06

 二人は相変わらず話し続けている。
「ちなみに、その口コミネットワークでおれのことは何て言われてるんだ?」
 念のためと思いながらおそるおそる聞くと、ようやくも笑った。
「何しろ20代で将官になるんだもの、全体的な評判は悪くないわ。実際にどういう人か聞かれたこともあるし」
「……で、何て答えた?」
「用兵家としての資質は確かだけど、権威に反発するのが生き甲斐だから、相当に上司を選ぶタイプで、つまりはパートナーとして選ぶのも同じくらい博打だって。ついでに、とっても個性的なお父さまとお姉さまが3人いるって言うと、たいていは興味を無くすわね」
 さすがに付き合いが長いだけあって、その説明はアッテンボローのことを過不足なく的確に説明していた。

「その程度でよかった……」
「まあね、わたしが自分からライバルを増やすようなこと言うわけないわ」
 はそう言って肩をすくめたが、その顔は赤い。
「……いや、でもうちの姉ちゃん3人はともかく、くそ親父が曲者なのは事実だぞ。何しろおふくろと結婚したいばっかりにまだ見ぬ息子の将来を売ったんだから」
「そうだったわね」
 は笑ったが、アッテンボローはふと表情を改める。


「そうだ。旗艦の艦長の件、参考までに何に引っかかってたか教えてもらえるか?」
 それは、アッテンボローがぜひとも聞いておきたいことだった。
「……同盟首都ハイネセンに着くまでいろいろ話してたけど、けっこうどうでもいい話もしてたわよね?」
「ああ」
「それなのに、何でこんなに大事なことを辞令の場で突然言われなきゃならないのかって思ったのがいちばんね。わたしの意志が無視されてるって言うか、頭から賛成するって決めつけてるじゃない」
「……やっぱりそうなのか」
 何気ない呟きに、が顔をしかめる。

「やっぱりって何よ」
「ラオ中佐に事情を話したら、そうじゃないかって言ってたんだ。気づいてて無視したとか、おれが強行突破したわけじゃない」
 その言葉に、は小さく息を吐いた。
「あとは、中佐になったばかりのわたしにいきなり分艦隊の旗艦の艦長が務まるのかっていう不安と、それから……」
 ここまでは、アッテンボローの(より正確に言えばラオの)予想の範囲内である。
「事実はどうあれ、わたしが個人的な関係で重要なポストについたようにも見えるもの。ダスティが情実人事をしたって批判されないかも心配だわ」
「そこまで考えてたのか……」

 はふと首をかしげた。
「そういえば……今までメイヴの艦長だった人はどうなるの? 他の戦艦に異動?」
 それは当然の疑問だった。
「あ、それを言ってなかったな。前の艦長は体調不良で予備役編入を希望したんだよ」
「……そうなんだ」
「正直に言えば、ちょうどよかった」
 アッテンボローは真顔でそう言ったのに対して、が首をかしげる。
「じゃ、わたしはその艦長に代わってメイヴの艦長になるの?」
「そのつもりだ。もしおれが今後他の戦艦に乗り換えることがあっても、だけは絶対に連れて行く。そのために艦長に迎えるんだから」

  力強い宣言に、は赤面した。
「分艦隊の幕僚みたいな扱いね」
「先輩にも伝えておくよ。たぶん、だめとは言わないと思う」
 そう言った後、ふと思い出したことがある。
「無事に艦長も決まったことだし、統合作戦本部に通信しないと。それに、メイヴが今どうなってるのかも確認だな」
「ええ、よろしく」

 そう言ってから、アッテンボローはあることに気づいた。
「そうだ、先輩におれたちが引っ越ししなかったことを話したら、何と先輩自身も同じだった」
 はその言葉に目を見張る。
「おまけに、このことはあんまり人に言わないよう口止めされた。意外とと似たような考えなのかもしれないぞ」
「……そうなんだ」


 はうなずき、ふと表情を改めた。
「そうだ、ダスティ。わたしも言おうと思ってたんだけど」
「何だ?」
「今回のことを見る限り、あなたはもしかするとちょっと早く出世しすぎたのかもしれないわね。もしかして、他にも上手く行ってなかったことがあるんじゃない?」
 率直な指摘だったが、決して不快ではなかった。実際、その通りなのである。
「……否定はしないよ」

「全力で走るのは悪いことじゃない。でも……だからこそ見えなくなってしまう部分もあることは、忘れないで」
「ああ」
 アッテンボローはまたを抱き寄せた。
「気づいたことは遠慮なく言ってくれ」
 至近距離にあるアッテンボローの顔を見上げながら、が悪戯っぽく笑う。
「わたしの言うこと、ちゃんと聞いてくれる?」
「うーん……。それは正直、内容次第だけどな。でも、頭ごなしに否定はしないよ」
「ありがとう」


 やがては口に手を当てて小さく欠伸をした。
「日付、変わったわね」
「そうだな」
「……誕生日おめでとう、ダスティ」
 アッテンボローがいちばん感動したのは、この瞬間だったかもしれない。
「覚えててくれたのか……。ありがとう」
「うん。こんなことになるとは思わなかったから、何も用意してないけど……」
「いいよ、そんなの」
 話している間にすっかり薄まったウイスキーグラスをテーブルに置き、の顔のあちこちに唇を寄せる。

「くすぐったいわ」
「悪い、我慢してくれ。でも、間違いなく最高の誕生日だ」
「まだ始まったばっかりじゃない」
「……そうだな」
 至近距離でを見つめながら、耳元でささやく。
「眠いなら部屋に戻るか?」
「嫌、もっとこうしてたい」
「おれもだ」
 そう言って、また唇を重ねる。もう何度目かも分からない。の腕が遠慮がちにアッテンボローの背中に回されるだけで、ものすごい幸福感に満たされた。
「……愛してる、
「ありがとう。わたしも……愛してるわ」


 そんな話をしているうちに、いつの間にか二人とも眠ってしまったらしい。アッテンボローが目を覚まして時計を見ると、標準時でもうすぐ6時になるころだった。同じソファに座ったままのもまだ眠っている。
(……結局、部屋に戻らなかったな)
 まさか巡航艦の船室に「朝帰り」することになるとは思わなかった。できればも、同室者が寝ている間に部屋に戻りたいところだろう。
(いや)
 無防備な寝顔がひどくあどけなくて、いつまでも眺めていたいと思う。
(……でも、そういうわけにもいかないよなあ)
 理性と感情が必死で戦っているとき、士官クラブガンルームのドアが開いた。

「おはようございまーす。アッテンボロー少将、朝からこんなところで何を……」
 なぜかポプランが姿を現し、そこにいるアッテンボローとを見て硬直した。
「アッテンボロー少将、中佐を襲ったんですか!?」
「違う!」
「じゃ、合意の上ですか!?」
「どさくさに紛れて変なこと聞くんじゃない」
 誰が聞いているわけでもないが、ここでポプランのペースに巻き込まれたら負けである。アッテンボローは気を取り直し、なるべく優しくの肩を叩いた。


 さすがに物音に気づいたがうっすらと目を開くが、とろんとした目でわずかに首をかしげる。その様子もひどくあどけないのだが……。
中佐はどうやら寝起きが悪いらしい。でも、とてつもなくかわいいですね」
 にやにや笑うポプランを思い切りにらみつけ、アッテンボローは本格的にを起こしにかかった。
、残念だけど起きてくれ」
「ダスティ……?」


 強めに名前を呼ぶと、は花が開くように微笑んだ。それにアッテンボローが見とれたのもつかの間……。
「ダスティ、大好き」
「…………」
 言うだけでなくぎゅっと抱きつかれて、思わず天を仰ぐ。
「いやあ、朝から見せつけてくださいますなあ」
 ポプランがそう言ったとき、ようやくは状況を理解したようだった。いつもの理知的な光が瞳に徐々に濃度を増し、ある水準に達すると、すぐに両腕を離してうつむく。その顔はこれ以上ないくらい真っ赤だった。

「ポプラン少佐」
「何でしょう」
「改めて言っておく。見ての通り、中佐はおれの恋人だ。今後、手出しは許さん。ついでに、今のことは口外しないように。吹聴されるとの名誉に関わる」
「……分かりました」
 アッテンボローが本気なのが伝わったのか、ポプランは思いのほか素直にうなずいたものである。アッテンボローはやや語調を緩めた。
「悪いが、出ていってくれ」
「はい」

 士官クラブガンルームのドアが閉まると、は改めてアッテンボローの胸に顔を押しつけた。相変わらず、顔は赤い。
「……ごめんなさい」
「いや、おれもちょっと油断した。まさかポプランがここに来るとは」
 そう言いながら、を抱きしめ、髪を撫でる。
「でも、うれしいよ」
「何が?」
 アッテンボローの腕の中では顔を上げた。
「半分夢の中でも、おれのことを大好きって言ってくれたからさ」
「……そんなこと言ったんだ、わたし」
「覚えてないのか」
「何となくしか……。ごめんなさい」
「謝るなって」
 は黙った。

「これから士官食堂に行くのよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「……恥ずかしいわ」
「気持ちは分かるけど、おれたちは知られて恥ずかしいことしてるわけじゃないぜ」
「それはそうだけど……」
 どこか気持ちの整理がつかないに、アッテンボローはあえてこう言った。
「これで堂々とはおれの恋人だって言えるからな。近づいて口説く奴は全部まとめておれが撃退してやる」
 勇ましい宣言を聞いたは赤面する。
「……先に士官食堂に行ってて。部屋でメイクをし直して来るから」
「ああ」
 アッテンボローは笑い、またに唇を重ねた。


 ソファから立ち上がる前に何気なく端末を確認すると、アッテンボローが顔をしかめる。
「どうしたの?」
「くそ親父から通信が来てる。そうか、誕生日だからか」
 そう言った後、迷わずに端末を操作した。
「……伝言、聞かないの?」
「ああ。大事な用件ならまたかけてくるだろうから、そうでない限りは消すことに決めてるんだ」
「…………」
 何とも微妙な父子関係である。


 か部屋に戻ると、ルーデル少尉は既に起きて身支度を整えているところだった。
「おはようございます。お帰りなさい」
「……おはよう」
 何気ない挨拶なのに、つい赤面してしまう。
「よかったですね」
「え?」
「約束っておっしゃってましたけど、きっとお相手は男性だろうなって勝手に思っていました。それに、楽しく過ごされたのでしょう?」
「……ええ、まあ」
「ですよね。そうでなかったら、とっくに部屋に戻ってきているはずですから」
「…………」

 この洞察力の鋭さは何なのだろう。それとも自分が単純なだけなのかと、はつい真剣に考え込んだ。
「お相手がどなたなのか、うかがってもよろしいですか」
 それはむしろ昨日聞かれなかったのが不思議なくらいである。
「紹介するから、一緒に士官食堂に行きましょう。でもその前にメイクをし直したいの、ちょっと待ってもらえる?」
「もちろんです」


 一方、アッテンボローももちろん自分の船室に戻っている。
「アッテンボロー少将、あの……」
「ポプランが来たか」
「来ました」
「きっとないことないこと言ったんだろうが、おれは断じてそんなことしてないからな」
 アッテンボローがそう言うと、ラオは首をかしげたものである。
「その前に確認させてください。中佐とは……」
「……ラオ中佐のおかげで上手く行った。心から感謝する」
「それは何よりです。では、旗艦の艦長の件も……?」
「ああ。無事、承諾してくれたよ」

 ラオは一人うなずいた。
「でしたら、ポプラン少佐の言うこともさほど気にせずともよいのではありませんか」
「ん?」
「あの勢いでポプラン少佐か艦内に触れ回れば、少なくともこの駆逐艦の中で中佐を口説こうとする人はいなくなるでしょう。あまり躍起になって否定すると、かえって中佐を傷つけるかもしれませんよ。少将も、いつまでも否定し続けるわけでもないでしょうし」
「なるほど、それもそうだ……って、おい」
 ついうっかり肯定してしまい、アッテンボローは赤面した。穏やかそうに見えて、なかなかの喰わせ者である。
「今はいいけど、中佐の前でそういうことは言わないでくれよ」
「もちろん、心得ております」


 その日、士官食堂にはようやく1人の将官と4人の佐官、それに1人の尉官が揃った。本来ならば初日に交わされるはずの挨拶と自己紹介が飛び交う。
「というわけで、中佐はおれの恋人だ。普通じゃない言動をするかもしれないが、断じてセクシャル・ハラスメントではない」
 その言葉に、が笑いをこらえる。
「おれにとっては笑いごとじゃないんだぞ、
「失礼いたしました」
 そう言ってから、ふと真顔で問いかける。
「それから提督。他に人がいるとき、小官は今まで通り敬語を使用いたしますので、ご了承いただけますか」
「……やっぱりそうか」
「当然です」
「分かった。正直に言えば残念だけど、確かに区別はつけなきゃな」
「ありがとうございます」
 は微笑んだ。そんな事務的なやりとりでさえ、明らかに今までとは違う。アッテンボローにはそれがたまらなくうれしい。

中佐、本当にアッテンボロー少将でいいんですか」
「……はい」
「ポプラン、おれの目の前でよくそんなことが言えるな」
 ポプランはそんなアッテンボローをちらりと一瞥したが、口にしたのは別のことである。
「昨日もう分かったかもしれませんが、そうでないなら覚悟したほうがいいですよ。何しろアッテンボロー少将は正真正銘の……」
「だまれ」
 思いのほか強い語調なので、は首をかしげてアッテンボローを見た。ポプランが何を言おうとしたのか、まったく見当がつかない。
「おれはいつでも中佐を歓迎しますからね、どうかご遠慮なく」
「……いえ、遠慮します」

「さっき言いかけたことは、アッテンボロー少将がいないときに詳しくお話ししますよ」
 そう言って意味ありげに笑う。
「いい加減にしろ」
「……はーい」
 相変わらずには二人が何を想定しているのか、まったく分からない。ただ、ポプランもこの話題を続けるのは危険だと悟ったようだった。
「ちなみに、アッテンボロー少将は何と言って告白したんです?」
「言わなくていい」
「……言いませんよ、さすがに」
 は苦笑いした。

「食事が終わったら、統合作戦本部に通信してくる。その後、一緒に人事の相談をしよう」
「かしこまりました」
「あの……」
 がそう答えたとき、ルーデル少尉が声を上げる。
「どうしたの?」
「こんなところで申し訳ありません。小官も、戦艦メイヴに乗艦させていただけないでしょうか。中佐のもとでいろいろ勉強したいんです」
 思いがけない申し出に、はアッテンボローを見た。

「……こういう場合はどうすればいいのでしょうか、提督」
「とりあえずルーデル少尉の経歴を統合作戦本部から送ってもらって、その上で検討すればいいんじゃないか?」
「なるほど」
 はそう言ってルーデル少尉に向き直った。
「少し時間をちょうだい。気持ちはとてもうれしいわ」
「ありがとうございます……!」
 アッテンボローは改めて一同を見渡した。
「というわけで、日中は士官クラブガンルームに来ないように」
「……はーい」


 その言葉通り、アッテンボローは巡航艦の通信設備を借りて同盟首都ハイネセンの統合作戦本部に通信をつないだ。
「お疲れさまです。小官の旗艦の艦長の件ですが、中佐が承諾してくれました」
 画面の向こうのクブルスリーが興味深そうにアッテンボローを見る。
『ほう、どうやって口説き落としたのかね?』
「それは企業秘密でお願いします。ついでに、旗艦も引き続きメイヴを使いたいんですが、今どうなっているかご存じですか」
『早く知りたいかね?』
「ええ、できれば」
『少し待ちたまえ』
 クブルスリーはそう言って副官を呼び、メイヴについて調べるように言った。

『同じ巡航艦に中佐が乗っているのか?』
「はい」
『では、伝えてほしいことがある』
 そう前置きして伝えられたのは思いがけないことで、アッテンボローは笑った。
「かしこまりました、確かに伝えます。きっと中佐も喜びますよ」
 最後の一言はいささか余計だったかもしれない。その他に必要事項を話しているうち、先ほどの副官がまた姿を現し、クブルスリーにメモを渡す。
『戦艦メイヴはドッグで補修を終えて、もうイゼルローンへ向かっているようだ。おそらく、きみたちよりも少し遅れるくらいのタイミングで到着するだろう』
「ありがとうございます!」
 それは、紛れもない朗報だった。


 アッテンボローが巡航艦の通信設備を借りに行くのを見て、はこっそりアッテンボローとラオの船室を訪れていた。
「ラオ中佐、いろいろとありがとうございました」
「……小官は何もしていませんが」
「そうですか? 提督が、ラオ中佐からアドバイスをもらったと言っていましたが」
「まあ、大したことでは……。それに、小官が何もしなくても、いずれお二人はこうなっていたでしょう。小官はそれを少し早めただけです」
「……それでも、感謝いたします」
 は微笑んだ。

「昨日、本人にも言いましたが……。おそらく、アッテンボロー提督は少し早く出世しすぎたのです。用兵術は申し分なくても、その他に足りないところがたくさんあるように、わたしには思えます。飛び級した子どものように、発達がアンバランスだと言うか」
 落ち着いてそう言うと、ラオがうなずく。
「……そうかもしれませんね」
「それでも、本人が聞く耳を持っているのが救いです。わたしも気をつけますが、ラオ中佐も気づいたことは遠慮なく本人に伝えていただけませんか」
「承知しました」

 異論はない。ごく素直にそう言って、改めてを見る。
「アッテンボロー少将は公私ともに実によいパートナーを見つけられましたな」
 は赤面しながらも微笑み、ラオはそれを好感を持って眺めた。
「……わたしもご期待に沿うよう、努力いたします。それから、このことは提督に内緒にしていただけますか」
「もちろんです」
「では、今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」


 戦艦が決まれば、次に行うのは人事の相談である。アッテンボローが士官クラブガンルームに行くと、そこにはもうがいた。
「お疲れさま」
「ああ」
「コーヒーでも飲む?」
「そうだな」
 は微笑んで立ち上がり、カウンターの内側に向かう。コーヒーメーカーに豆をセットしてカップを用意している様子が、ひどく微笑ましい。

「クブルスリー大将から伝言がある」
「何?」
「オークⅠ号の乗員が、ぜひまたの下で戦いたいって言ってるそうだ」
「へえ……」
 は目を見開く。実際、それはうれしい驚きだった。
だって艦橋に知ってる部下がいるほうがやりやすいだろう? さすがに全員は無理だけど、主要メンバーはメイヴに引っ張ってこようぜ」
「うん」
 コーヒーが出来上がり、がカップに淹れて持ってくる。

「どうぞ」
「ありがとう。それから、言っておかなきゃいけないことがある」
 アッテンボローは改めてを見た。
「メイヴの前の艦長はダンメルス中佐って言うんだけどさ。はっきり言えば、何で旗艦の艦長になったのかさっぱり分からない奴だったんだ。噂によると、どこかの司令官の親戚だとか」
 アッテンボローはごく真面目にそう言ったのだが、は笑う。
「わたしについて、何か悪いことを言われたのかと思ったわ」
「悪い、それは大丈夫だよ」
「……今のところはね」

 アッテンボローはその言葉に苦笑いしたが、すぐに表情を改める。
「話を戻すな。そのダンメルス中佐は予備役に編入したからもうメイヴにはいないんだが、奴の取り巻き連中がまだ残ってるんだ。だから、この際まとめてばらばらに他の戦艦に異動させようと思ってる。残しておいたら、まず間違いなくの粗捜しをするから」
 は笑った。
「そんなことしていいの?」
「いいさ。おれがを艦長にしたんだし、正直なところ、奴らが残ってるとおれもやりにくいんだよ」

「今までも?」
「ああ。いちばん気になったのが戦術の理解の浅さでね。アムリッツァのとき、何回も注意しなきゃならなかったんだよ」
「……そうだったのね」
 あの激戦の中で、そんなことがあったとは思わなかった。
「わたしはダスティのやろうとする戦術をちゃんと理解できるかしら」
「不安なら言ってくれ。つきっきりで、懇切丁寧に、理解するまで手取り足取りちゃんと教えるから」

 わざと言葉を区切りながら言うと、は苦笑いした。
「……ありがとう」
「でも、ならそこまでしなくても大丈夫だと思うけどなあ」
「だといいけど」
「おれは決めたんだ。司令部に遠慮してやりにくさを感じるくらいだったら、遠慮せずに自分のやりやすい環境を選ぶ」
「権力の正しい使い方ね」
「だろ?」
 アッテンボローとは顔を見合わせて笑った。


 こうして、アトラスⅤ号は刻一刻とイゼルローン要塞へ近づいている。






2019/4/16up
←Back Index Next→
inserted by FC2 system