将とお知り合いなのですか?」
 そう言って首をかしげたのはラオである。
「ええ、士官学校時代にすごくお世話になって……。なぜか分かりませんが、明らかに手間を取らせてるのに、わたしたちのことをすごく気にかけてくださるんです」
「たぶん、ヤン提督のおまけなんだろうけど」
「それでも、ありがたいわ」
 がそう言うと、アッテンボローが首をかしげる。
「キャゼルヌ少将がイゼルローンに来るのっていつだっけ」
「1月10日頃じゃなかった?」
「もう少しだな。無事に着くといいけど」
「そうね。でも、何で今ごろになってそんな話が出てきたのかしら」
同盟首都ハイネセンではまだアムリッツァ会戦――というか、帝国領侵攻作戦ですか。その敗戦処理が続いているのでしょう」
 ラオの言葉に、アッテンボローとは顔を見合わせた。

「……じゃ、何でイゼルローン関係の人事だけはこんなに早く決まったの」
「前にヤン提督も言ってただろ? うるさい奴やめんどうな奴は、全員まとめていちばん危険な最前線へ放りこんでおけってことさ」
 「うるさい奴やめんどうな奴」該当者の一人がそう言うと、は大きく息を吐いた。
「どうした?」
「士官学校時代と同じパターンだわ。わたしはいつも提督と一緒に危険人物扱いされるんだから」
「…………ごめん」
 そう言ってはいるが、アッテンボローは謝っても態度を改めないことはにも分かっている。
(何でわたしはこんな男を好きになっちゃったのかなあ――)
 ラオがいるのでさすがに口に出さないが、まぎれもない本音である。そんな様子を見て、ラオは笑った。

「ここが司令部じゃなくてよかったですね。艦長がそんなご様子だと、ポプラン少佐が飛んできますよ」
「シェーンコップ准将もな」
 はその言葉を文字通り鼻で笑った。おまけに、目はまったく笑っていない。
「そんなのは別にうれしくも何ともないですけど。それとも提督はわたしに喜んでほしいのですか?」
「……いや」
「失礼いたしました、余計なことを申し上げたようで」
「本当だ、まったく」
 アッテンボローの言葉は完全なる八つ当たりであり、ラオは顔をひきつらせた。
「ちょっと、そのくらいにして。分かってるわよ、提督がそういう人だってことくらい」
「……ありがとう。それに、ごめんな」
 はうなずいた。


 そうこうしているうちに796年の艦隊運用演習は終了し、いよいよ31日である。ただ、そうは言っても午前中にデータ検証を行うのは普段と変わらない。
「……まあ、ちょっとは形になってきたか」
「そうですね」
 アッテンボローの呟きにラオも同意する。
「来年から例の艦隊行動の基準作りも始まりますしね。提督は何回くらいの会議を考えてらっしゃいますか?」
「……何回だろうなあ。おれの作った素案が各艦の艦長たちに受け入れられれば、そんなにたくさんじゃなくて済みそうだけど」
「…………」
 は息を吐いた。考えてみれば、アッテンボローは第10艦隊で准将になったとき、既に艦隊行動の練度はある程度完成されていたのだ。そうでない状態から艦隊行動の練度を上げるのは今回が初めてなのである。そして……。

「今さらですが、ベイリー少佐はきちんと会議を仕切れるでしょうか」
「やってもらわないと困る。それが旗艦の副長の役目でもあるからな」
 決然とそう言った後、アッテンボローは笑った。
「相変わらず艦長は心配性だなあ」
「……そういう性分ですので」
「分かってるよ、だから艦長にしたんだ」
 その様子にはラオも笑っている。
「小官も艦長がいてくださって、心強いです」
「……ありがとうございます。ご期待に添えているかは分かりませんが」
「いえいえ」
 これからやるべきことを確認してデータ検証を終えると、ちょうど昼時だった。


「ちょうどいい、このまま士官食堂に行くか」
「ええ」
「ラオも、一緒にどうだ?」
「では、お付き合いいたします」
「ありがとうございます、ラオ中佐」
 は微笑んだ。いくら仕事上でつながりがあるとはいえ、あまり二人だけでいるのには抵抗がある。士官食堂でそれぞれトレイを持って座ると、ラオはしみじみと呟いた。
「それにしても早いですねえ。今年ももう終わりですか」
「毎年そう思いますが、今年はアムリッツァ会戦以降が怒濤のようでしたから」
「同感だ。おれたちはプライベートでもいろいろあったしな」
「……はい」
 あまり大きな声ではないとはいえ、はわずかに赤面する。

「そうだ。この間、朝ごはんのことを教えてもらっただろ?」
「はい」
「やってみたんだけどさ、やっぱり一人だと寂しいよ」
「…………」
 は今度こそはっきりと赤面した。
「提督は末っ子でいらっしゃいますから」
「そうなのですか?」
「ええ、上にお姉さんが3人いらっしゃいます。だから、家事はまるでできません。特に料理はヤン提督のことを笑えないレベルです」
 ここぞとばかりにプライベートを暴露しまくるに、アッテンボローは顔を引きつらせた。
「艦長……。それくらいで勘弁してくれ」
「かしこまりました」
 は澄ましてそう言って、食事を口に運ぶ。それでも、ラオは驚いたようだった。


「ということは、お二人とも従卒はつけていらっしゃらないのですか?」
「はい」
 はすぐにうなずいた。
「……正直に言えば、アッテンボロー少将がつけてらっしゃらないのは意外です」
「20代でまだ一人だから、世話してもらうのは気が引けるんだよ」
 それはが以前にも聞いた言葉だが、今では解釈が違う。
「へえ……。それなのに、わたしに世話されることには気が引けないのね」
 の口元は笑みを形作っているが、目はまったく笑っていない。さすがにアッテンボローは言葉に詰まり、ラオに助けを求めた。
「ラオなら分かってくれるだろ? 恋人に世話してもらうのは男のロマンじゃないか」
「前も言ったじゃない、男のロマンは女の不満だって。寝言は寝てから言いなさいよ」
「…………」

 この件に関して、相変わらずは容赦がない。
「文句を言わずに喜んで世話してくれる女性がいいなら他を探すのね」
「……ごめんなさい、おれが悪うございました。お願いだから見捨てないでください」
 が求めているのはそう高い水準ではないのだ。したがって、それを満たさないアッテンボローのほうが相当に分が悪い。
「ちなみにラオ中佐はどう思われます?」
「……小官には従卒がいますが、なるべく自分のことは自分でやろうと思います」
「そのほうがいいですよ。こうならないためにも」
 は肩をすくめた。


 ただ、アッテンボローも言われっぱなしではない。
「あとは艦長の体調が安定すれば言うことないんだが」
「……ご心配おかけして申し訳ありません」
 この話題が出れば、はそう答えざるを得ない。もちろん、アッテンボローも分かって言っているのである。
「一昨日と昨日はあまり問題はありませんでした」
「2日間だったからな」
 アッテンボローに即座にそう答えられ、は黙りこむ。
「今日は問題なさそうですからね。やはり宇宙に出たときが心配です」
「すみません、ラオ中佐にまでご心配いただいて」

「ラオ中佐だけじゃない。艦橋のみんなが心配してるぜ」
「提督……」
「悪い」
 あまり言うとを困らせるが、だからと言って、何も言わない訳にはいかないのである。
「病院に行かれるおつもりは?」
「絶対に嫌ではないのですが……ためらっています」
 そう言った後、は改めてアッテンボローとラオを見た。
「充分に自覚しておりますので、もうこの話はやめていただけませんか?」
「……そうするか」
「ありがとうございます」






 なかなか796年が終わりません……(汗)。
2019/6/25up
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