13

「艦長、大丈夫ですか」
「はい。ご心配おかけしてすみません」
 メイヴからの退艦後、の周囲にいるのは見事にオークⅠ号時代からの部下たちだった。
「特に、ペトルリーク大尉にはいつも気遣っていただいて感謝しています」
「……小官はやるべきことをやっているだけです。今日は早くお休みくださいね」
「ええ」
 倒れるまではいかなくても、実際に体調不良を起こしたのは自分なのである。この状況では気を遣うなというほうが無理だった。

「あと、必要以上に今日のことをお気になさいませんよう」
 そう言われるに至って、は苦笑した。
「ペトルリーク大尉にはかないませんね、わたしは」
「付き合いが長いですから」
「……それだけではないような気もしますが……」
 はそう言いながらちらりとアッテンボローを見たが、幸い、こちらをさほど気にする様子はない。


中佐、大丈夫ですか?」
 背後から聞いたことのある声がかけられて、は振り向いた。
「……ルーデル少尉」
「あ、お礼を申し上げるのが大変遅くなってしまって申し訳ありません。小官を戦艦メイヴに配属していただき、本当にありがとうございました。一日も早く艦長のお役に立てるよう、全力を尽くします」
 そう言って敬礼する様子すら初々しい。
「……心配かけてごめんなさい。ちょっと緊張していたのかも」
「お気持ちはよく分かります。たぶん、私ならもっと緊張しますから……。どうか、お大事にしてくださいね」
「ありがとう」
「では、失礼します」

 そう言ってルーデル少尉が去っていくと、ペトルリークがを見た。
「今のは……」
「イゼルローンに来る途中の巡航艦で、わたしと同室だったルーデル少尉です。わたしの下で働きたいと言うので、通信士官として採用しました。ちなみに彼女、今年士官学校を卒業したばかりなのだそうです」
 がこう言うと、ペトルリークがしみじみと呟いたものである。
「ということは、アムリッツァ会戦が初陣だったってことですか。よく生き延びましたね」
「ええ、運はなかなか馬鹿に出来ない要素ですから……。もちろん、運だけではだめですけど」
「よく分かります」
 そう言ってから、ペトルリークは改めてを見た。


「……アッテンボロー少将は、運をお持ちでしょうか」
 考えてみれば部下から直接アッテンボローのことを聞かれたのは初めてである。は慎重に言葉を選んだ。
「あくまで個人的な印象ですが、悪くはなさそうに思えます。それに、運が悪かったとしても決して悲観せず、状況に立ち向かって行くでしょう」
「なるほど、頼りになりそうですな」
「ええ、何しろ20代で将官になった方ですからね」
 はごく冷静にそう答えた。

「……ちなみに、艦長と少将はどのようなご関係で?」
 いずれ来ると覚悟していた質問だったが、最初にそう尋ねたのがペトルリークだったことに、は内心でホッとしたものである。
「士官学校の同期なので、アッテンボロー提督のことは昔から知っています。なぜわたしを旗艦の艦長に選んだのかはよく分かりませんが……」
 言葉の後半は嘘だったが、この場合はこう言うしかないのだ。

「あ、それはベイリー少佐とノールズ少佐が話しておりました。アムリッツァ星域会戦後にアッテンボロー提督が分艦隊の各艦の運航データを見ていて、オークⅠ号の運航データが目に留まったのではないかと」
「……そうかもしれませんね」
 事実は完全に逆なのだが、確かにそう解釈すれば無理がない。は内心で舌を巻く思いだった。
「小官は艦長の運航技術が認められて、こうして旗艦の艦長になられたことが誇らしいです」
「でも、それはみなさんが頑張ってくれたおかげですから……。わたしひとりの力ではありません」
「そう言ってくださるので、余計に吾々は頑張れるのです。不思議なものですな」
「……ありがとうございます」


 がそう言ったあと、ペトルリークはさらに言った。
「ちなみに艦長、今、お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」
 それはまったくの不意打ちであり、は赤面した。
「えーと、それはいったいどういう……」
「失礼をいたしました。ベイリー少佐とノールズ少佐が、その辺りのことを気にしてましたので」
「……そうですか」
 単なる雑談だが、それはにとって極めて貴重な情報である。

「もっと言わせていただければ、アッテンボロー提督は艦長のお眼鏡にかないませんか」
 沈黙したの様子をどう解釈したのか、ペトルリークがそんなことまで言い出したので、は混乱した上、さらに赤面する羽目になった。
「あの、それは……どこからそんな話に」
「お二人でお出かけした様子を拝見しまして、とてもお似合いだと思ったのです。それに、今日のご様子では提督も艦長のことを悪く思っていなさそうですし……。いや、忘れてください。重ね重ね、大変失礼をいたしました」
「……いえ」
(これじゃ、交際がバレるのは時間の問題だわ)
 は小さく息を吐いた。


 オフィスに戻ってざっと書類を確認したが、急いで片付けなければいけないものはない。
「今日はお先に失礼しますね」
「お大事になさってください、艦長」
「ありがとうございます」
 宇宙港でアッテンボローが言った通り、まだ艦隊運用演習は続くのである。今日は帰って、あれこれ考えず休むべきだった。
(……きっと、通信があるわよね)
 今までの様子から考えて、アッテンボローがこの状態の自分を放っておくはずがない。その確信があったので、は素直に帰途についた。

(えーと……)
 さほど空腹感はなかったが、食べないより食べるほうがいいのは間違いない。そういえば、昼もゼリー飲料だけだったのである。
(まだ緊張してるのかなあ)
 居住区の最寄駅にあるスーパーに行き、とりあえず夕食と明日の朝食に加えて、簡単に食べられる食品類を買う。
(早くちゃんと料理したい……かも)
 いつかアッテンボローに語った通り、は料理が嫌いではない。より正確に言えば好きでもないのだが、さすがに士官食堂や既製品が続くと完全に自分好みの味が恋しくなるものだ。買ったものを持って家に到着したとき反射的に向かいの家を見るが、当然ながら電気はついていない。
(そりゃそうよね)
 は苦笑いした。


 軍服から部屋着に着替えてメイクを落とし、完全にリラックスしながら買ってきた夕飯を食べる。特に食欲はなかったが、食べてみると何とかなるものだ。
(緊張……なのかなあ)
 考えても答えは出ないのだが、だからといって考えずにすむものでもない。少なくとも今考えることではないかとが頭を振ったとき、端末に通信があった。発信者を確認し、既にメイクを落としていることに気づいて、少しだけ端末を手に取るのをためらう。
「……はい」
『おれだ。具合は大丈夫か?』
「うん」

 は簡潔にそう答えたのだが、アッテンボローは首をかしげている。
「どうしたの?」
『いや……。あ、メイクを落としたのか。昼間と感じが違うと思って』
「そうよ。ダスティは今どこ?」
『執務室。ちなみに、食事はしたか?』
「うん」
『そうか、よかった。おれもこれから帰るから、ちょっと家に寄っていいか』
「どうぞ。ただし、コーヒー淹れるくらいしかできないわよ」
『分かってる。自分の食べるものは買って行く』
 は笑った。
「ええ、そうしてもらえると助かるわ」
『これから出るから、ちょっと待っててな』


 恋人が家に来るのである。はメイクをし直すかだいぶ迷ったのだが、体調不良で早く帰宅したことを考えると、そこまでする必要はないという結論に達した。
(さすがに責められるようなことはないと思うけど……)
 食事を持ってくるのであれば、特に用意することもない。リビングのソファでぼうっとしていると、チャイムが鳴った。
「はい」
『おれだ』
「今、開けるわね」
 言葉通りに玄関の鍵を開けると、外から冷気とともにアッテンボローが入って来る。

「……本当に大丈夫か?」
「ええ、今のところは」
「心配な言い方するなあ。明日の艦隊運用演習は平気か?」
「いざとなったらベイリー少佐にやってもらえば……」
「それはそうだけどさ、そんなこと簡単に言うなよ」
「ごめんなさい」
 さすがにしゅんとしたを安心させるようにぎゅっと抱きよせ、頬に唇を寄せる。

「ダスティ、お腹空いてるんじゃない?」
「ああ。それなりに」
「じゃ、食べてしまうといいわ」
「……悪いな」
「ううん、全然」
 は笑った。そのままダイニングキッチンに来ると、いつものように向かい合って座り、アッテンボローは食事を始めた。
「変な感じだなあ」
「しょうがないわよ。それより、聞いてほしいことがあるの」
「何だ?」
 は表情を引きしめ、ペトルリークから聞いたベイリーとノールズの会話や、その後にアッテンボローを恋人としてはどうかと勧められたことを話した。

「……まあ、は目立つからな」
「そう?」
「当たり前じゃないか。美人な上に20代で中佐なんだから」
 そう言ってアッテンボローは考え込んだ。
「そうか、ベイリー少佐とノールズ少佐かあ……。そういえばあの二人、独身だったっけ」
「ちょっと」
 その言葉は聞き捨てならず、の声に険が宿る。
「そういうことも考えた上で、ベイリー少佐とノールズ少佐をそれぞれ幹部にしたんじゃな

いの?」
「……悪い、さすがにそこまで考えなかった」
「ダスティはペトルリーク大尉までわたしに恋愛感情を持ってないか確認したくせに」
「うーん、これはもう謝るしかないなあ。ごめん、

「…………」
 は沈黙した。
「どうした?」
「わたしたちが付き合ってるの、いずれバレるわよ」
「分かってる。もともとそんなに隠すつもりもない。ラオ中佐とかルーデル少尉とか、事情を知ってる人たちもいるしな」
「ええ」
「そうか……。を艦長にすると、こういうトラブルも起きかねないのか。副長は盲点だったぜ」
「今さらそんなこと言わないで」
「悪い。ちょっと片付けてしまうな」
「うん。じゃ、わたしもソファに移動する」


 家の造りが同じであるせいで、アッテンボローの家事動線はスムーズだった。
「お待たせ」
 アッテンボローはすぐにソファにやってきて、を腕の中に閉じ込めた。
「……こうされると安心するの。今日は、特に」
「おれもだよ」
 そう言って、頬に唇を寄せる。
「で、ペトルリーク大尉にいろいろ言われたとき、はどうしたんだ」
「どうもしてない。予想外の質問に顔に血がのぼっちゃって、おろおろしてたら向こうが『失礼いたしました』って質問を取り下げてくれたの。階級が上だと便利だなって初めて思ったわ」
「なるほどなあ」
「あ、その場にはベイリー少佐とノールズ少佐はいなかったから、その辺りは大丈夫よ」
 アッテンボローはどうかと聞かれたことに対するの反応を、この二人は知らないということである。

「でもまさかペトルリーク大尉にダスティを勧められるとは思わなくて、びっくりしたわ」
「おれもだ。でも、そうやって言ってくれる人がいるのはうれしいな」
 はまた赤面した。
「ええ。ただ、付き合っているって公言してないのにいい感じに見えたってことは、わたしたちが思ってる以上に親密に見えてるってことでもあるけど」
「そうだなあ」
「いずれダスティとどういう関係か聞かれると思ってたけど、最初に聞かれたのがペトルリーク大尉でよかったわ。他の人より、まだ反応が予想できるもの。問題は……」

 アッテンボローはの言葉を正確に引き取った。
「ベイリー少佐やノールズ少佐に同じことを聞かれたとき、どうするかだろ」
「……うん」
「あんまり難しく考える必要はないさ。ペトルリーク大尉に聞かれたときと同じで、何でそんなこと聞くのかって逆に聞いてやればいい。その前に今は仕事中だとか、プライベートのことは話したくないって拒否する手もあるし」
「なるほどね」

「何しろは奴らの上官だからな。勤務中にそんな質問するほうがどうかしてる。当分、あの二人のどっちか、あるいは両方に食事とか飲みに誘われても行かないだろ?」
「ええ。もしメイヴの幹部が集まるならペトルリーク大尉が来てくれると思う。彼がいてくれれば、そういう質問を止めてくれそうだわ」
「頼もしいなあ。さすが、の腹心だけのことある」
 たくさん話をしたわけではないが、今度の一件でアッテンボローのペトルリークに対する評価はかなり上がったようだった。
「そうだ。おれもあんまり他人のこと偉そうに言えないけどさ、そういう質問をされたとき、できれば顔色は変えないほうがいいな」
「……うん、気をつける」
 は素直にうなずいた。

「そうだ。ペトルリーク大尉にダスティが何でわたしを旗艦の艦長にしたのか分からないって言ったら、ベイリー少佐とノールズ少佐はダスティがアムリッツァのオークⅠ号の運航データを見て、それでわたしをスカウトしたんじゃないかって言ってたわ。事実は完全に逆なんだけど、確かにそれでも筋が通るわよね」
「なるほどなあ」
 アッテンボローは笑った。
「じゃ、今後誰かに聞かれたらそう答えておくか。ついでに、艦長の名前を見て士官学校の同期でびっくりしたっておまけつきで」
「……で、そんな人とイゼルローンまで偶然同じ巡航艦で来たわけ?」
「それがあったか」
 アッテンボローは頭をかいた。
「あんまり隠したりごまかそうとすると、かえってボロが出るかも」
「ああ。気をつけないと」


「そういえば、素顔のを久しぶりに見たよ。それこそ士官学校以来か?」
 その言葉に、は赤面した。
「ダスティが来てくれるって言うから、改めてメイクし直そうか迷ったの。でも、体調が悪くて早く帰って来てるのに、そこまですることもないかなって……。このまま通信に出るのもちょっと勇気が必要だった」
 確かに、もし付き合っていなければ映像を送信せず、音声だけだったことは想像に難くない。
「当たり前じゃないか。そんな、気にすることないのに」
「……恋人の前ではちょっとでもきれいにしてたいのが女心なんだけど」
「気持ちはすごくうれしいけど、それよりもの体調のほうが大事だって」
 ただでさえ赤かったの顔が、さらに紅潮する。そして、こんなコメントをされて何もせずにいられるわけがなく、すぐに唇を重ねた。
「あ、ずいぶん前だけどメイクしても大して変わらないって言ったのは撤回する。ごめん」

「……参考までに知りたいんだけど、ダスティはわたしのメイクしたときと今みたいな素顔と、どっちが好き?」
「どっちも好きだよ」
 この質問に迷う必要はない。アッテンボローがすぐにそう答えると、は笑った。
「模範解答ね」
「いや、本当だって。でも、あえて選ぶなら今みたいな素顔かなあ。基本的におれにしか見せないだろ?」
「もちろん」
「そういうところが……すごく、おれの独占欲を満足させてる気がするんだ」
 言ってすぐに唇を重ねる。それは、アッテンボローのまぎれもない本音だった。
「でも、メイクってやっぱりある意味で女性の武装なんだな」
「そうね。実際、出勤前にメイクすると気が引きしまるもの」
「だったらなおさら、おれの前ではそういう緊張をしないでほしい」
「……ありがとう」


 一通りの作戦会議が終わったとき、時刻は標準時で20時を過ぎていた。
「で結局、具合は大丈夫なのか」
「うん、今のところは」
……。おれ、帰りたくない」
 アッテンボローがとうとうそう言い出し、は笑った。
「向かいの家なのに?」
「向かいだろうが50キロ離れてようが、他の家には変わりないだろ。心配なのと……とずっと一緒にいたいんだよ」
「付き添ってもらいたいほど具合は悪くないけど」
「分かってる」
「泊まるのは休みの前にしてって言ったわよね?」
「それも、分かってる。でも……」
 熱をこめて耳元にささやかれれば、自然と身体が熱くなるのを感じる。

「……じゃ、一緒にベッドに入っても何もしない?」
 これはなりの妥協案だったのだが、アッテンボローは即座に首を横に振った。
「いいや、それは無理だ」
「ごめんなさい、だったらやっぱりちょっと……。だめって言ってるんじゃないの。今日じゃないほうがいいだけで」
「……分かった。おれが悪かった」
 アッテンボローはそう言って頭をかいた。
の体調の悪さに付け込んだみたいだなあ……。ごめん」
「ううん、そんなこと思ってないわ。心配して、わざわざ来てくれてありがとう」
 は微笑んだ。もうこういうことに気を遣う間柄ではないので、これがの本心なのはよく分かる。

「じゃ、そろそろ帰るよ。おれがいつまでもいると、が休む時間が減ってくだけだからな」
「演習はとりあえず明日と明後日だもんね。それが終わったらお休みだから、それまで何とか頑張るわ」
「そうだけど、無理するなよ」
「うん。これからシャワー浴びて、すぐ寝る」
「じゃ、お休み」
「お休みなさい」
 いつものように唇を重ねる。アッテンボローは何とか未練を振り切り、の家を出た。

 宣言通り、はそれからシャワーを浴びて早々に休んだのだが、そのおかげか、翌日の体調に異常はなかった。
(……よかった)
 今回の体調不良の原因が緊張によるものであれば、それは徐々にいい意味で薄れていくはずである。


 こうしてが艦隊運用演習で体調不良を起こしたのは初日だけで済んだのだが、相変わらず演習中の食欲はあまりなかった。
「……大丈夫か」
「身体に異常はないんだけど、食欲だけがないの」
「そうか……。でも、無理に食べるのものなあ」
「ええ」
 さすがに初日のようにゼリー飲料だけということはなく、もアッテンボローやラオと同じメニューを頼むのだが、それでも全てを食べきることはない。
「残すのは食堂のスタッフに申し訳ないから、わたしもちゃんと全部食べたいんだけど……」
「艦長、無理をなさらず」
 ラオまでがそう言い出せば、は恐縮するしかない。
「すみません、ラオ中佐にまでお気遣いいただいて」
「いえいえ」
 こればかりは、周囲がどうすることもできないのである。


「あ、そういえば思ったんですけど」
「どうした?」
「フィッシャー提督はなぜあんなに艦隊運用がお上手なのでしょうね」
 がそう言うと、アッテンボローとラオは顔を見合わせた。
「そうだなあ、考えたこともなかったよ」
「いっそ、ご本人にうかがってみますか。知っていても教えないという方でもなさそうですし」
「ポプランだったら死んでも教えないだろうけど……。でも、それは確かにいいアイディアだ」
 余談だが、言葉の前半はまったく余計である。ラオがそう言い出したのは冗談だったのかもしれないが、アッテンボローは文字通りその言葉に食いついた。
「よし、聞いてみるか」
 そしてアッテンボローはこういうときやたらとフットワークが軽いのである。すぐに自分の端末を取り出すと、フィッシャーの旗艦である戦艦マナナン・マクリルの艦橋に通信をつないだ。

「…………誰も出ないぞ」
「提督。フィッシャー提督の艦隊が今日、演習に出ているとは限らないのでは」
「それもそうか」
 が冷静に指摘すると、アッテンボローが頭をかく。それを見て、ラオが必死に笑いをこらえていた。
「ラオ中佐、わたしは遠慮せず笑っても構わないと思います」
「いえ、そういうわけには」
「ということは、司令部の執務室かなあ」
 アッテンボローはそんな二人を横目で見つつ、今度は司令部のフィッシャーの執務室に通信をつないだ。

『……はい』
 ただ、通信に出てきたのはフィッシャーではなく、若手の男性士官である。通信したのがアッテンボローだったからか、明らかに彼は緊張しながら敬礼していた。
「分艦隊司令官のアッテンボロー少将です。フィッシャー提督とお話ししたいのですが、どちらにいらっしゃいますか?」
『お疲れさまです、副官のブランキーニ大尉であります。フィッシャー提督は、宇宙港の出入港管制室にいらっしゃることが多いので、今もそこかと。小官はこういう問い合わせのために、司令部の執務室に待機しております』
「分かりました、ありがとう」
 こういう質問に慣れているらしく、ブランキーニ大尉の受け答えは実に滑らかである。アッテンボローはそう言って通信を切った。

「出入港管制室か、盲点だったな」
「そうですね」
 アッテンボローとラオはそう言ってうなずいたのだが、それを見たが首をかしげる。
「フィッシャー提督の個人の連絡先、知らないの?」
「……調べればたぶん分かるけど、どこにいるか聞いたほうが早いと思って。今まで会議でしか話したことない相手から、いきなり端末に連絡が来たら驚くだろ」
「そうね」
 いささか言い訳がましいとも思ったが、は特に追及しなかった。


 そして、ブランキーニ大尉の言う通り、フィッシャーは出入港管制室に在室していた。
「昼休みに申し訳ありません。フィッシャー提督におうかがいしたいことがありますので、夕方、そちらへうかがってもよろしいでしょうか」
『構いませんよ。そちらは艦隊運用演習に出てらっしゃるのですね?』
 それはモニターの背後を見れば一目瞭然である。
「ええ、その通りです」
『では、お待ちしております』
「はい」
 アッテンボローはそう言って通話を切った。





2019/5/10up
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