12

 さすがには自分の状態をよく理解していた。アッテンボローが寝室に来たとき、はもう穏やかな寝息を立てていたのだ。
(やっぱり疲れてたのか。それか、身体に負担をかけてたって言うべきなのかなあ)
 アッテンボローはベッドに身体を滑り込ませ、の小さな頭を左肩に乗せる。そのままそっと髪を撫でた。演習を始めたときのようなあからさまな体調不良でなくても、演習から帰宅しても食欲がない上に早い時間にベッドに直行ではさすがに心配だ。
(病院に行く気は……どうなんだろ?)
 いつか言ったように、その気になれば強制的に病院に連れて行くことは不可能ではないのだが、そこまでするとその後の関係がどうなるか分からない。
(家に入れてもらえないか、スキンシップ禁止か、二人でいるときも敬語か……。下手すりゃ全部かもな)
 本当に具合が悪ければ自分から病院に行くだろうが、実際はの言うとおり「訓練には穴を開けていない」のである。

(だから余計に迷うなあ……。あんまりしつこく言うと、それはそれで怒られそうだし)
 もしにドクターストップが出た場合、すでにアッテンボロー自身は彼女を手放す覚悟を決めているが、それをがどう受け止めるかは別問題である。何しろ体調の問題だから、最終的には受け入れたとしても、それまでに修羅場があることは想像に難くない。
(……でも、おれはに無理をしてほしくない)
 結局のところはその結論に行きつく。体調に問題があるなら、無理をさせるのはやはり本意ではなかった。
(つまり、様子を見るしかないか)
 堂々めぐりという言葉がこれほど似合う事態も珍しい。
「……無理しすぎないで、不安だったらいずれちゃんと病院に行ってくれよ」
 聞こえていないのは承知の上で、アッテンボローはごく小さな声でにそうささやいた。あれこれ考えているうちに布団の中が温まり、睡魔の影響力を自覚する。
「お休み」
 誰に言うでもなくそう呟く。アッテンボローはの額に唇を寄せてから、目を閉じた。


 翌朝、目覚めたのはのほうが先だった。
 いつものように緩やかに意識が戻ると、まず気づくのは枕が妙に硬いし、熱を持っていることだ。
(…………)
 何かおかしいと思った次の瞬間に、は「硬い枕」の正体を悟る。
(ダスティがこんなに密着するのが好きだとは思わなかったわ)
 昨日はのほうが先に寝たのである。それなのに腕枕をされているということは、アッテンボローが望んでやったとしか考えられない。
(腕、痛くならないのかなあ。それに、よく眠れないんじゃ……)
 何しろ昔から筋肉がつかないことを悩んでいると言っていたばかりなのである。こうしてひとしきりアッテンボローを心配して初めて、は自分が回復していることに気づいた。
 自分で思っている以上に動いてしまったのか、それとも、アッテンボローも目覚めかけていたのか。がひとりで動揺していると、アッテンボローがうっすらと目を開く。
「おはよう」
「おはよ。が先に起きるのは珍しいなあ」
「……ごめんなさい」
「おれは別に怒ってるわけじゃないよ」

 そう言って軽く笑い、すぐに唇を重ねる。
「具合は大丈夫か?」
「うん、ぐっすり寝たらよくなったわ」
「そうか、よかった」
 声とともに右手がの背中に回され、抱きしめられる。
「こうしてて、腕が痛くならないの?」
「なってもいいさ。別に艦隊の指揮には影響ないし」
「そうだけど……。よく眠れないんじゃ」
 アッテンボローは笑った。
「そんなことない。むしろ、こっちのほうがよく眠れる」

「何で?」
が一緒にいるからに決まってるだろ」
「……ダスティってこんなに密着するのが好きだったのね」
 ずっと考えていたことを口に出すと、アッテンボローはまた笑った。
「おれがくっつきたいのはだからだよ。知ってるか? ハグするとストレスが1/3になるって説があるらしい」
「……そうなんだ」
「こうしてるとよく分かるよ。その説は正しいってな」
 その言葉には実感がこもっていて、は赤面した。
「ついでに、が回復したなら……」
 アッテンボローの声と表情が明らかに変わる。その意図を察して、はさらに赤くなった。
「嫌なら、やめるけど」
「……いいわ」
「じゃ、遠慮なく」


 休みだから別に構わないとはいえ、結局、二人がベッドから出たのはそれからだいぶ後のことだった。
「…………」
「どうした?」
「本当に遠慮しなかったわね」
「……ごめん。の体調が回復したって分かったから、うれしくて……。手加減できなかった」
 さすがにアッテンボローは頭をかいた。
「じゃ、手加減するつもりはあったの?」
「一応な」
「……あんまり信じられないけど」
「いやだってそれは、の身体が……」
「もう、それ以上言わないでっ!」
「ごめん」

 悲鳴のような声に、アッテンボローはを抱きしめた。
「軍服がああいうデザインでよかったよ。あんまり身体の線が目立たないもんな」
「そうかも」
「……でも、これ以上細くならないでくれよ」
「気をつけるわ」
 はそう言ってうなずいたが、ふと首をかしげる。
「でも、あんまり体重が増えるのもうれしくないけど……。どのくらいならいいの?」
 改めてそう聞かれると、アッテンボローも考え込む。
「そうだなあ……。パトリチェフ准将みたいにならなければいいよ」
 は吹き出した。
「さすがにそれは……。そこまでだと、外見がどうこうより健康に問題が出そう」
「それもそうだなあ。じゃ、体重がおれを上回らなければ」
 そう言ったところで、アッテンボローは改めてを見た。

「っていうか、は普段体重を測ってないんだよな?」
「うん」
「じゃ、まずそこからじゃないか。基準が分からないと、いいも悪いも言えない」
「……そうね」
 は苦笑いした。
「体重計、買ってくるか」
「わたしのために?」
「ああ」
 真顔でうなずくアッテンボローに対して、は笑いながら首を横に振る。
「そこまでしなくてもいいわよ。それこそ軍服を着たとき、サイズの変化はだいたい分かるし」
「うーん、そうだけど……。司令部には体重計なんてないか」
「あるとしたら医務室でしょうね。ダスティはどうしてもわたしに体重を測らせたいみたいだわ」
「どうしてもってわけじゃないけど、基準が欲しいのは確かだ」
 それは分からなくもないので、は黙ってしまう。
「……話は変わるけど、そろそろ起きない?」
「おっと、それもそうだ」
 時刻はもう昼に近いのである。


 さすがにベッドから起きて支度を整え、以前が言った通りの朝食――時間的には早めの昼食でもおかしくはない――が並ぶ。ちなみに、喜んだのはではなくアッテンボローのほうだった。
「……どうしたの?」
「やっぱり食事は誰かとするほうがいいと思って」
「そうね」
 アッテンボローとの食事の量で違うのはパンの枚数だけである。
「ダスティはこれで足りるの?」
「……いや、実はちょっと心もとない」
「でしょうね」
 はうなずいた。

「ベーコンかソーセージでも焼く?」
「今はいいよ、物がない」
「…………」
 確かにそれではやりたくても不可能だ。
「考えてみれば、これはがちょうどいい量だもんなあ」
「……ごめんなさい」
「謝るなよ。そんな必要はどこにもない」
 アッテンボローはそう言って考え込んだ。
「今度から果物でも買ってくるかな。バナナとか腹にたまりそうだし」
「そうね。皮もむかなくていいわ」
「ありがとう。のおかげで朝食が充実しつつあるよ」
「今のところ、ちょっと別の方向に向かってる気もするけど……」
 は苦笑した。


 朝食の片づけを終えると、コーヒーを淹れてソファでくつろぐ。
「わたしの家にいるみたいだわ」
「しょうがないよな、同じ造りの家なんだから」
「それもそうだし、やってることも同じよ」
「…………」
 休日の過ごし方のバリエーションが少ないのは相変わらずである。
はどこかに行きたいか?」
「ううん、別に」
「そっか」
 ちなみに、今のところ外に出る予定がなくてもはきちんとワンピースを着ている。
「まさかとは思うけど、このまま家に帰るのにメイクしないよな?」
「そうね、さすがに。でも、夕飯をどこかに食べに行くならメイクするわよ」
「だよなあ」
 何しろ、アッテンボローの料理の腕は、夕食にはまだまだ遠いのである。


「ねえ、仕事の話をしていい?」
「もちろん」
 はコーヒーを一口飲んだ後、表情を改めた。
「ペトルリーク大尉を艦隊行動の基準作りに関わってもらうことについて、ダスティはどう思う?」
 それは意外な質問だったが、答えはすぐに出た。
「別に問題ないだろう。旗艦の機関長なんだから」
「そう……よね」
「どうかしたか?」
「ううん、執務室でけっこう不安がってたから。あれはきっと、階級を気にしてると思うの」
「なるほどなあ」
 通常時、各艦の艦長を大尉が務めた例はない。すなわち、艦隊行動の基準作りでペトルリークが相手にするのは全て自分より上の階級の者なのである。
「じゃ、気にしなくてもいい?」
「そう思うぜ。ベイリー少佐も手伝って欲しいって言ってたしな」
「そうだったわね」
 それでも考え込むに、アッテンボローは笑った。

「部下のことをあんまり気にしすぎると、かえってよくないぞ」
「うん、そうだけど……」
の言う通り、もし階級で苦労してるなら、ペトルリーク大尉にはあんまり表に出ないように手伝ってもらえばいいんじゃないか?」
「そうね」
 は微笑んだのだが、それを見て複雑に思うのも事実である。
「しかし、妬けるなあ」
 その言葉に、は顔をしかめた。
「ばかなこと言わないで。ダスティがわたしのことを気にしてくれてるのと同じよ。程度は違うでしょうけどね」
「……それは、分かってるけど」
「本当に?」
「たぶん。おれも第10艦隊のときからベイリー少佐とノールズ少佐に目をかけてたけど、そこまでじゃないからな」
「いろいろあったのよ」
 はそれだけ言って口をつぐんだ。そろそろアッテンボローも気をつけないとまずそうである。
「そうか、ごめん」
 その気持ちは無事に伝わったようで、はうなずいた。


 休みが終わると、またデスクワークと艦隊運用演習である。
『軍に委託されて物資を運んでいた輸送船が、宇宙海賊に襲われ、物資をすべて強奪された模様です』
(…………)
 は出勤前に朝食を取りながら聞いたニュースに、ふと首をかしげた。立体TVソリビジョンで伝えられた宙域はイゼルローン回廊の近くである。そして……。
「まずくない、これ?」
 複数の項目を総合して考えると、おのずと結論は出る。は思わずつぶやいた。


 オフィスに出勤すると、はすぐに隣の分艦隊司令室へ顔を出したのだが、そこはまだ鍵がかかっている。
「…………」
 緊急というほどではないにせよ、急を要する用件である。は自分のオフィスに戻ってから、私用の端末でアッテンボローに『おはよう。執務室に来たら教えて』とだけメッセージを送った。
(これでよし)
 時間からして、アッテンボローはもうすぐ出勤するだろうという推測は正しかった。オフィスのドアがノックされたのはそれから間もなくである。部下たちにノックする習慣はないので、それはすなわち訪問者ということになる。
「おはよう」
「おはようございます、提督」
 そして幸いなことに、まだ部下たちは出勤していない。
「どうした?」
「執務室で話すわ」
「ああ」
 その様子を見る限り、アッテンボローはまだの意図に気づいていないようだ。


「で、どうした」
「輸送船が宇宙海賊に襲われて物資を強奪されたってニュース、見た?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
 暢気に問い返す様子に、は目を見張る。
「……本当に気づかないの?」
「何に」
「だって今はキャゼルヌ少将ご一家が輸送船でイゼルローンに向かってるでしょ? 宇宙海賊の出た宙域から考えても、このまま放置しておくのはまずくない?」
 それは静かな爆弾だった。事の重大さを知ったアッテンボローの顔色が変わる。
「……それは確かにまずいぞ。輸送船じゃ大した武装はないし、キャゼルヌ少将に何かあったら大変だ」
「ヤン提督に話す?」
「もちろん。も一緒に来てくれ」
「分かったわ」

 アッテンボローとが執務室を出ると、次々と分艦隊の幕僚やの部下たちと顔を合わせた。そのたびに「司令官室へ行ってきます」と告げて、エレベーターに乗り込む。
「そういえばアポを取っていませんが、いいのですか?」
「いいだろ、別に」
「…………」
 アッテンボローはごく軽くそう言ったが、にはとても真似できない。司令官室に行くと、そこにはユリアンとシェーンコップがいた。
「今日は賑やかだねえ」
「おはようございます、ヤン提督。宇宙海賊が出たというニュースをご存じでしょうか」
「ああ、もちろん」
 アッテンボローが本題に入る前に、シェーンコップが口を挟む。
「物資をすべて強奪されたんだってな。保険金めあての詐欺じゃないか?」
「いや、おれはもっと根が深いように思いますが」
 気楽にそんな会話を交わす男性陣に、は思わず首を横に振ったものである。

「みなさんは大切なことを忘れていらっしゃいます。イゼルローン要塞にはキャゼルヌ少将ご一家が輸送船で向かってらっしゃいますし、宇宙海賊の出た宙域を考えても、何か対策を取るべきと思いますが」
 がよく通る声でそう言うと、司令官室は静まり返った。
「……その通りだ。中佐、教えてくれてありがとう。助かったよ」
「どうしますか、ヤン提督?」
 アッテンボローがそう問いかけると、ヤンはあっさりとこう言った。
「そうだな、迎えを出そう。旗艦の他に……砲艦を10隻、偵察母艦を5隻、それに駆逐艦を4隻くらいでどうかな?」
「分かりました。おれが連れてく艦を選んで、指揮を執ってもいいですか?」
「もちろん。ついでに艦隊運動の訓練もしてくるといい」
「ありがとうございます。では、準備にかかります」
「よろしく頼むよ」
「かしこまりました。失礼いたします」


 司令官室を出て廊下を歩いているとき、はアッテンボローに問いかけた。
「いつ出発しますか?」
「各艦の準備ができ次第って言いたいところだが、今日は午後から艦隊運用基準の会議があるからなあ。明日の午前中くらいでどうだ?」
「そうですね」
 も、確かにそれが妥当なように思える。
「朝のミーティングが終わったら、連絡しなくていいからまた執務室に来てくれ。いろいろ打ち合わせをしよう」
「かしこまりました」
 がオフィスに戻ると、部下たちはもう揃っていた。
「おはようございます、艦長」
「おはようございます。少し早いですが、ミーティングを始めても構いませんか?」
「はい」
「ありがとうございます」

 はいつものように淡々とミーティングを進めた後、最後にこう言った。
「もうすぐイゼルローン要塞に事務監を務めるキャゼルヌ少将がいらっしゃるのですが、その護衛のために明日から後方へ小集団を出すそうです。先ほど、ヤン提督に許可をいただきました」
「しかし、それでは準備が」
 そう言ったのがベイリーだったので、は意識して微笑む。
「大丈夫です。ベイリー少佐とペトルリーク大尉は艦隊行動の会議がありますし、準備はわたしが行いますので」
「……ありがとうございます」
「ミーティングが終わったら、アッテンボロー提督から執務室に来るよう言われているので……。隣に行ってきます」
 はそう言って席を立った。
「行ってらっしゃいませ」


 あらかじめ言われたとおり、予告なしでアッテンボローの執務室に行く。
中佐ですが」
「入ってくれ」
「失礼いたします」
 執務室に入る前にちらりとラオやストリギンを見たが、あまり様子は変わらない。
(ということは……)
「お疲れ」
「……朝だもの、別に疲れてないわ」
「それもそうか」
 アッテンボローは苦笑いした。
「ねえ、ラオ中佐とストリギン大尉に今回のこと言ってないの?」
「あ」
 その様子に、は大きく息を吐いた。
「あじゃないわよ。ここに呼ぶ?」
「……そうだな」
 実際、それ以外の選択肢はないのである。は執務室のドアを開け、ラオとストリギンを呼んだ。


 執務室でがラオとストリギンに簡単に事情を説明する間、アッテンボローはずっとデスクのモニターを見ていた。もちろん、これは何もしていなかったわけではない。はそれに気づいていたが、あえて何も言わなかった。ちなみに、これについて質問したのはストリギンである。
「それで、アッテンボロー少将は何をしてらっしゃるのですか?」
「艦隊運用データを見直して、今回連れて行く艦を選んでた。ストリギン大尉、この艦が明日の午前中に出発できるか、ドッグに確認してくれるか」
 アッテンボローは手近にあった紙に連れて行く艦の名前を走り書きし、ストリギンに手渡す。
「かしこまりました」
「ラオ中佐と艦長は宇宙海賊対策の復習が必要だな」
 その言葉に、とラオは顔を見合わせた。
「なので、引き続き残ってくれ」
「では、小官は失礼いたします」
「ああ」
 ストリギンは敬礼を残して執務室を出た。適正な業務なのだが、何となくアッテンボローの考えていることは分かる。は小さく息を吐いた。


「それにしても、戦艦に乗って初めての任務が宇宙海賊の検束けんそくとキャゼルヌ少将ご一家の護衛だとは思わなかったわ」
「いいじゃないか、初めてでいきなりアムリッツァみたいな激戦に放り込まれるより」
「それはそうかもしれないけど……」
「小官も同感ですね。相手が宇宙海賊であれば、比較的気楽な任務ですから」
 アッテンボローの言葉にラオも同意するが、は首をかしげる。
「そう?」
「じゃ聞くけど、が宇宙海賊のトップだったとして、自分たちを検束けんそくするために戦艦を含む小集団が出張って来たって知ったらどうする?」
 それに対する答えは一つしかない。
「息をひそめてやり過ごすわ」
「だろ? まともなリーダーならそう判断するさ。のこのこ出てきたらそれこそ拘束するだけだ」
 何しろ、宇宙海賊と正規軍――それも戦艦や砲艦では設備がまったく違うのである。


 そう言ったところで、アッテンボローは表情を改めた。
「今回は特殊な任務だから、おれも責任者になる。できればラオもシフトに加わってほしいんだが」
「……かしこまりました」
「え? ちょっと待ってよ」
 がそう言うのも無理はない。本来、戦艦の責任者たちと幕僚が交替でシフトを組むなどあり得ないのだ。
「艦長の体調にはまだ不安があるから、おれが深夜から未明を担当する。時間もいちばん長くていい。艦長が昼間で、ラオはベイリー少佐と組んで夕方から夜間を担当してくれるか」
「はい」
 ラオは素直にうなずいたのだが、は大きく首を横に振った。
「ちょっと、勝手に決めないで」
「では、その方向で仮にシフトを組んでみます」
「…………」
 どうやらこの問題ではの抗議は聞いてもらえないらしい。せめて顔をしかめながら、ラオが端末を操作して仮のシフトを作るのを待つ。

「できました。これでいかがでしょう」
 そう言ってラオが提示したのは、アッテンボローが0時から10時、が10時から18時、ラオとベイリーが18時から0時までのシフトである。基本的に、責任者のシフトが終わってからが自由時間になっていた。
「いかがですか?」
「……提督がこんなに長く責任者を務める必要はないのでは?」
「地位が高い者がいちばん多く責任を負うのは当然だろう。それに、深夜から未明がいちばん危険だから、おれが担当するんだ。別に艦長を軽んじてるわけじゃない」
「そうは思えません」
 はまた抗議したが、アッテンボローは苦笑いしてラオを見た。
「そう言うと思ったよ。ラオ中佐はどう思う?」
「小官も同感ですね。艦長、夕方のシフトをご覧いただけますか?」
 は言われたとおりにシフトを見た。
「艦長が責任者の時間帯だけ、唯一、少将も吾々も睡眠を取る時間帯があります。ここは艦長に担当していただく他はないのですよ」
 は息を飲んだ。
「どうだ」
「……かしこまりました。提督の指示にしたがいます」
 しぶしぶがそう言ったとき、執務室にノックの音がした。

「どうした」
「ストリギン大尉です」
「入ってくれ」
 声を待って、ドアが開く。
「失礼いたします。少将が選んでくださった各艦は、どれも明日の午前中に出航可能とのことでした」
「ありがとう。じゃ、各艦の艦長に伝達してくれ」
「かしこまりました」
 すぐにストリギンが出て行くと、が首をかしげる。


「今回は何日くらいの予定?」
「よく分からないけど、3~4日じゃないかなあ」
「わたしたちがキャゼルヌ少将を迎えに行く間、分艦隊の他の戦艦は何をしてるの?」
「おっと、それを忘れてた。誰かに一緒に訓練してもらうよう、頼まなきゃならない」
 アッテンボローは苦笑いしたが、そこにラオも冷静に口を挟む。
「決めたら、それも各艦に伝達せねばなりませんね」
「そうだなあ……。誰に頼もうか」
 アッテンボローは考え込んだ。
「やっぱりフィッシャー提督かなあ。あの艦隊運用の技術は盗めるものなら盗みたいし」
「提督のお好きなようになさいませ」
 その様子を見て、は笑った。
「ラオは?」
「艦長に同感です」
「よし、なら決まりだ」

 フィッシャーに連絡して訓練を承諾してもらい、宇宙海賊対策を復習した後、アッテンボローは大きく息を吐いた。
「またこういうことがあるかどうか分からないけど……。念のために、分艦隊の戦艦の中でも準旗艦扱いの戦艦を決めるべきかもしれないな」
「そうですね。中級指揮官のどなたかにお願いすべきかと」
 アッテンボローの言葉にラオが同意した。これは分艦隊に関することである。特に意見を求められたわけではないので、は意識して黙っていた。
「じゃ、最後に何か質問は」
「ベイリー少佐には、わたしからいろいろ伝えればいいですか?」
「ああ、そうしてくれ。でも、艦隊行動基準の会議後だよなあ」
「そうですね。そこしか時間がありません」
 は冷静にそう答えた後、それが問題なのかと言いたげにアッテンボローを見た。
「本当は明日辺り休みにしようと思ってたんだ。これから宇宙に出ることだし、艦長には早めに休んでもらいたいんだが……」
「でも、これはわたしのやるべきことです」

「言うと思ったよ」
 アッテンボローは軽く息を吐いた。
「こうしたらいかがでしょう。明日の出発を10時ころにして、朝いちばんで艦長にベイリー少佐と打ち合わせをしていただくというのは?」
「それだ!」
「…………」
 厳密に言えば、これは戦艦メイヴの中のことなので、分艦隊幕僚でも口出しすることではない。ただ、自身も分艦隊についてあれこれ言っているから、あからさまに拒否するわけにもいかなかった。
「どうだ、艦長」
「……では、そうさせていただきます」
 は小さく息を吐いた。





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