13

 何だかんだとミーティングが長引き、がオフィスに戻ったのは昼近くになっていた。
「戻りました」
「お疲れさまです」
 自分のデスクに戻ってちらりとベイリーを見るが、やはり会議の準備で手いっぱいのようだ。ためらったのは事実だが、伏せておく必要もない。
「ベイリー少佐、少しいいですか」
「はい」
「明日からのことについて、お話ししなければならないことがあります。会議の後か、明日の朝にお時間をいただきたいのですが、どちらがいいでしょう?」
 ベイリーは手を止めてを見た。
「失礼ですが、艦長。それは小官しか知る必要のないことですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「それなら、このメンバーでミーティングを行ったほうがいいのではないでしょうか」

 は沈黙したが、それは気分を害したからではない。
「……その通りですね。すみません。わたしの考えが及びませんでした」
「こちらこそ、失礼いたしました」
「いいんです。こういうことこそ、言っていただきたいので」
 は意識して微笑む。
「ただ、会議後のミーティングでは定時を過ぎるでしょう。宇宙に出るわけですし、本来なら明日が休みだったわけですから、艦長のお身体が心配です」
 ここでこういうことを言い出すのはたいていがペトルリークなのである。先ほどの執務室とほぼ同じ会話が繰り返されたので、は苦笑いした。
「出発が10時くらいの予定なので、朝いちばんに集まってミーティング後に宇宙港へ移動しても、時間的には充分間に合います。ただ、みなさんは一度ここに来ていただく必要があるので、ちょっと面倒かもしれませんが」

「……艦長。そのミーティングには機密事項があるわけではないのですよね? 別にここに来なくても、メイヴの艦橋か会議室で簡単にミーティングをするわけにはいかないのですか?」
 おそるおそるこう言ったのはノールズであり、は絶句した。
「ノールズ少佐のおっしゃる通りです。確かに、ミーティングはここでなくてもいいですね」
「早めに宇宙港に行って、朝食会でもしますか」
「あ、賛成です」
 ハールマンが朗々とした声で言い出し、ノールズがすぐに声をあげる。
「小官も賛成いたします。そうすれば、艦長も今日は早くお帰りになれますし、明日も少し遅く出られますよ」
「……みなさん、お気遣いありがとうございます。では、そうしますか」
 こういうときはが決断しないと物事が決まらないのである。
「では、何時に集まります?」
 ノールズの問いかけに、は首をかしげた。

「8時半……だと早すぎますか? 9時だとちょっと慌ただしい気がするのですが」
「そうですね。10時に集合ならともかく、出発ですし」
「8時半でゆっくりしたほうがいいでしょう」
 またハールマンがそう言ったので、は力強くうなずいた。
「分かりました。では8時半に軍用ゲートで」
「かしこまりました」
 そう言って同意する部下たちを見ながら、はベイリーを見た。
「ベイリー少佐もそれで構いませんか?」
「はい、もちろんです」
「……よかった」
 はずっと沈黙しているベイリーが気になっていたのである。素直にホッとして、また微笑んだ。
「では明日、よろしくお願いしますね」


 そして翌日。ハールマン提唱の「朝食会」で、はアッテンボローやラオと話し合ったことをメイヴの幹部たちに説明した。
「アッテンボロー少将はずいぶんと艦長のことを気遣ってらっしゃるのですね」
 ハールマンがそう呟く。こういう反応が出るのは予想していたので、は表情を変えずに済んだ。
「ええ。ありがたいですが、いささか過剰と思わなくもないです」
「何しろ少将は前の艦長と性格的に合わなくて、ずいぶん苦労してらっしゃる様子でしたからねえ」
「……わたしも、その話はいろいろと聞いています」
 は苦笑いした。

「というわけで、ベイリー少佐はラオ中佐と一緒に責任者になっていただきます。個人的には、別にずっと二人一緒に艦橋に詰めていなければいけないとは思っていません。その辺りの分担は直接ラオ中佐と話し合っていただけますか?」
「……かしこまりました」
 ベイリーが緊張気味なので、は首をかしげる。
「どうかしました?」
「いえ、何でもありません」
「ラオ中佐は穏やかな方ですから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。別に、査定ではないですから」
「……そうですね」
 ベイリーがようやく表情を和らげたので、はホッとしたものだ。
「ではみなさん、よろしくお願いいたします」


 「朝食会」を終えた5人がメイヴに乗り込む。艦橋に直行する者、居住区内の私室に行く者とそれぞれだったが、はそのまま艦橋に向かった。幹部ではない部下たちも続々と来て、出航の準備を整えている。そのうち、アッテンボローがやって来た。
「おはよう」
「おはようございます、アッテンボロー提督」
 は敬礼してアッテンボローを迎えた。艦橋にいる乗員たちも、一斉にに倣う。
「点呼をしてくれ。人員が揃ったら出発する」
「はい」
 そううなずくと、はハールマンを見た。数分間で答えが返ってくる。
「各部門、異常なし。人員も揃っております」
「よし、では出発だ」
「かしこまりました」


 10時ちょうどに、戦艦メイヴを旗艦とした小集団はイゼルローン要塞を出発した。
「分艦隊司令官アッテンボロー少将だ。これから、第三種配備でイゼルローン回廊を抜けて同盟領内を航行する。目的は宇宙海賊の検束けんそくと、キャゼルヌ少将の乗った輸送艦の護衛だ。各自、気を抜くことのないように」
 アッテンボローは司令席でそう言ってから、階下のを見た。それにうなずき、インカムのスイッチを入れる。
「戦艦メイヴ艦長の中佐です。これから、航行上の指示を出します」
 偵察艇を先行させて情報を収集、異常があったら速やかに母艦ならびに旗艦に報告するように。砲艦と駆逐艦は半数が偵察艇に同行すること。残りの半数は戦艦と一緒に航行すること。
 どれもごく基本的な事項である。は意識して穏やかに、ゆっくりと話した。
「それでは、よろしくお願いいたします」


 航行が始まって比較的すぐ、は肩を叩かれる。
「……提督」
「しばらくおれが見てるから、食事休憩してくるといい」
「でも……」
「いいって。艦長が食事をしないほうが心配だ」
「……ありがとうございます」
 は素直に席を立ったが、こんな状況で長々と食事ができるはずもない。20分ほどで艦橋に戻ると、ちゃっかり艦長席に座っていたアッテンボローは笑った。
「早いな。もっとゆっくりしてきていいのに」
「提督に代わっていただいているのに、そんなことはできません」
 艦橋を見渡すと、部下たちはやはりどこか緊張気味である。
階上部分うえの司令官席に行かれないのですか?」
「ああ、今のおれは艦長役だからな。それに……」
 アッテンボローが一度言葉を切った。
「指揮を執るときはしょうがないけど、それ以外はあんまりあの場所に行きたくないんだよ」
 は首をかしげる。
「なぜです?」
「乗員のみんなを見下ろしたくない。自分は偉いんだって勘違いしそうになるから」
「…………」
 意外な言葉にが沈黙すると、それを見たアッテンボローが笑う。

「艦長が最初に言ってただろ? 戦艦は一人で動かすことはできないって」
「……はい」
「正直に言うと、今までのおれはその視点が完全に欠けてた」
 気がつけば、艦橋は静まり返っていた。
「うまい具合に人も入れ替えたし、これからはもう少しみんなを大事にしようって思ったのさ。大事なことに気づかせてくれてありがとう、艦長」
 さすがには赤面する。
「いえ、小官はそんなつもりで言ったのではありませんが」
「分かってる」
 はアッテンボローしか気づかない程度に小さく首を横に振った。すなわち「これ以上はやめろ」である。それを見てアッテンボローは苦笑いし、うなずいた。
「ありがとうございました。提督もお休みください」
「そうだな」
 アッテンボローは艦長席から立ち上がり、代わりにが座る。
(これだけ階級が違うのに……)
 一つの椅子に交替で座っているのが、どこか不思議な気がした。


 そして18時、は責任者をラオとベイリーに交替する。
「お疲れさまです、艦長。ごゆっくりお休みください」
「ありがとうございます。日付が変わるくらいまでは起きていますから、何かあったら遠慮なく呼んでくださいね」
「かしこまりました」
 には、ベイリーの様子は普段通りに見える。落ち着いたならさほど心配はなさそうだ。
「ラオ中佐も、よろしくお願いいたします」
「ええ、お任せください」
 は微笑み、艦長席を立った。


 艦橋を出て向かったのは士官食堂である。アッテンボローは睡眠中でラオやベイリーは責任者をしているので、はいつもの席に一人で座った。
(考えてみれば、ここで一人で食事をするのって初めてだわ)
 食欲は相変わらずだが、食べられないことはなさそうだ。顔見知りのスタッフに少なめとオーダーして、軽く眼を閉じる。
「お待たせいたしました。艦長、大丈夫ですか?」
「……ありがとうございます。お気遣いいただいてすみません」
 誰かが来たら気配で分かるかと思ったのだが、そうではなかったようである。
「いえ……。無理なさらないでくださいね」
「気をつけます」
 は苦笑いした。


 食事を終えると艦長室へ向かう。そういえばこちらも本格的に使うのは初めてだ。バイオメトリクスでロックを解除して部屋に入り、とりあえず、ソファではなくベッドに腰を下ろす。
(メイクを落とそうかしら)
 何も――それこそ宇宙海賊出現やその他の不測の事態がなければ連絡は来ないのである。
それに、もし連絡が来ても、例えばアッテンボローなどよりも支度に時間がかかることは部下たちも承知しているはずだ。だからと言って身支度にそう時間をかけるつもりもないが……。
(いいわよね)
 誰に言うでもなくそう思い、は赤面した。戦艦の中とはいえ、ここは完全なプライベート・スペースである。ここで緊張を解かなければ、あとは戦艦を降りるまで緊張し続けなければならないだろう。
(さすがに、それは無理だわ)
 は立ち上がり、洗面所に向かった。

 メイクを落として髪をほどくと、それだけで少しホッとする。
(カフェインのないコーヒーが飲みたいなあ。今度、持って来なきゃ)
 もしかしたら食堂にあるかもしれないが、何しろここは戦艦である。補給物資を積むスペースには限りがあり、嗜好品よりも必需品が優先されるのは当然だった。となれば、個人のものは個人で用意すべきだろう。
(えーと、日付が変わるくらいまでは起きてたほうがいいんだっけ)
 ある程度とはいえ寝る時間までシフトで決められているのは窮屈だが、は生活リズムの調整がないだけ恵まれているのだ。
(お風呂……にはまだ早いし)
 初めてだからやむを得ないのだが、どうにも手持無沙汰である。疲労もそれなりに感じているので、これから要塞防御システムに取りかかる気にもなれない。

(どうしよう)
 が軽く息を吐いたとき、端末が振動した。何かあったかと身構えたのだが、ディスプレイに表示されたのは恋人の名前である。
「……はい」
『おれだ。今大丈夫か?』
「うん、艦長室にいるから」
『そうか。じゃ、これから行ってもいいか?』
「いいわよ。見ての通り、メイクは落としてるけど」
 その言葉にアッテンボローが笑う。
『そんなこと、おれには大した問題じゃないよ。じゃ、ちょっと待っててな』
「ええ」


 アッテンボローの「ちょっと待ってて」は文字通り本当に少しなのである。が待っていたのはせいぜい10分ほどだった。家と同じようにチャイムが鳴って、訪問者がモニターに表示される。
「お邪魔します」
「どうぞ」
 手元の端末でロックを解除し、アッテンボローを迎え入れる。このドアは「閉まっているが施錠されていない」状態は存在しない。ドアを開けるためには、バイオメトリクスに登録された本人か、部屋の中の人物が迎え入れる必要があった。もちろん、この仕組みはアッテンボローの司令室も同様である。

「ダスティが起きるにはまだ早くない?」
「さすがに夕方からぐっすり寝れないよ」
「……ごめんなさい」
「いいって」
 二人がけのソファに並んで座ると、アッテンボローはを抱きしめた。
「戦艦の中でも、こうできてうれしい」
「……ダスティはこうするためにわたしを艦長にしたんじゃ」
 がそう言うと、アッテンボローは肩をすくめた。
「それは理由の一つではあるけど、さすがに全てじゃないぜ」
「分かってます」
 苦笑いするの頬に、いつものように唇を寄せる。

「そうだ、に聞こうと思ってたんだ。もしが寝てる間に宇宙海賊が出てきて、おれが知らせないまま全部処理したら怒るか?」
 その言葉に、は首をかしげる。
「わたしが起きたら全部終わってて、『宇宙海賊が出てきたけど処理した』って事後報告されるってこと?」
「ああ」
「怒るに決まってるでしょ」
 は呆れてそう言ったのだが、アッテンボローはその返答を予想していたようだった。

「やっぱりそうか、ならちゃんと起こす。宇宙海賊の奴ら、どうせならおれが責任者の時間帯に出てきてほしいもんだぜ」
「…………」
 はため息をつく。
「ダスティが自分から率先して深夜から未明なんて危険な時間帯を、しかも10時間も担当するいちばんの理由はそれなのね」
「バレたか」
 にやりと笑うアッテンボローに、は首を横に振った。
「どうした?」
「別に。何でわたしはこんな男を好きになっちゃったんだろって思っただけ」
「…………」
 それはの嘘偽りない本音である。

「だめか?」
「だめだって言ってもダスティはやめないでしょう?」
「そうだけど……」
 お預けを喰らった犬のようにしょんぼりする様子に、は苦笑いした。
「分かってるわよ、それくらい」
「……よかった」
 アッテンボローはもともと近い距離にあった顔をさらに近づけた。何をするか察したが目を閉じると、すぐに唇にやわらかい感触がある。何度も角度を変えて唇を重ね、息がもたなくなる直前に唇を離す。いつものことだが、は笑った。

「あんまりやると仕事したくなくなるわよ。これから責任者でしょ」
「そうだなあ。やっぱりシフトは別のほうがよさそうだ」
「ダスティが率先してやるって言ったくせに」
「……だって、が心配だったから」
 その声には愛情があふれていて、は赤面する。
「おれが起きたからな、は寝たかったら寝てもいいぜ。何なら後で艦橋に顔出してくるよ」
「ありがとう」
 はまた微笑んだ。やはり、なるべくアッテンボローかのどちらかは起きていたほうがいいのである。

「そうだ。今さらだけど、体調は?」
「今のところ問題ないわ」
「そうか、よかった」
 そう言って笑い、また唇を重ねる。
「ダスティが10時間も責任者をしてて大変だから、9時半ころには交替するわね」
「いいよ、そんなに気を遣わなくたって」
「わたしがそうしたいの」
「……ありがとう。でも、無理しなくていいからな」
「ええ」


 簡単に艦隊行動の演習を行いながら、同盟領内の航行は続く。がその通信を受けたのは、14日の責任者の時間帯ももうすぐ終わりというときだった。
「艦長、輸送船から通信が入っております」
「つないでください」
「かしこまりました」
 モニターに映し出されたのは黒眼黒髪の男性士官である。
『艦長のベニシュ少佐であります』
「お疲れさまです。戦艦メイヴ艦長、中佐です」
 が名乗ると、ベニシュは驚いた様子だった。ただ、はそういった反応には慣れている。
『予定通り、明朝にはそちらと合流できるかと思います』
「承知いたしました。引き続き、よろしくお願いいたします」
 必要なことだけを言って、は通信を切った。

「艦長、この件を全艦に通知いたしますか?」
 ハールマンの問いかけに、は少し答えをためらう。
「……でも、今は休んでいる方がいます」
 その中にはアッテンボローも含まれるのだ。よい報告とはいえ急を要するものではないので、これで起こしてしまうのはためらわれた。
「では、その方々の部屋を外して通信いたしましょう。こちらから指定すれば何の問題もありません」
「では、それでお願いいたします。休んでいる方々には……端末にメールで送るか、どなたか伝えていただきたいのですが」

「かしこまりました。ベイリー少佐には小官が伝えます」
 の予想通り、ノールズが名乗りを上げる。
「……では、ラオ中佐には小官が」
 そう言ったのはストリギンであり、は微笑んだ。
「ありがとうございます、みなさん」
 それでも、これには肝心のトップが抜けている。ハールマンは引き続きを見た。
「アッテンボロー少将にはいかがいたしましょう?」
 この問いに、は迷わずに答える。
「メールで送ってください」
「承知いたしました」


 そして、事件は15日の朝に起こった。キャゼルヌ一家の乗った輸送艦と予定通り合流し、責任者のアッテンボローが自ら通信をつなぐ。
「おはようございます。そしてお久しぶりです、キャゼルヌ少将」
『アッテンボローか、出迎えご苦労だな』
「いえいえ、他ならぬキャゼルヌ少将のためですから。ヤン提督も首を長くしてお待ちですよ」
『……そう言って、あいつはおれをこき使う気なんだろ』
「ええ、その気は満々でしょう」
 艦長席で平然と交わされる毒舌の応酬に艦橋の乗員は青くなったが、この二人にとってはこれが通常の会話なのである。
「おはようございます、みなさん」
 そのとき艦橋にの声が響き、それはモニター越しにキャゼルヌの耳にも届いたようだった。

『ん? 今の声はか?』
「そうです。呼びましょうか」
『ああ』
 アッテンボローは艦橋の入口を見た。
「艦長、ちょっと来てくれ。ちょうど今、キャゼルヌ少将と通信がつながってるんだ」
「かしこまりました」
 は微笑んでモニターの前にやってきた。
「おはようございます、キャゼルヌ少将。ご無沙汰しております」
『久しぶりだなあ、。しばらく見ない間に、お前さんはずいぶんきれいになったじゃないか。さては男ができたな』
 相変わらずキャゼルヌの言いようには遠慮がない。それはいいのだが……。

「あの、キャゼルヌ少将……」
『おれが何も知らないとでも思ったのか? ずいぶん昔から知ってるよ、お前さんたち二人のことは。よかったなあ、長年の片思いが実って』
「キャゼルヌ少将、ここは戦艦の艦橋です……」
 は顔を真っ赤にしてそう呟く。それを聞いたキャゼルヌは沈黙し、一瞬の後、まぎれもなく狼狽した。
『す、すまない。つい……』
「とりあえず通信を切りますね、すいません」
 アッテンボローは素早くそう言って、キャゼルヌの返事を聞かないうちに通信を切った。
さてどうするかと考えたところでストリギンと目が合う。いいのか悪いのか分からないが、
今は艦橋にメイヴの幹部と分艦隊幕僚が勢ぞろいしているのだ。傍らのを見ると、先ほどと同じように真っ赤になって俯いている。


 こうなったら腹を括るしかない。アッテンボローが覚悟を決めたとき、ベイリーが口を開く。
「そうかもしれないと思っておりましたが……。確認させてください、アッテンボロー少将。今のキャゼルヌ少将のお話は事実ですか?」
「事実だ。おれは艦長――中佐と交際している」
「艦長も、間違いありませんね?」
「……はい」
 はごく小さな声でそう答えた。
「いい機会だから言っておく。おれが艦長に中佐を推薦したのは事実だが、旗艦の艦長はおれの一存で決められるものじゃない。当然だが、同盟首都ハイネセンの統合作戦本部から許可をいただいてある。実際、中佐が艦長にふさわしい能力と人柄なのは、みんなも分かってるはずだ」

 アッテンボローは一度言葉を切った。
「それでも、おれたちが交際してることについていろんな意見があるだろう。反対する者は、今すぐここで名乗り出てくれ」
 艦橋は静まり返ったが、どこからか小さな声が聞こえる。
「え、おれは艦長のこと狙ってたのに」
 あるいは冗談だったのかもしれないが、アッテンボローにとっては完全に聞き捨てならない言葉である。

 ごく小さな声でささやき、が顔を上げると、すぐに抱きしめて唇を重ねる。
「…………!」

 はあまりのことに身体を硬直させたが、それでも、目を閉じた。今まで何回もされているように角度を変えて何度も唇を貪られ、息が続かなくなる直前にようやく唇が離れる。
(…………)
 当然ながら、艦橋中から痛いほど視線を感じる。ただ、このまま黙っているのも癪なので、は右手を延ばしてアッテンボローの顔に触れた。意図を測りかねて軽く首をかしげるアッテンボローの左頬をむにっとつかんで引っ張る。
「…………」
 ただ、それはごく短い時間だった。すぐには手を離し、改めてアッテンボローの背に腕を回して頬を胸に押しつける。アッテンボローはそんなの頭をベレー帽ごしに撫でてから、表情を改めた。


「これでもまだあれこれ言う奴はいるか? 言っておくが、これから艦長を口説く奴はおれに喧嘩を売ってるとみなすからな」
(……そんなこと、ここで言わなくてもいいのに)
 だいぶ気持ちは落ち着いたが、それがの本音である。
「小官はずっとお似合いだと思っていました。いいじゃないですか」
 そう声を上げたのはペトルリークで、は心底ホッとしたものである。やはり、こういうことは最初の反応が物を言うのだ。
「同感です!」
「やっとアッテンボロー少将にも春が来ましたか。よかったですね」
「…………お前さんたち、おれをそんな目で見てたのか」
 口笛と拍手まで聞こえてくる中、こんな声が飛ぶ。

「艦長! もし少将と別れても、艦長は辞めないでくださいね」
「別れるわけないだろ!」
 アッテンボローがとっさにそう言い返すと、また笑い声が起きる。それはいいのだが、問題はだった。
「……大丈夫か?」
「もうすぐ交替の時間だけど、ごめんなさい。一度、艦長室に戻らせて。このままじゃ……」
「分かった。おれもすぐ行くから」
「ありがとう」
 はそう言って足早に艦橋を出た。それを見て、アッテンボローもベイリーに近づく。
「悪いが、少しだけここを頼む」
「かしこまりました」





 
とうとう交際が露見するの巻。でも、こういう場面ほど
書いていて楽しいのはなぜなのでしょう……(笑)。
2019/7/12up
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