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 それでも、はすぐに気を取り直した。
「で、何で今週はデスクワークと艦隊運用演習が交互にあるの?」
「他の分艦隊との兼ね合いだよ。どうしてもってときはともかく、そうじゃなければ一度に演習に出ないほうがいいらしい」
「なるほど」
 士官クラブガンルームを出てオフィスに戻る途中に、そんな会話を交わす。
「要塞防御システムの件、ヤン提督は何だって?」
「よくまとまってるってお褒めの言葉をいただいきました」
 人通りの多いところに来たので、は言葉遣いを改めた。
「さすが」
「……まあ、本当に大変なのはこれからなのですが」
「無理するなよ。何度も言って悪いけど……。おれが手伝えたらいいのに」

 それがアッテンボローの本音であることは明らかで、はわずかに赤面する。
「お気遣いありがとうございます、提督」
 こういうときのアッテンボローの行動は決まっている。並んで歩いている手をぎゅっと握るのだ。
「明日の演習はまた砲術関係が中心ですか?」
「ああ。まだ行動基準ができてないから」
「かしこまりました。では、そのつもりで準備いたします」
「頼りになるなあ、艦長は」
「……恐縮です」
 としては当然のことをしているだけなので、褒められているのを過剰じゃないかと思ってしまう。そして、アッテンボローはそんなの考えを見透かしているようだった。
「おれはお世辞は言わないよ」
「……ありがとうございます、提督」


 そして翌日は砲術中心の艦隊運用演習を行い、さらに翌日はまたデスクワークの日である。仕方がないとはいえ、こうして宇宙に出る日と出ない日が交互に続くのはどうにも落ち着かない。それは部下たちも同じであるようだ。
「艦長。今週は演習とデスクワークと交互に続くのはなぜか、ご存じですか?」
 ペトルリークにそう言われ、は苦笑いした。他の部下たちもこちらを見ているから、きっと考えていることは同じなのだろう。
「他の分艦隊との日程の兼ね合いで、艦隊運用演習がなるべくかぶらないようにしているからだそうです。わたしも提督におうかがいしました」
「なるほど」
 そう答えたのはベイリーである。どこか緊張気味に見えるのも無理はない。午後から、いよいよ艦隊行動の基準作りの会議が行われるのである。それについて尋ねてもいいかは迷ったものの、結局は口にした。

「……会議の準備はできましたか?」
「はい」
「繰り返しますが、もし本当に手に負えなかったら遠慮なくわたしを呼んでくださいね。まあ、わたしが出て行ったところで事態が収拾できる保証はありませんけど……」
 そう言って、さすがに苦笑いする。
「……いちばん大切なのは、なるべくみんなが納得できる艦隊行動の基準を作ること、ですよね?」
「その通りです」
 ベイリーの問いかけに、は即座にうなずいた。
「かしこまりました。心いたします」
「よろしくお願いいたします、ベイリー少佐」


 ごく真面目なやりとりをする艦長と副長をよそに、相棒は気楽である。
「頑張れよ、セシル」
「……お前に言われると腹が立つなあ」
 相変わらずのやりとりに、は小さく吹き出した。
「ノールズ少佐も、そのうちどこかの戦艦の副長になるかもしれませんよ。あるいは駆逐艦の艦長とか」
 何しろ階級は少佐なので、その可能性は充分にある。
「あ、小官は主に砲術でキャリアを積んだので、駆逐艦の艦長はないでしょう。どこかの戦艦の副長になるのは別に構いませんが、問題は艦長との相性がどうかですからねえ」
「そうかもしれません」
 はちらりとベイリーを見た。

「そういう意味では、セシルは幸運ですよ。そう思うだろ?」
「ああ」
「……そうですか?」
 言葉の意味を図りかね、は首をかしげる。
「尊敬できない上司の下で働くほど嫌なことはありません。アッテンボロー少将はとてもよい人選をなさったと思っています。艦橋の雰囲気も変わりましたし、もともとメイヴにいた乗員はみんなそう思っていますよ」
 思いがけなく率直な賛辞に、は赤面した。
「……ありがとうございます。わたしはいまだに旗艦の艦長が務まるか、不安なのですが」
「イゼルローンに来た当初と同じくらいですか?」
 間髪入れずにそう聞き返され、さすがに首を横に振る。

「いえ、そこまででは」
「そうですよね。ですから、大丈夫です」
 まさか部下にそう言われるとは思わず、は苦笑いした。
「……すみません、ご心配をおかけして。これは、みなさんに言うべきではありませんでした」
 艦長はできるだけ態度を一定に保ち、部下に迷ったり不安を感じている様子を見せるべきではない。は駆逐艦の艦長になったとき、まず最初にそう教わったものだ。
「無理もないですよ」
 そう言ったのはハールマンである。

「中佐に昇進したばかりで、突然、旗艦の艦長になられたのですから……。おまけに部下は年上の男性ばかりですからね」
「……それは、慣れているつもりですが」
 そう言ってから、は首を横に振った。
「この話題はもうやめましょう。わたしが不用意に発言したせいで、みなさんに気を遣っていただいて申し訳ありませんでした」
「いえ」
 意識して視線に力をこめて部下たちを見渡すと、はデスクのモニターを見つめ直した。


 その日の昼休みになると、アッテンボローがオフィスに顔を出した。
「艦長、ちょっと来てくれ。士官クラブガンルームで面白いものが見られるらしい」
「……はい」
 そう言って立ち上がり、オフィスを出る前にベイリーに声をかける。
「ベイリー少佐、ちゃんと休憩してくださいね」
「かしこまりました」
 その表情には、朝ほどの緊張は見られない。念のためにノールズを見ると、察したノールズはしっかりとうなずいたので、は微笑んでオフィスを出る。
「お待たせいたしました」
 並んで歩き始めると、アッテンボローはすぐにを見た。

「ベイリー少佐、どうかしたのか?」
「ちょっと神経質になっています。午後から、いよいよ艦隊行動基準の会議ですから」
「そうか」
 最初は自分が出て行かないほうがいいと決めたものの、アッテンボローもさすがに手放しで安心しているわけではなさそうである。
「収拾がつかなくなったらわたしを呼ぶように言ってありますが、そうなったとき、わたしも解決できるかどうか……」
 それはの本音だったが、アッテンボローは笑った。
「遠慮しなくていいから、艦長でも対応できなくなったらおれを呼んでくれ。そもそも基準を作ろうって言い出したのはおれだ」
「……ありがとうございます。なるべくそうならないようにしたいものですが」
「そうだなあ。ま、ベイリー少佐なら大丈夫だと思うけど」


 そんな話をしながら士官クラブガンルームに向かう。
「ところで、士官クラブガンルームで何が見られるのでしょう」
「帝国の国営放送さ。ローエングラム侯が映ってるらしい」
 それは確かに「面白いもの」だが、は首をかしげた。
「提督はなぜそれをご存じなのですか?」
「暇人がおれにわざわざ情報を送って来たんだよ」
「……どなたです?」
「ポプラン」
「…………そうですか」
 は小さく息を吐いた。ということは、またからかわれることを覚悟する必要がある。そして、それはアッテンボローも理解したようだった。
「そんなに心配するなって」
「……はい」

 そうして士官クラブガンルームに行くと、そこにはポプランの他にコーネフとユリアンがいた。食事を取りつつ、ローエングラム侯の映像を見ながらそのポプランが呟く。
「まあ鑑賞用としては得がたい素材だろうな、あの金髪の坊やは」
(ずいぶん屈折してるわね)
 それでも、これはポプランなりの最大限の褒め言葉なのかもしれない。はそう思ったのだが、アッテンボローの意見は異なる。
「その鑑賞用の素材とやらに、完膚なきまでにたたきのめされた軍隊も、宇宙には存在するさ」
「……そうね」

 はつい口を挟んだ。実際、アスターテやアムリッツァでローエングラム侯にひどい目に遭わされた者はここにも多いのである。
「ヤン提督がいつも言ってますよ。あの豪奢な黄金色の髪の下には、この五世紀間で最高の軍事的頭脳がつまっている。あと100年遅く生まれて、彼の伝記を中立の立場から書けたらよかったのにって」
「先輩ならそうだろうなあ。残念ながら、そのローエングラム侯と真っ先に戦う立場なわけだけど」
 ユリアンとアッテンボローがそんな会話をしていると、ポプランが悪戯っぽい目でを見た。

「女性の意見も聞きたいですね。中佐はどう思います?」
「……何をですか?」
「ローエングラム侯について」
「…………」
 それはかなり漠然とした質問で、どうとも答えられる印象である。ただ、ここにアッテンボローとポプランがいる以上、ある程度の配慮は必要だろう。
「……ポプラン少佐の意見に賛成、かな」
「ほう」
「鑑賞用で充分。仕事でもプライベートでも、お近づきになりたいとは思わないわ」
「その理由は?」

(意外としつこいわね)
 ちらりとアッテンボローを見ると、完全にの次の発言を予測し、早くも笑いをこらえていた。かすかに苦笑いしてから表情を改め、はこう言ったものである。
「わたし、年下には興味ないの」
 その発言はさすがのポプランでも予想外のようだったが、それでも、すぐに態勢を立て直す。
「そうですか。では、中佐が小官のお誘いを受けてくださらないのは年齢のせいだったんですね。アッテンボロー少将のせいではなく・・・・・・・・・・・・・・・・
 これにはとうとうアッテンボローが口を開いた。
「……お前さん、おれに喧嘩売ってんのか」
「もちろん。相手が売るつもりのない喧嘩でも買ってやるのがおれの武人の魂ですから」

(もしわたしが傍観者なら、このまま見続けるのもいいかもしれないけど)
 は当事者なのである。そして、こうなったらもうアッテンボローが何を言っても無駄だろうことは、今までの経験からよく分かっていた。
「ごめんなさい、ポプラン少佐はわたしの趣味じゃないの」
 誤解しようのない断り文句を口にすると、アッテンボローはとうとう笑い出した。
「だから言っただろ?」
 アッテンボローの言葉に首をかしげながら、が席を立つ。それを見て、アッテンボローも立ち上がった。
(……まったく)
「戻ろう」
「……はい」


「ありがとう。久しぶりにスカッとした」
「……別に、提督のために言ったわけじゃないですけど」
「分かってるって」
 アッテンボローはまだ笑っている。
「それより、先ほどの言葉はどういうことですか」
「ん?」
「だから言っただろうとおっしゃっていました」
「ああ、それか」
 ようやくある程度は笑いがおさまったらしいが、それでもまだ完全ではないようだ。

「イゼルローンに来る巡航艦の中で、ポプランが艦長に目をつけただろ? それに、そのときはおれとどういう関係なのか言わなかったから、ポプランが手を出してもいいかって言い出してさ。好きにしろって言ったら、なんでそんなこと言えるのかって聞かれて、お前さんは艦長の好みじゃないって言ってやったんだ」
「……なるほど」
 は苦笑しながらうなずいた。確かにそれなら筋が通る。
「これでポプラン少佐はおとなしくなるでしょうか」
「何とも言えないなあ。他の誰かならともかく、ポプランだから」
 その言葉には妙に説得力があった。
「ま、でも艦長がきっぱり言ってくれたからよかった」
「……ありがとうございます」


 そんな昼休みを過ごしてオフィスに戻ると、そこにはもうベイリーはいなかった。
(もう会議室に行ったのね)
 何しろ第一回目の会議なので、終了がいつになるか分からない。万が一を考えて、はいつでも抜けられるようにしていたのだが、そうすると必然的に集中は浅くなる。
(大丈夫かなあ)
 あまり心配するとかえってベイリーを軽んじていることになるので言葉には出さないが、ふと見るとノールズもどこか落ち着かない様子だった。
(……気になるわよね)
 わざわざ言葉で聞く必要はなくても、それくらいは分かる。

 結局、ベイリーは独力で会議を終えることができた。
「……ただいま戻りました」
「お疲れさまです、ベイリー少佐。いかがでした?」
「何とか、なりました」
 その表情は疲労の色が見えるが、疲れているだけではなさそうだ。
「よかったな。お疲れ」
「ああ」
 そう言ったのはノールズで、は自分の推測が正しかったことを悟る。

「この後、提督に会議の報告に行きますか?」
「……はい、できれば」
「分かりました。でしたら連絡を入れましょう」
 はすぐに端末を取った。いつものようにアッテンボローに面会を申し入れたのだが、違うことが一つだけある。
「では、5分後にまいります」
『ああ』
 アッテンボローはの真意をうかがうように首をかしげるが、はあえて何も言わずに通信を切った。
「ベイリー少佐、先に行っていただけますか?」
「……かしこまりました」


 はさほど特別なことをしようとしているわけではない。エレベーター近くにある自販機から紙コップのコーヒーを買い、小さなトレイに乗せる。目についたので、使うか分からない砂糖とミルクに小さなマドラーも乗せた。
(これくらいはしないとね)
 頑張ってくれた部下へのせめてもの礼である。がアッテンボローの執務室に入ると、ベイリーは弾かれたように立ち上がった。
「艦長、それは……」
「見ての通り、コーヒーですが……。お嫌いですか?」
「とんでもありません」
「そうですか。ならよかった」
「おれの分まであるとは、気が利くなあ」

「……これで2つしか用意しなかったら、提督が拗ねると思っただけです」
 あえて冷静に言ったのだが、アッテンボローの表情はまるで食べ物をもらった犬のようであり、は苦笑いした。
「砂糖とミルクは必要ですか?」
「では、砂糖だけいただきます」
「どうぞ」
「恐縮です、艦長」
 言葉通りにどこか身を縮めながらコーヒーに砂糖を入れるベイリーを見てから、はアッテンボローに視線を移す。
「分かった、おれのところで預かっておくよ。こういう機会はまだありそうだし」
「ありがとうございます」


「それで、どうだった」
 コーヒーの香りと味は、少なからずベイリーを落ち着かせることに寄与したようである。アッテンボローが表情を改めてそう問いかけると、ベイリーはアッテンボローとを等分に見た。
「小官の見る限り、行動基準を作ることも、少将の素案も、両方とも比較的すんなり受け入れられたように思います」
「そうか、よかった」
「細かい修正が必要だと言われた部分は、今後、修正して改めて報告いたします」
「……ありがとうございます」
「それから、今後は各艦の種類ごとに会議を行ったほうがよさそうです。話題に上っていない代表者たちが暇そうにしていましたから」

「そうかもしれないな」
 アッテンボローは苦笑した。そういった会議にもし自分が出席した場合、おそらく自分も同じような態度になると思ったのだろう。
「ちょっと思ったのですが……。これは運航関係ですし、見るからにベイリー少佐が大変そうなので、ペトルリーク大尉に手伝ってもらってもいいかもしれません」
 が言うと、アッテンボローがベイリーを見た。
「どうだ、ベイリー少佐。遠慮しなくていいんだぞ」
「……そうしていただけると、大変助かります」
「分かりました。今、呼んで来てもよろしいですか」
「艦長、あの……」
「ああ、頼むよ」
 ベイリーの言葉をさえぎるようにアッテンボローが言ったので、は微笑んだ。

「では、ちょっと失礼します」
 はすぐに立ち上がり、執務室を出る。ドアが閉まって軽い足音が遠ざかってから、ベイリーは改めてアッテンボローを見た。
「艦長はフットワークの軽い方ですね。こういうことは下っ端の小官の役目なのに」
「ペトルリーク大尉は艦長のもともとの部下だからな、気やすいんだろう。ま、わざわざ行かなくても通信で呼べばいいのにと思わなくもないが」
「同感です」
 何しろ隣なので、はペトルリークを連れてすぐに戻ってきた。
中佐ですが」
「入ってくれ」
「失礼いたします」


 メンバーが揃ったところで、ベイリーは先ほどの報告をもう一度繰り返したのだが、呼ばれたペトルリークはどこか不安そうである。
「……内容は理解しましたが、小官でお役に立てるでしょうか」
「わたしは問題ないと思いますけど」
「おれもだ。これは艦隊行動に関することだから、ノールズ少佐やハールマン大尉に手伝ってもらうのもちょっと違うしな」
「……かしこまりました。でしたら、微力を尽くします」
「そんな顔をしないでください、ペトルリーク大尉。わたしは今まで何度も助けていただいているのですから」
「いえ、それは……」
 まだ困惑しているペトルリークに微笑みながら首を振り、表情を改める。

「ベイリー少佐、具体的な仕事の分担は二人で話し合ってもらえますか? もし判断がつかないことがあれば、相談に乗ります」
「かしこまりました。そういえば、次の会議はいつにいたしましょう」
 はちらりとアッテンボローを見た。
「ベイリー少佐とペトルリーク大尉の都合のいいように決めてくれ。ただ、あんまり間が空かないほうがいいな」
「……では、12日の午後はいかがですか」
「ええ」

 ペトルリークがうなずいているのを見て、アッテンボローが笑う。
「じゃ、決まりだな。ベイリー少佐から各艦の艦長へ通知してくれるか」
「かしこまりました」
 ベイリーがうなずいたので、どうやら話はまとまったようである。は念を押すことにした。
「これでよろしいですか、提督?」
「もちろんだ。よろしく頼む」
 アッテンボローは満足げにそううなずいた。


 早いもので、イゼルローン要塞に着いてからもう1ヶ月が経過した。797年最初の休みは2日間である。
「今週はばたばたしたわね。やっぱり、演習とデスクワークが交互に来るのはちょっと……」
「ごめんな、気をつけるよ」
 艦隊運用演習が終わり、休み前なので一応オフィスに寄ってから、二人はいつものラパン・ドールで合流した。さすがに着替える時間はなく、二人とも軍服姿である。
「変則日程は来週まで続くのよね? だって、しばらくデスクワークの日がないもの」
「ああ。次に宇宙に出ないのは、例の艦隊運用の会議の日だな」
「休み明け3日間は演習、かあ」
 はそう言って小さく息を吐いた。
「体調は大丈夫か?」
「今のところはね」
「短期間ならそんなに心配なさそうだなあ。問題は累積疲労か?」
「……たぶん」

 ちなみに、がメニューを繰る手は止まっている。そのことに気づいたアッテンボローは改めてを見た。
「今の食欲は?」
「あんまりないから、リゾットにしておくわ」
「そうか。じゃ、おれもここで酒を飲むのはやめるよ」
「……ごめんなさい」
「いいって。明日はうちでゆっくりしてくれ」
 何気ない言葉だが、は硬直した。
「本当にゆっくりさせてくれるの?」
「努力する」
「…………」
 何しろアッテンボローには前科があるのだ。が疑うのも無理はない。

「明日の朝は作ってくれるのよね?」
「ああ。この間、が教えてくれた内容でよければ」
「そう」
 手間はほとんどかかっていないに等しいが、きちんとした朝食を取るようになっただけでも進歩である。
「最近は何となく体調がいいんだよ。が教えてくれたおかげかな」
「だといいけど」
 つい投げやりにそう言ってしまい、は目を伏せた。
「……ごめんなさい」
「いや、いいけど……。今日は早く休んだほうがよさそうだな」
「うん、そうさせてもらうわ」
 は素直にうなずいた。


 それでも、は徒歩10秒でもきちんとワンピースを着てくるのである。泊まりに来るのはまだ2回目だが、どうしてもそれを見るとアッテンボローは苦笑してしまう。
「お邪魔します」
「どうぞ」
 リビングに招きいれ、かばんを置いてソファに座ると、すぐにを抱きしめる。
「もうリラックスにしていいんだぜ?」
「……わたしをリラックスさせてないのはダスティでしょうが」
 呆れを多く含んだ声だったが、それでもアッテンボローは笑う。
「久しぶりにおれのことを名前で呼んでくれたな」
「だって、仕事中はどうしたって無理だし」
「誰もいないところならいいんだけど」
 アッテンボローがそう言うと、は首をかしげる。

「……そういえば、今週は執務室で二人だけにならなかったわね」
「ああ」
「こういうのは珍しい?」
 に問われ、アッテンボローは記憶をたどる。
「こんなもんじゃないかなあ。まあ、ダンメルス中佐のときは意図的に接触しないようにしてたし……。正直に言えば、もう思い出したくない」
「今とは逆ね」
「当たり前じゃないか」
 は微笑んだ。
「着替えて、メイクを落として来てもいい?」
「もちろん」
 腕から解放する前に、アッテンボローはいつものようにの頬に唇を寄せた。


 言葉通りにメイクを落として部屋着に着替えたは、やはり仕事中とは印象が違う。
「素顔だとやっぱり無防備に見えるな」
「そう?」
「おれが昔から知ってるに近いって言うか……。でも、かわいいよ」
「…………」
 予想通り、は赤面した。
「早く慣れたいわ」
「ん?」
「こうやっていつまでも赤くなるのは……。自分でも何とかしたいんだけど」
 相変わらず赤くなりながら困ったように見つめられて、アッテンボローはまた笑った。
「気にしなくていいと思うけどな。こういうのって、頭で考えて止められるものじゃない」
「そうだけど……」
 は目を伏せ、小さく息を吐いた。

「前にも言わなかったっけ? 赤くなるもかわいいって」
「ダスティはそればっかりだわ」
「いや、だって本当のことだし」
 そう言いながらまたを抱きしめ、唇を重ねる。
「お願いがあるんだけど」
「何だ?」
「……今日はちゃんとお風呂に入りたいです」
 それが何を意味するか分かるので、は俯いた。ただでさえ赤かった顔がさらに赤くなっている上に、声も小さい。
「何で敬語なんだよ」
「……何となく」

 アッテンボローにとっては「そういえばそうだった」という程度の認識なのだが、の様子を見る限り、彼女にとってはそれなりに重要であるようだ。
「分かった。ゆっくり入ってくるといい」
「……ベッドに入ったら、ダスティが来る前に寝ちゃうかもしれないけど」
「いいよ。疲れてるんだろ」
「うん」
 はまた素直にうなずいたのだが、どこか申し訳なさそうな目でアッテンボローを見ている。
「おれはに無理をさせたくないから、気にしないでくれ」
「……ありがとう。それから、ごめんなさい」
「謝るなって」






2019/7/5up
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