07

「じゃ、本題に入るか」
 アッテンボローは端末を操作して、メイヴの艦橋を表示した。
「とりあえず、この辺りの席はまとめて空く予定。この際だから、ついでに各部門の責任者も新しく任命しよう」
 はもう笑わなかった。
「責任者って言うと……」
「最低でも、副長・機関長・砲術長・通信長の4人。この4人とはオフィスも一緒だから」
「分かったわ」
 そう言っては考え込む。
「……でも、艦橋がオークⅠ号の出身者ばかりなのも問題よね?」
「まあな。ちなみにが推薦したいのは?」
「機関長にペトルリーク大尉を」
「……そうか」

「ちなみに、わたしが特に推薦したいのは機関長だけよ」
「一応、メイヴにも機関部に所属する少佐がいるんだ」
 アッテンボローの沈黙の理由はこれである。
「そう……ね。もちろん、無理にとは言わないけど」
「うーん……」
 さすがにアッテンボローは考え込み、その様子をが不安そうに見つめる。
「……新しい艦長のたっての推薦だって言えば、何とかなるかなあ」
「いいの、そんなことして?」
 相変わらずの表情は不安そうだ。
「だいたい、今のをいきなり旗艦の艦長にすること自体がイレギュラーだからな。でも、おれが個人的に説明して何とかするよ」

「……ごめんなさい」
 はうつむいた。
「いや、気にするな。この状況で幹部全員と初対面なのはさすがにやりにくいだろう」
「ええ」
「心配するなって。これでこの話題は終わりな。ちなみに、あとおれが考えてる2人は少佐だ」
「よかったわ」
 は笑った。
「通信長はどうする?」
 改めて問いかけられ、または考え込む。
「わたしが選んでいいなら候補はいるけど、そもそもダスティが異動させる人たちをオークⅠ号の乗員だけで埋められるかしら」

「うーん……」
 その言葉に、今度はアッテンボローが考え込む。何しろ、駆逐艦と戦艦では必要な乗員の数がまったく違うのだ。
「さすがに無理だろうなあ。じゃ、ヤン先輩に言って必要な人数をメイヴに回してもらおう」
「そうね。ついでって言ったら悪いけど、責任者も推薦してもらえると助かるわ」
「そうだな」
 アッテンボローはうなずいた。ここで周りを自分の部下で固めることに固執しないのは、もはやの政治的なセンスと言っていい。

「おれの推薦する候補には後で個人的に打診しておくよ。そっちは?」
「特にいらない」
 つまり、断られることは想定していないということである。
「珍しいな、自信満々じゃないか」
「アムリッツァの後、同盟首都ハイネセンに戻ってくる間に、中佐に昇進したらオークⅠ号ともお別れだって話をしてたのよ。そのときからもう、できるならわたしに着いて行きたいって言ってくれてたから」
「へえ……」

 がそこまで言うなら腹心の部下だと言っていいだろう。
「……念のため聞いておくが、に恋愛感情を持ってないだろうな」
 は吹き出した。
「ご心配なく。もうすぐ50になるくらいで、かわいい奥さまがいるから。あれは恋人じゃなくて娘ね、完全に」
「そうか」
「ダスティは心配しすぎだわ」
「……悪い」


 それを皮切りにアッテンボローとは艦橋の人事を進め、一時間ほどの間にほぼメンバーを確定させた。
「こんな感じ?」
「ああ」
 は吐息とともにこんな言葉を口に出した。
「……艦長って大変だわ」
は今までも艦長だったじゃないか」
「駆逐艦と戦艦じゃ規模が全然違うもの。そのくらい、ダスティにも分かるでしょ?」
「そりゃそうだ」
「もう一杯、コーヒーを飲む?」
「おれがやるよ」
「ありがとう。悪いわね、ダスティはわたしの上司なのに」
 カウンターの内側でコーヒーの用意をするアッテンボローを見て、が笑う。

「いいって。いくら仕事の話をしてたって、他に誰もいないときのおれはの恋人なんだから」
 は頬を染め、困ったように笑う。
「……そうなのよね。何だかまだ信じられない」
 コーヒーメーカーに豆をセットしたアッテンボローがの隣に戻ってくる。
「それはひどいな」
 耳元にそうささやき、そのまま頬に唇を寄せる。
「どうしたら信じてくれる?」

「……ごめんなさい、実感がないの間違いです」
「同じことさ」
 我慢できずにを腕の中に閉じ込め、唇を重ねた。
「……昨日みたいにソファに行きたくなってきた」
「そうしてたら、これ以上話が進まないんじゃ……」
「それもそうか」
 コーヒーが出来上がり、そのタイミングでアッテンボローはを解放する。


 2杯目のコーヒーを飲みながら、が問いかけた。
「ダスティは前の艦長ともこういう話し合いをしてたんでしょ?」
「ああ。話し合いの最中にものすごくストレスを溜めて、終わってからめちゃくちゃに疲れながらな」
「……そうなんだ」
「何て言えばいいのかなあ、あれは……。陰険な漫才みたいだった。の言う通り、前の艦長とは明らかに上手く行ってなかったよ」
 アッテンボローはそう言って苦笑いした。
「まあ、人には相性があるからね。ダスティだけが悪いわけじゃないと思うけど」
「そう言ってもらえると救われるな。だから、こういう話し合いをストレスなくできるのは、おれにとってもすごくありがたいんだ」
「……うん」
 また頬に唇を寄せるアッテンボローには赤面したが、すぐにあることに気づいたようだ。

「ねえ、メイヴの資料って持ってる?」
「もちろん」
「じゃ、イゼルローンに着くまでにいろいろ教えてくれない?」
「かしこまりました、艦長。何でも教えてやるよ」
「ありがとう」
 はそう言って笑い、さらに口に手を当てて小さく欠伸をした。
「……失礼」
「おれしかいないんだから、別に気にしなくていいさ。眠いか?」
「うん。だって、昨日は何時に寝たかなんて覚えてないし」
「ちょっとでも長く話してたかったからなあ」
「わたしも」
 はまた赤面した。

「今からここで昼寝するか?」
「ううん、今から寝たら今度は夜に眠れなくなっちゃう。コーヒーも飲んだし」
「それもそうだ」
 はまたコーヒーカップを傾けた。
「ということは、カフェインも効かなくなってきたみたい。時間的に今日のコーヒーはこれが最後ね」
「無理するなよ」
「ありがとう。今日はちゃんと早めにベッドで寝たいの。昨日はメイクしたまま寝ちゃったから、ちょっと肌も荒れてるし」
「女性は大変だなあ」
 それはアッテンボローの本音だった。
「メイヴの個人研修は昼間だけでよろしいですか、提督?」
「もちろん。夜はここも誰かが使うだろうしな」
「……ありがとう」


 先日までとは打って変わり、不在がちになったが船室に戻ってくるのを、ルーデル少尉は栗色の瞳を輝かせながら待っていた。
「……どうしたの?」
 何となく嫌な予感がするのは気のせいではあるまい。
中佐、いろいろお話を聞かせてください」
「えーと、それは……」
「もちろん、アッテンボロー少将とのことです」
 それだけでもうは赤面した。
「最初に天敵だっておっしゃっていたのは」
「よくある話だけど、喧嘩中だったの」
 はそう前置きして、一連の流れを話した。

「でも、これはわたしの言い分だからね。提督にはきっと別に言いたいことがあると思う」
「何と言って告白されたんですか?」
 語尾にハートマークがつきそうな勢い言われ、は苦笑いした。
「……別に口止めされたわけじゃないけど、やっぱり言わないでおくわ」
「じゃ、ヒントだけでも」
 なおも食い下がられ、どう説明しようか少し迷う。
「直球だった」
「直球?」
「ええ。これ以上は勘弁して」
 そう言って小さく息を吐く。


「正直なところ、この件で中佐の印象がずいぶん変わりました」
「……そう?」
 ルーデル少尉の言葉は、にとって意外だった。
「ここで初めてお会いしたときは、ちょっと近寄りがたい方かと思っていたのですが……」
「わたしも変わってるほうだと思うけどね」
「そうですか? すごくいい意味で、普通の女性だと思います。アッテンボロー少将とご一緒の様子は見ているだけで微笑ましいですし」
「……ありがとう」

「いいなあ、私も恋人がほしいです」
 少なくとも、初対面の緊張ぶりからは想像できないほどの打ち解けようである。まあ、いいことだが……。
「何しろ軍だから、男性はたくさんいるけど……。軍人なんか恋人にするもんじゃないわよ」
中佐がそれを言わないでください」
「……うん、そう言うと思った」
 は苦笑いした。

「でも、提督はもともと軍人志望じゃなかったし」
「そうなんですか?」
 ついうっかり口を滑らせてしまい、は顔を引きつらせた。
「アッテンボロー少将っておいくつでしたっけ」
「27歳になったばかり」
「軍人になりたくなかったのに、いざなったら27歳で少将ってとんでもなくないですか?」
「そうね」
「じゃ、何でアッテンボロー少将は軍人になったんです?」
「ごめんなさい。知ってるけど、さすがにそれを言うと提督に怒られちゃう」
「……そうですか」
 これも特に口止めされているわけではなかったが、この話が広がるとアッテンボローがいい顔をしないのは間違いない。

「でも、そういえばヤン提督もそうなのよ」
「ええっ?」
 うまく話が逸れたので、は内心でホッとしたものである。
「というか、何で中佐はそんなにいろいろご存じなんですか」
「わたしはアッテンボロー提督と士官学校の同期で、ヤン提督の2年後輩なの。一応、在学中からの知り合いでね」
「じゃ、ヤン提督は何になりたかったんですか?」
「ヤン提督の進路を決める過程は誤算の連続なのよね」
 は苦笑しながら、その「誤算の連続」について説明し始めた。


 ひとまず人事が決まったので、各方面へ連絡する必要がある。アッテンボローがまず通信したのは、彼の上司だった。
「先輩、お疲れさまです。今話しても大丈夫ですか?」
『ああ』
「おれの旗艦の艦長が、希望通り中佐に決まりました」
『へえ……。どうやって口説いたんだい?』
「……それは想像にお任せますが」
 クブルスリーといい、ヤンといい、なぜ二人とも説得ではなく口説いたと言うのだろう。
が女性だから?)
 ヤンはともかく、クブルスリーはさすがにアッテンボローの気持ちを知らないはずである。単なる比喩か、それとも自分はそれほど分かりやすいのだろうか……。
(この辺りをが聞いたら、またセクシャル・ハラスメントだって騒ぎかねないぞ)
 そう思ったものの、気を取り直して本題を切り出す。

「乗員の人事は今話し合ってます。おれがやりにくさを感じてた連中を放逐して、代わりに……中佐が前に乗ってた駆逐艦の乗員を充てるつもりなんですが、どうも数が足りなさそうなので、足りない分の人員をどこかから回してもらえませんか?」
『分かった。そのリストができたら送ってくれ』
「もちろんです。あ、もし今後おれが旗艦を乗り換える機会があっても、彼女だけは絶対連れて行きますからね」
『覚えておくよ』
 予想通り、モニターの中のヤンは笑っていた。
「そういうわけなんで、以後よろしくお願いします」
『イゼルローンに着いたら、ゆっくり話を聞かせてほしいな』
「……分かりました」


 アッテンボローが次に通信をつないだのは、彼の部下である。
『……はい』
「ベイリー少佐か、おれだ」
『お疲れさまです、アッテンボロー少将』
 モニターの中の部下は、暗褐色の髪にブルーグレイの瞳の小壮の士官だった。アッテンボローが名乗った途端に姿勢を正すのを見れば、苦笑せずにはいられない。
『どのようなご用件でしょうか』
「そんなに緊張しないでくれ。前にちょっと言ってた、メイヴの新しい艦長の件だ。おれの希望通りの人で決まったから、貴官には副長を頼みたい」
 アッテンボローがそう言うと、ベイリーが首をかしげる。

『予備役に編入されたのはダンメルス中佐だけなのでは……』
「この際だから、取り巻き連中もまとめて異動させることにしたんだ。そうじゃないと新しい艦長がやりにくいだろう?」
『……それは、確かに』
「で、頼めるか」
『もちろん、謹んでお受けいたします』
「ありがとう。ちなみに、ノールズ少佐は一緒にいるか?」
『はいっ』

 モニターの外からこれまた聞き覚えのある声がして、アッテンボローは笑った。
「文字通りだな。おれは同じ巡航艦にいるかって意味で言ったんだが」
『……すみません、提督』
「いや、謝らなくていい。改めて連絡する手間が省けて助かるさ」
 巡航艦の部屋割は性別と階級が考慮されることが多い。同じ階級の男性二人が同時に申し込めば、ほぼ間違いなく同室になるだろう。アトラスⅤ号で言うと、ポプランとコーネフが同室なのと同じである。

「ついでってわけじゃないが、ノールズ少佐には砲術長を頼みたい。副長と砲術長の人選はおれが新しい艦長から一任されたんだ」
『かしこまりました。全力を尽くしますっ』
 そうしてモニターに現れたノールズは、赤茶けた髪と煉瓦色の瞳の士官である。傍らのベイリーは苦笑いした。
『ちなみに、新しい艦長はどなたです?』
 それは当然の質問である。
中佐だ。若いのに戦術の理解度と艦体運用の技術はすごいぞ。何しろ、アムリッツァの前哨戦と本戦を通じて、旧第10艦隊に所属する駆逐艦で唯一、人的被害を出さなかったんだから」
 アッテンボローがそう言うと、ベイリーとノールズが顔を見合わせる。

「言っておくが、もちろんこれはお世辞じゃない」
『何となく覚えています。その報告を聞いたとき、艦橋で歓声が上がりましたよね』
『……ああ、そうだった』
 それでもどこか疑わしげな表情のベイリーとノールズに、アッテンボローは苦笑いした。
「じゃ、中佐の乗ってた駆逐艦のアムリッツァでの運航データを見てくれ。今から送るから」
 アッテンボローはもはやの名刺代わりにこのデータをあちこちに送っているが、そういえばその事実を当のに伝えていないことに気づく。
(大丈夫……だよな?)
 それでも、予想できるトラブルは避けるに越したことはない。早速データを食い入るように見つめるベイリーとノールズをよそに、アッテンボローはなるべく早くに言おうと心に決めた。

「どうだ」
『……なるほど、これはすごい』
『艦体運用の技術はダンメルス中佐よりよっぽど上じゃないですか。提督、よくこんな方を見つけましたね』
「まあな。これでやっとおれも艦隊の指揮に専念できるよ」
 つまり、今までは専念できていなかったということである。
「じゃ二人とも、この人事は決定でいいか」
『はいっ』
『もちろんです』
 それぞれの返事を聞いて、アッテンボローの顔に笑みが浮かぶ。
「分かった。引き続き、よろしく頼むな」
『かしこまりました』


 諸連絡を終えると、また士官クラブガンルームで戦艦メイヴの個人研修である。
「あのさ、
「何?」
「事後承諾で悪いんだが……。そういえばのアムリッツァでの運航データ、名刺代わりにいろんな人に見せてる」
「…………」
 は無言である。
「具体的には?」
「クブルスリー大将と、先輩と、それから副長と砲術長を頼んだ2人」
 は軽く息を吐いた。

「……ということは、統合作戦本部内にも広がってそうね」
「だろうな」
「今のダスティは正真正銘わたしの上司だから、問題があるわけじゃないけど……」
「抵抗あるか」
「……まったくないと言ったら嘘になるわ」
 は言葉通りに口を尖らせた。その反応は予想できたので、アッテンボローはすぐに言葉を続ける。
「みんな、口を揃えて褒めてたぜ。そもそもこれを見せたから、統合作戦本部内で中佐になったばかりのを旗艦の艦長にすることにも異論が出なかったんだし」
 は少し表情を緩めた。
「……そうなの?」
「ああ」
「なら、いいわ」
「よかった」


 そうして個人研修は続けられたのだが、アトラスⅤ号がイゼルローン要塞に近づくにつれ
て、艦内は俄かに慌ただしくなったものである。
「士官学校のときを思い出すな」
「……そう?」
は試験前でもあんまり様子が変わらないのに、たいていおれより成績がよかったからなあ」
 アッテンボローがそう言うと、ははっきりと首を振った。
「試験の成績はわたしひとりのものだけど、今回はわたしが未熟だとダスティまで批判されるじゃない。わたしにはそれが我慢できないの」
 頬を赤らめるわけでもなく、の表情はごく真面目である。
「ということは、頑張ってるのはおれのため?」
「ええ」
 はっきりとうなずくが早いか、横から抱きしめられた。続いて、頬にやわらかな感触がある。
「……ダスティってば」
「ありがとう。気持ちはうれしいけど、無理はしないでくれよ」


 その言葉に赤面した後、はすぐに表情を改める。ちなみに、まだアッテンボローはを腕の中に閉じ込めたままだ。
「……気になってることがあるんだけど」
「何だ?」
「わたしはメイヴの乗員に受け入れてもらえるかしら」
 アッテンボローは笑った。
「そのことについて、おれはまったく心配してない」
「理由は?」
「まず一つ目は、前任者の評判が今一つだからさ。少なくとも副長と砲術長を頼んだ2人は、例のデータを見てダンメルス中佐の艦体運用より上だってはっきり言ってたぜ」

「でも……」
「次は、の人柄と容姿」
「え?」
 予想外の言葉に目を丸くするに、アッテンボローは笑った。
「人柄は言うまでもないだろ。あと、これもあんまり言うとセクシャル・ハラスメントに該当するんだろうけど、男にしてみれば、艦長がむさ苦しいおっさんよりも若くてきれいな女性のほうがいいに決まってるさ。いちばん喜んでるのは間違いなくおれだけどな」
「……最後の一言は余計だわ」
「分かってる」
 またの頬にやわらかな感触がした。
「でも、その若くてきれいな女性があれこれ指示を出すのよ?」
「心配しなくても、それが理にかなったものなら乗員たちは問題なく従うよ。何しろにはアムリッツァの激戦で部下をちゃんと生還させた実績があるし」

 アッテンボローは一度言葉を切った。
「それに、おれとの意思疎通の確かさは前任者と比較にならない。乗員たちはどっちに従ったらいいか迷わなくていいし、艦橋で今までみたいなぎすぎすしたやりとりを聞かせることもなくなる。逆に言うと、こういう状況だったからに艦長を任せようと思ったんだけどな」
「……ダスティもなかなか大変だったのね」
「やっと分かってくれたか」
 アッテンボローはそう言ってまた笑った。
「ということは、あとが心配してるのは乗員たちに舐められないかってことだよな?」
「ええ」
 は素直にうなずいた。
「問題のありそうな奴らはまとめて異動させたから、大丈夫だと思うが……。よっぽど目に余って、が注意しても態度を改めない奴がいたら教えてくれ。おれが直接対応する」
「……ありがとう」


 12月1日午前10時、巡航艦アトラスⅤ号は予定通りイゼルローン要塞へ到着した。
「やれやれ、やっと着いた」
「ええ」
 何しろ彼らはアムリッツァの戦闘が終わってからの短い時間で、イゼルローン要塞と同盟首都ハイネセンの約3,500光年の道のりを往復したのである。
 巡航艦を降りると、当然ながらそこは宇宙港だ。同じ所属の者たちが続々とイゼルローン要塞に集まるのを見れば、自然と気が引き締まる。
「今さら気づいたのですが、提督の副官は同行していないんですね」
 がそう言うと、アッテンボローは明らかに顔を引きつらせた。
「……何か事情が?」
「いや、おれはにチケットを予約してもらっただろ? ストリギン大尉がアトラスⅤ号を予約しようとしたら、もう満席だったんだ。これからは気をつけるよ」

「……提督、小官を公の場でファースト・ネームで呼び捨てにしないのも、同時に気を付けていただけますか」
「ああ、そうだった」
 ここは事情を知っている者たちばかりだからいいものの、そうでなければ奇異に思われて当然である。
「そうか……。そうすると、中佐か艦長って呼ばなきゃならないんだなあ」
 独り言のような呟きに反応したのはポプランである。
「ご心配なく、小官が中佐のことをファースト・ネームで呼んでさしあげますから」
「ポプラン少佐にそうしていただく理由は何もありません。ご遠慮ください」
 は即座にそう言った。声も表情も穏やかだったが、琥珀色の切れ長の瞳はまったく笑っておらず、さらに内容は完全否定である。さすがにポプランは沈黙し、アッテンボローとコーネフは遠慮なく笑った。


 宇宙港の軍用ゲートをくぐって、外に出る。まだ完全ではないようだが、きちんと電車は運行されていた。
「インフラは動いているようだな」
「ええ」
 さすがにここまで来てインフラが停止していては洒落にならない。
「えーと、まずは……」
「事務管理本部のオフィスに寄って、居住区のシステムがきちんと変更されているか確認する必要があります」
 ごく冷静にが言うと、さすがにアッテンボローはバツの悪そうな顔になった。
「……悪い。おれは艦長に頼りきりだなあ」
「ええ」
「事務管理本部も混んでいるでしょうね」
 そう言ったのはラオである。行先が同じなので、アトラスⅤ号にいた士官の6人は一緒に
事務管理本部行の電車に乗った。


「しかし、アッテンボロー少将は残念でしょう」
「ん?」
「将官はおれたち佐官の居住区とは別ですからね。どう考えても、中佐の家からはおれたちの家のほうが近い」
 優越感丸出しのポプランの言葉を、アッテンボローは文字通り鼻で笑った。
「別に将官が佐官の居住区に住んではいけないって決まりはない。おれはもう佐官の居住区に家を決めてある」
 そして、その言葉にいちばん激しく反応したのはもちろんである。
「そうなの!?」
「ああ」
「……何で将官の居住区に住まないのよ」
 は動揺のあまり敬語を使うことさえ忘れていたが、この場にそれを指摘する人物はいない。

「何でって、分かりきってるじゃないですか。もちろん愛の力でしょう」
「うるさい」
 アッテンボローはポプランの茶々を一蹴した。
「じゃ、違うって言うんですか?」
「半分はな。幕僚名簿を見ただろ? ヤン提督はともかく、おれがその他の将官のメンバーと仲良くご近所づきあいができると思うか」
「……いいえ」
「おれは将官でも下っ端なんでね、佐官用の住居で充分なんだ。帝国の貴族どものために建てられた家に住むのも抵抗があるし」
「……帝国には平民の将官はいないのでしょうか」
 そう言ったのは、ずっと黙っていたルーデル少尉である。同じようにラオが首をかしげた。
「詳しくは分かりませんが、少なくとも多くはないでしょうね」
「だろ?」


 そんな話をしているうちに、司令部の最寄駅に着く。予想に反して、まだ混雑はさほどでもなかった。幸い、システムは問題なく変更できているようで、それを確認してからまた電車に乗る。数十分ほどで問題なく居住区の最寄駅に近づいた。まずは尉官用の宿舎の最寄駅でルーデル少尉が下車し、次から続く佐官用の宿舎の最寄駅に着くたびに、一同は自然とばらばらになる。そして二人だけになると、ようやくはいつもの口調に戻った。
「で、提督はどこに住む予定なの」
の家にいちばん近いところ」
「…………」
 はアッテンボローが佐官用の住居に住むと聞いたときから、何となくそんな気がしたのである。

「……一つ、聞いていいかしら」
「何だよ」
「わたしが交際と旗艦の艦長になるのを断ってても、同じことをするつもりだったじゃないでしょうね」
「まさか。そうしたら諦めて、素直に将官用の家に住んでたさ」
 さすがにアッテンボローは苦笑いした。
「……よかったわ、提督がちゃんとだめだった場合も考えてて」
「まあ、それくらいは当然だろ。が怒るとどうなるか、よく分かったし……。とにかく、行くか」
「ええ」
 二人は駅を出て歩き始めた。





2019/4/19up
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